マタハラに関する最新裁判例

最近、このコーナーでもマタハラに関する最高裁判決を紹介しましたが、この影響を受けた裁判例が地裁でも出始めています。
今回紹介するのは、TRUST事件(東京地立川支判平29.1.31)です。
同事件は、労働者が妊娠したことから、会社代表者や直属上司と話し合った結果、現場業務は困難であるとの結論に至り、関連会社である派遣会社に登録することになりました。このとき、労働者は会社に対して、社会保険加入希望を伝えていました。その後、労働者は会社に出社もしていませんでしたが、社会保険加入の問い合わせから4か月ほど経過した頃、会社は労働者に対して、退職扱いになっている旨連絡し、翌日退職証明書を発行しました。

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会社は、退職合意が成立していた、あるいは仮に成立していなかったとしても休職合意が成立していたと主張しました。判決は、会社から労働者に対して出産後に復帰できるか否かにつき明確な説明もなかった状況では、退職合意が自由な意思に基づくものと認めるに足る客観的・合理的理由が存在しないとし、退職合意の成立を否定しました。

ここで、「自由な意思に基づくものと認めるに足る客観的・合理的理由」の有無に言及しているのは、上記最高裁判決の影響であると考えられます。同最高裁判決は、労働者が妊娠中の軽易業務転換に伴う降格に同意していたとしても、それが自由な意思に基づくものと認めるに足る客観的・合理的理由がなければ、妊娠を理由とする不利益取扱に該当し違法であるとしました。

この判決に影響を受け、仮に退職同意が存在しても、それが「自由な意思に基づくものと認めるに足る客観的・合理的理由」がなければならないという前提に立って判断したものと思われます。

しかし、この判決は誤っているものと考えられます。
それは、この事案ではそもそも退職の意思表示が存在していなかったと考えられるからです。派遣登録したからといって、会社を退職したことにはなりません。政府も推し進めているように、兼業はライフスタイルの一環として十分成り立つものであり、事実、この労働者は当該会社に就職する以前から副業を継続していました。
現場業務が困難であることについては会社と合意していましたが、これは、会社での就労を休むという休職の意思表示に過ぎません。

したがって、判決としては、退職の意思表示がそもそも存在しないことを認定すれば足り、「退職の意思表示が自由な意思に基づくものと認めるに足る客観的・合理的理由」の有無などというものをあえて判断する必要はありませんでした。
そして、判決は、退職合意の(有効な)成立を否定した上で、当事者間には休職合意が成立していたと認定しました。

しかし、この判断も疑問があります。
会社は、労働者が退職したものと勘違いしていました。この勘違いが、過失に基づくものであったとしても、少なくとも会社としては退職の意思表示が存在したものと認識していた以上、当該労働者との間で休職合意をすることはあり得ません(退職した者と休職合意をすることはあり得ないからです。)。
労働者は退職の意思表示をしていない、しかし、会社としては退職の意思表示があったものと誤解していたため、休職合意の成立も認められない、というのが実態に近いといえます。

もっとも、退職の意思表示もなく、解雇の意思表示もない以上、労働者は会社に在籍していることになるため、賃金請求権が発生しているかどうか、ということが問題になります。
判決は、労働者と会社との間で妊娠中は現場業務が困難であることについて合意していた以上、賃金請求権は発生しないが、会社が労働者に対して退職扱いである旨を伝えた以降は、会社の誤った措置により就労が確定的に不可能となったため、賃金請求権が発生すると判断しました。

しかし、これも疑問です。
労働者も、妊娠中に現場業務に従事することが困難であると考え、出産後に復帰したいという意向を有していました。このことは判決も認定しています。そうであれば、会社が退職扱いを通知したか否かにかかわらず、少なくとも妊娠中の就労は、労働者自身の判断により困難であったといえます。そのため、就労不可は労働者の意思に基づくものであり、少なくとも出産後8週間まで賃金請求権は発生していないといえます。

以上、諸々と判決の問題点を検討しましたが、翻って本件事案について考えると、なぜ判決は、会社が労働者に対して退職扱いとなっている旨を通知した段階で解雇の意思表示があったものと認定しなかったのかということが疑問です。
会社としては、退職合意が成立したものと誤信していたため、解雇する余地がない(退職している者を解雇することはできない)という考えかもしれませんが、それであれば、そもそも休職合意の成立も認定できないはずです。
休職合意は認定しつつ、解雇の意思表示は認定しなかったというのは、いかにも座りが悪く、判断の妥当性に疑問符がつきます。

このように、同判決には様々な疑問点がありますが、最高裁判決に影響を受け、マタハラ関連の事案は何でも最高裁の枠組みに当てはめようとする稚拙な判決が地裁レベルでは出回ることが今後も十分想定されるため、実務上は十分に注意する必要があるでしょう。
また、本判決の理論的妥当性はともかく、明確な退職の意思確認もせずに退職扱いとした本件会社の対応に問題があったことも事実ですので、妊娠・出産・育児中の労働者と、今後の就労やキャリアについて話し合いの機会を持つ際は、十分な情報提供をした上で、明確な意思確認を行うことが重要といえるでしょう。

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