うつ病自殺と予見可能性

 従業員がうつ病に罹患し、あるいはその後自殺するに至ったというような場合、企業の安全配慮義務違反が問題となることがあります。安全配慮義務違反があるか否かは、長時間労働の有無といった業務量の問題のほか、業務の内容・責任の程度等といった業務の質などが問題となります。実務上は、長時間労働が存在しており、企業がそのことを認識していたのであれば、うつ病等といった精神疾患に罹患することについて予見可能であるとされ、そうであれば精神疾患により自殺することも予見可能であったとして、企業の安全配慮義務違反が認められる傾向にあります。

 img_jitsumu_0048.jpg一方、長時間労働その他業務の過重性を基礎付ける事実が認められない場合には、業務に起因して精神疾患に罹患することは予見不可能であったとして、企業の安全配慮義務違反が否定される可能性が高いといえます。しかし、そのような事案であっても、裁判例の中には、うつ病について認識不可能ではあるものの体調不良については認識していたのであるから、不調の具体的内容を詳細に把握し、必要に応じて産業医面談を促すなど、体調管理が適切に行われるよう配慮を尽くすべきであったとして、慰謝料の限度で企業の責任を認めた例があります。ティー・エム・イーほか事件(東京高判平27.2.26)です。

 同事件では、うつ病罹患については認識可能性がなかったとしながら、次のように判示して企業の損害賠償責任を肯定しています。すなわち、「一郎の体調が十分なものではないことを認識することができていたのであるから、......一郎や控訴人花子らの家族に対して、単に調子はどうかなどと抽象的に問うだけではなく、より具体的に、どこの病院に通院していて、どのような診断を受け、何か薬等を処方されて服用しているのか、その薬品名は何かなどを尋ねるなどして、不調の具体的な内容や程度等についてより詳細に把握し、必要があれば、被控訴人派遣会社又は被控訴人派遣先会社の産業医等の診察を受けさせるなどした上で、一郎自身の体調管理が適切に行われるよう配慮し、指導すべき義務があったというべきである。」として、企業に安全配慮義務違反があったと認定しました。その上で、うつ病自殺に関しては、予見可能性がないため安全配慮義務違反との間で相当因果関係が認められないとしながら、慰謝料200万円の限度で企業の損害賠償責任を肯定しています。

 これまでの裁判例では、うつ病その他精神疾患への罹患あるいは業務の過重性等について認識・予見可能性がなければ、企業の安全配慮義務違反は否定される傾向にあり、実際、上記事件の一審判決では、会社の安全配慮義務違反が否定されていました。しかし、高裁では上記のとおり慰謝料の限度で会社の責任が認められています。

 企業としては、やはり従業員の体調不良を認識した場合には、それが業務に起因するか否かといった事情あるいは業務遂行に支障を来しているかといった事情とは関係なく、本人のプライバシーを侵害しない範囲で、可能な限り体調面に関する情報を収集し、本人とコミュニケーションを取り、場合によっては休職等の措置も視野に入れて体調管理に配慮することが重要になるものと考えられます。

 これまでも、業務遂行に支障が生じている場合には、正常な労務提供が行えていないため、休職等の措置を取ることが一般的でした。しかし、業務遂行に問題がない場合には、積極的に体調管理にまで介入しないケースもあったため、今後は、体調不良を認識したら、業務に支障が生じているか否かにかかわりなく、積極的に体調管理に関与していく姿勢が問われることになるでしょう。

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