この対談は書籍『すっきりわかる!海外赴任・出張 外国人雇用 ~税務と社会保険・在留資格・異文化マネジメント』(藤井恵 ロッシェル カップ 共著/2019年3月 税務研究会発行)に掲載の対談“海外に人材を出す・海外から入れるときにおさえておきたいこと”の続きです。 毎回テーマを決めて、今現場で起きていることや、他社はそれをどのように解決しているのか?など、人材にまつわるあれこれを、コンサルタントのお二人に語っていただきます。

もくじ

→第1回 海外人材をどう選択すべきか?
第2回 海外赴任がつらくなってしまうとき

第1回 海外人材をどう選択すべきか?

今回は、グローバルに展開をする際の人材の選択についてお話を伺いたいと思います。ある企業の方から、帰国したと思うとまた行けと言われることが繰り返されていて、ずっと単身赴任を続けているという話を聞きました。

最近、同じ人材が繰り返し海外派遣されることが多いように私も感じています。その理由の一つは、1回行った人というのは、会社からしてみると、1回成功していて問題も起こさず仕事をして帰って来てくれているから、その人に頼むのがいちばん安全という意味でやってしまっているという面があると思います。もうひとつは、ビザの取得の面で、ビザの条件を満たさない人を選んでしまって、大変困ったことになる例もありますので、その点でも安心な人を出したいという傾向です。語学力やコミュニケーション力も大事ですが、ビザがとれないと仕事ができませんから。

ああ、最近、ビザ取得は厳しくなっていますね。大変困ったというのは例えばどのようなことですか?

社内で行く手はずを整え、個人的にも配偶者が仕事を辞め、子どもも保育園を辞め、家も売る手はずを整えた段階で、ビザが取れないとなってしまったのです。会社も人材配置の問題もありますし、家族の生活もどうするのか、となったケースです。

まあ!それは、大変ですね。どうして取れなかったのですか?

まず、会社がそのビザを取る要件を満たしていなかったことが発覚したのです。アメリカのEビザというのは、投資額や米国籍の社員数や様々な要素を考慮して発給されるのですが、その基準に達していなかったのです。けれども、日本はビザのいる国がほとんどないのでその感覚で、仕事に出すのだから問題なく行けるだろうと軽く考えていましたが取れませんでした。

そこで、他の種類のビザを申告してアメリカに出そうと思っても、また条件を満たしていない。H-1Bというビザでも今はもう厳しくて、結局どれでも行けなくなると、申請を出して取り下げるとそれが証拠に残ってしまいます。拒否されたということになると次に行く時に非常に大変な状況になりかねません。会社の仕事の申請での出来事なのに、個人のプライベートの観光旅行に行きづらくなるような影響が出てしまうのです。

確かに、その後の入国に影響は出ますね。

ビザがなければ海外で働くことはできません。ビザの取得について会社はもっとしっかり意識を持ってもらいたいです。経験がなければ専門家に相談してください。有望な人材でも経験値が足りずビザが下りないこともあります。学歴の問題もあります。中国も、高卒で現地に駐在させるのはすごく厳しくなってしまっています。若い工場の技術者を今後のことも考えて適任だと考えて行かせようとしたらダメだったというケースもありました。そういう人を選んでしまう会社の責任です。本人は悪くないんですけれど、本人の経歴に傷がつくことになってしまいます。

それは厳しいですね。

人事部の人が赴任者を選んでいるわけではなく、経営者や部門長などが「こいつに行かそう」と選ぶことが多いようです。人事が、「ビザが通りません」、と言っても、いったん決めた人事異動は動かせないと考えている方が多いので、「決めたんだから何とかしろ」と人事側に圧力をかける。その結果、人事部側はちょっと盛って書かざるをえず、後で問題になってしまったり……。

まあ!それは危険!

危険ですよね。別のケースでは、駐在員のコストが高く、日本が負担するので税務調査で問題にならないように…と注意をされていた会社なのに、経営陣が人選してきたのは小さい子が3人もいる人でした。家族で行きたいと言われ「コストがかかりすぎるからだめだ」と人事が突っぱねたら有能な人材だったのですが辞められてしまいました。このように、人選については安易に考えず、ビザや金銭面などをしっかり考えて人選するべきです。人事部側はいろいろなケースを把握しているので、何も相談もせずに、勝手に決めるのではなくて、事前に、部門や経営陣と人事とで打合せてほしいです。「どうにかしろ」という経営者の方は多いのですが、どうにもならないこともあります。

人事部は、こんな人を選んだらこのくらいのコストがかかるということはわかっていると思います。「あ、またこんな人を選んできたか」と思っても、もう選んだから、粛々と準備をするしかないという状況がほとんどだということです。人事担当者も交えて、「やっぱりだめでした」という状況にならないか検討するべきです。あと、現地の責任者の人が気に入らないような人を選んでしまうという問題も起こりやすいです。

それはよくありますね。現地のニーズと合わない人を選んでしまっています。多くの日本企業が、現地のニーズを無視して、自分たちの考えで人を送って、実はそのスキルはここでは要らないとか、実際、必要とされるスキルはこれだとか、ぜんぜん現地のニーズと合わないことがあります。それは、その人の人柄の問題でなく、仕事の内容からみればぜんぜん必要としないのです。そんな状況で送り込まれた赴任者も不幸です。

そして、もうひとつの問題は、部下を管理するスキルのない人が送り込まれていることです。管理スキルに欠けているとか、コミュニケーションがうまくできないとか、そういったスキルが足りない人がアメリカに来て、嫌気がさした部下となる有能なアメリカ人が転職してしまったというような、いろいろな問題が起きています。現地のほうで「なんでこの人を送ったのか」というようなこともよくありますね。事前にコミュニケーションすれば解決できるはずなのですけれど。

先に必要なスキルや現地のニーズについてコミュニケーションが取れていればいいのですが、そういうことはほとんど考慮せずに、現地の責任者が面談する時には、もうすでにビザも取れる状況になっています。その責任者が「これはうまくいかないだろうな」と思っているとやっぱり辞めてしまったりするそうです。

そうそう、そういうケースありますよ。あれでは赴任者も可哀想ですが、受け入れる現地のほうで働く人も疲れてしまいます。自分がぜんぜん意思決定に含まれていないし、「送りますよ。引き受けて」という状況では、まったくパワーが与えられない、自分も尊敬されていないように感じて、長く働く現地社員の多くは疲れてしまうんですね。それでは、大事な人材をどちらも潰してしまうようなことになってしまいます。

大きい会社ほど人材はローテーションなので、人材をはめ込んでいく状況があると思いますが、逆に、中小企業は予算にも余裕がないので、それこそお金がかかる人を送れないので、先ほどお話したような子どものいないような人というのを条件で人を送ると決めている会社もあります。また、少ない人員だからこそ、きちんと面談して、うまくいくような人しか送らないところもあります。処遇とか制度はあまりできていないけれども、失敗すると後がないので、人材の選出はしっかり考えている会社もあります。それに、失敗すると本当に事業も失敗してしまいますから、大企業とは違いますね。アメリカの会社の場合はどういうふうに人選を判断するんですか。

まずは、現地と密接に連携して、どういう人が必要なのか、現地でその人はどういう仕事をするのか、その仕事をするためにはどういうスキルと経験が必要なのか、ちゃんとジョブ・ディスクリプション※をつくって、それに合った人を親会社から送ります。ですから、そういったコミュニケーションがあって、それに欧米企業のほうで駐在員を選ぶ時には、仕事の内容だけではなくて、現地に適応できる能力があるかとかも考えますね。

それにもうひとつ違うのは、欧米の多国籍企業の場合、必ず本人が行きたいかどうかを確認します。日本の企業は一方的に「行きなさい」ですよね? あまり行きたくない、あるいは例えば今は家族の状況であまり行くにはいいタイミングじゃないとか、そういうことを気にせずに一方的に決定しています。日本の企業は、明らかに行きたくない人を送るから現地でいろいろな問題になりやすいのです。行きたくない人が現地に行く問題として、努力しない。何もしない。あるいは悪い態度で、現地の人とうまくいかないとか、いろいろな問題が起こりやすくなります。

それに、行きたくない人の中には、家族の状況で家族は日本に残らなければならないという理由がある場合もあります。そうすると自身は単身赴任で行くことになります。弊社は日本企業のサポート業務もしていますが、日本企業の人事担当者から急いで会社に来て欲しいと我々に電話が来て向かうことがあります。それは、「駐在員の一人がセクハラ行動をしている」とか、あるいは「部下に対して怒鳴っている」とか、あるいは「不適切な発言をしている」というような状況です。訴訟が起きかねないなど企業にとって危険なので、速やかに行動を変えてもらう必要があります。変えられなかったら日本に戻す必要が出てきますが、もちろんそういった人を日本に戻したら、その人の将来のためには非常によろしくないことになります。経歴に×印がつくことになるからです。ですので、その人が行動を変えるように、何とかコーチングしてほしいという依頼が少なくなりません。その際に、私達が第一に聞く質問は、「その方は単身赴任ですか」です。ほとんどの場合、答えは「イエス」です。

そうなんですか。

ええ。単身赴任はストレスがすごく大きいでしょ。だから、ストレスが爆発したり、意識が不均衡になったりしますね。単身赴任は簡単だとか、コストが低いとか思われるかもしれないけれど、実は単身赴任で行く人は本当に仕事がうまくいくかどうか疑問が大きいのですね。

よくアメリカ人から聞かれるのが「なんで家族から離れて来るんですか。何か問題があるんじゃないか」ということですね。確かに、家族単位で行動するアメリカ人には妙に見えますね。とはいえ、アメリカでは最近の報道を読むと、アメリカ人でも単身赴任が増えているそうです。アメリカの共働き夫婦で、一人はアメリカの別の街に就職がみつかって、臨時的に単身で働くのが、過去より多くなっているそうです。でも、それはあくまでも本人の選択の結果で、会社からそう言われたというわけではないので、本質的に違いますね。

そしてもうひとつ、私の本でも書いていますけれど、言い方も気をつけなければなりません。ときどき単身赴任で来る人は、英語で自分のことをこう言います“I will be a bachelor in U.S.”。要するに、アメリカにいると独身のようだということです。でも、それを言うと、独身のように女性と遊ぶとかみたいな雰囲気になって、誤解を招きます。セクハラに近いというか、とてもだめな表現です。このような間違いをしている日本人がすごく多いんです。英語から直訳してしまっているから。ニュアンスに気付いていない。気をつけなければいけません。

そうですね。健康の面も、別に単身だからだめではないけど、どうしても食事のバランスも外食が多くなってしまいます。それと、アジア圏でしたがお付き合いでお酒をすごく飲む毎日を送っていて、急性アルコール中毒になって亡くなっていたという方もいらっしゃいました。一人だから誰も気がつかないで、会社にしばらく来なかったので家を開けてみたら、亡くなっていたそうです。

それは、とても残念ですが、想像はつきます。

そういう問題もあって、「コスト、コスト」というのはもうだめだと、やっぱり家族で行けるようにしてあげなきゃいけないと変わった会社もあります。

しかし、配偶者が仕事を持っていたりすると悩むかもしれませんね。昔は専業主婦が当たり前だったので、海外に帯同で行っても外へ出て働くなというのがスタンダードだったのですが、今はもうそれをやると誰も行かないので、だいぶ自由になっています。ビザによっては配偶者が仕事につけます。アメリカやドイツとかも働けますし。逆に、バリバリやっていた人を辞めさせて連れて行くほうが、メンタルの病気になっちゃったりします。

それはそうですね。自分は仕事が大切だという人が急に仕事ができなくなると、海外に行って言語ができないし友達もいないし、寂しくなるのは当然ですね。国によっては、SNSも気軽にできないみたいところもありますしね。

書籍情報

すっきりわかる!
海外赴任・出張 外国人労働者雇用
税務と社会保険・在留資格 異文化マネジメント
著者:
藤井 恵
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 税理士
ロッシェル・カップ
ジャパン・インターカルチュラル・コンサルティング社長
定価:2,200円(税込)