2021/03/25 9:00
令和2年6月8日,「公益通報者保護法の一部を改正する法律」が成立しました。今年,指針や各種ガイドラインが作成され,令和4年6月までに改正法が施行されることが予定されています。具体的な施行期日は未定ですが,企業において十分な準備期間を確保できるよう,令和4年頃を予定しているとのことです。
改正前の法律において,施行後5年を目途とする見直しが行われた際には,「通報者の範囲」,「通報対象事実の範囲」,「外部通報の要件」及び「外部通報先の範囲」の再検討を行うことが求められていましたが,法改正には至りませんでした。しかし,その後も企業不祥事において内部通報制度の機能不全が指摘された事例や,通報者が不利益取扱いを受けた事例などが発生していたことから,改正の機運が高まり,本改正に至りました。
1 公益通報者の範囲とは
・改正前: 労働者のみ
↓
・改正後:
退職者(ただし,退職後1年以内とする。)及び役員(ただし,原則として事業者内部で調査是正措置に努めたことを外部通報の保護要件とする。)を含む。
・本改正に含まれなかった点
取引先等事業者は公益通報者に含まれていない。
2 通報対象事実の範囲とは
・改正前:
対象法律に規定する「罪の犯罪行為の事実」(刑事罰の対象となる規制違反行為の事実)
↓
・改正後:
対象法律に規定する「過料の理由とされている事実」(行政罰の対象となる規制違反行為の事実)を追加
3 外部通報の保護要件
・改正前:
ア 2号通報(権限を有する行政機関に対する通報)
真実であると信ずるに足りる相当の理由がある場合(真実相当性)
イ 3号通報(通報対象事実の発生,被害の拡大を防止するために必要と認められる者に対する通報)
真実相当性があり,かつ,法に規定する特定事由に該当する場合
特定事由の内容は以下のとおり
イ 前二号に定める公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合 ロ 第一号に定める公益通報をすれば当該通報対象事実に係る証拠が隠滅され,偽造され,又は変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合 ハ 労務提供先から前二号に定める公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合 ニ 書面(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録を含む。第九条において同じ。)により第一号に定める公益通報をした日から二十日を経過しても,当該通報対象事実について,当該労務提供先等から調査を行う旨の通知がない場合又は当該労務提供先等が正当な理由がなくて調査を行わない場合 ホ 個人の生命又は身体に危害が発生し,又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合 |
↓
・改正後
ア 2号通報
真実相当性がない場合でも,氏名又は名称及び住所又は居所等を記載した書面を提出する場合を追加
イ 3号通報
特定事由として以下を追加
① 労務提供先が通報者を特定させる情報を正当な理由なく漏らすと信ずるに足りる相当の理由がある場合 ② 財産に対する損害(回復困難又は著しく多数の個人における損害であって,通報対象事実を直接の原因とするものに限る)が発生し,又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合 |
4 通報体制の整備義務
・改正前:
定めなし
↓
・改正後
ア 内部通報体制
事業者に内部通報体制の整備を義務付け(労働者数が300人以下の事業者は努力義務)
また,内部通報体制の整備義務を履行していない事業者に対する行政措置(報告を求め,又は助言・指導・勧告をし,勧告に従わない場合は公表)を導入
イ 外部通報体制
権限を有する行政機関に外部通報体制の整備を義務付け
5 守秘義務
・改正前:
定めなし
↓
・改正後:
公益通報対応業務従事者等に対し,通報者を特定させる情報の守秘を義務付け,同義務違反に対する刑事罰(30万円以下の罰金)を導入
6 不利益取扱いに対する行政措置・刑事罰
・改正前:
定めなし
↓
・改正後:
改正はされなかった。
改正法の附則の検討規定に,「公益通報者に対する不利益な取扱いの是正に関する措置の在り方」が検討対象として明記された。
7 損害賠償の制限
・改正前:
定めなし
↓
・改正後
事業者は公益通報によって損害を受けたとしても,公益通報を行った者に対して損害賠償を請求することができないことが明記された。
8 真実相当性等に関する立証責任の緩和
・改正前:
定めなし
・改正後:
改正はされなかった。
改正法の附則の検討規定に,「裁判手続きにおける請求の取扱い」が検討対象として明記された。
9 証拠資料の収集・持ち出し行為
・改正前:
定めなし
↓
・改正後
改正はされなかった。
改正後,公益通報対応業務従事者は法律上守秘義務を負うことになり,これに違反した場合には刑事罰の対象にもなります。
改正前であっても,裁判例では社内規定上の守秘義務に違反した場合にはその後に会社の行った人事措置について会社側に不利な認定がなされる例がありましが,改正後は,公益通報保護法の適用対象となる場合,守秘義務違反が刑事罰の対象にもなるためより一層の注意が必要といえます。
特に,通報内容について調査を行うためには関係者へのヒアリング等を行わなければならないことが多く,その際にヒアリング内容自体から通報者が特定されてしまうおそれがあるため,通報者に対しては,まずどの内容をどの範囲の関係者にまで開示してよいのかということについて,書面やメール等文書の形式で通報者の意思を明らかにしてもらう必要があるでしょう。