【社団・財団法人】企業財団への「自己株式拠出」に対する外部目線
[あいわ税理士法人 News Letter 2025.12]
2025/12/10
【社団・財団法人】企業財団への「自己株式拠出」に対する外部目線
1.はじめに
近年、上場企業において「自社が設立した財団法人(以下「企業財団」)へ自己株式を(1円で)割り当て、その株式に係る配当金を財源として社会貢献活動を継続するスキーム」(以下「本スキーム」)が一般化しています。企業が社会貢献活動のために企業財団を活用する背景には、以下のような理由が挙げられます。
- 社会貢献活動を中⾧期的かつ安定的(意思決定・財源)に継続したい
- 配当金を原資とすることで財団活動の財務基盤を強化したい
- 企業文化やグループ理念を体現する非営利組織を育成したい
しかし近年、本スキームは議決権行使助言会社(ISS、Glass Lewis 等)や機関投資家から厳しい目で評価されており、設計・説明が不十分な場合には株主総会で否決されるリスクもあります。
本ニュースレターでは、議決権行使助言会社の姿勢、機関投資家の反応、さらに複数事例から見える企業側の対応策を整理します。
2.議決権行使助言会社の基本姿勢
議決権行使助言会社が公表する「日本向け議決権行使ガイドライン(Japan Proxy Voting Guidelines)」では、自己株式の取得・処分、第三者割当、買収防衛策に関連する内容について「少数株主の利益保護」及び「株主の議決権行使機会の確保」の観点から極めて慎重に判断する姿勢が示されています。とりわけ反対推奨が出やすいものとして、以下のようなケースが挙げられます。
- 低廉な価格で財団・信託に自己株式を割り当て、経営陣や特定株主に有利な株主構成の形成につながると判断される場合
- 自己株式の処分が株主還元よりも優先され、希薄化や議決権行使機会の制約につながる可能性が高いと判断される場合
- 本スキームの必要性や合理性に関する情報開示が不十分で、投資家との対話が不足しているとみなされる場合
財団の設立目的が社会性・公益性の高いものであったとしても、議決権行使助言会社は、企業がとる行動を「企業価値向上と株主利益にどう資するか」という視点で判断し、そしてこれを重視するため、CSR(企業の社会的責任)活動目的を掲げるだけでは高い評価を得ることはできません。本スキームが、コーポレートガバナンスに及ぼす影響をどれだけ丁寧に説明できるかが問われる状況となっています。
3.議決権行使助言会社及び機関投資家の最近の反応
本スキームに対する議決権行使助言会社及び機関投資家の反応は、ここ数年で顕著に厳格化してきているといえます。特に「1 円」などの著しく低廉な価格で株式を財団へ割り当てるケースは、「公益目的」という表向きの趣旨だけでは支持されず、スキームの実質に踏み込んだ評価を行うのが一般的になっています。
議決権行使助言会社が重視するのは、割り当てられた株式が「企業の支配構造に与える影響」と「議決権の帰属が経営陣に有利に働かないか」という点です。たとえ財団が「議決権を行使しない」と定めていても、財団における理事の構成やその選任プロセスにおいて、企業からの影響を排除する仕組みが曖昧である場合、実質的には企業の意向が反映され得ると見られます。また、割当価格が市場価格と著しく乖離している場合には、既存株主に経済的不利益が生じ得るため、以下のような点が強く問われることになります。
- なぜ現金ではなく株式で寄付を行う必要があるのか
- 財団の活動原資として株式を用いる合理性がどこにあるのか
一方、機関投資家もESG 投資が浸透するなかで、社会貢献活動の重要性を一定程度認めつつも、評価軸は、むしろ「ガバナンス」に傾きつつあります。財団に自己株式を移転した結果、株主構成が硬直化したり、議決権行使機会を狭めるのであれば、財団が極めて高い公益性を持つ活動を行っていたとしても支持は難しいという姿勢を示す機関投資家が増えています。そもそも公益性とは別次元の問題として、ガバナンス上の懸念が指摘されやすくなっています。
このような背景から、財団を割当先とする自己株式処分議案は、株主総会における賛成率がその他の議案より相対的に低くなる傾向が見られはじめています。議決権行使助言会社の反対推奨が出た場合には、特に特別決議が求められる場面では可決ラインの確保が困難となり、企業側が急遽、更なる説明資料を作成し公表したり、個別の機関投資家に対する対話を強化したりする状況が散見されます。形式的な開示では不十分と判断され、スキームの必要性、株主価値との整合性、支配構造への影響、財団ガバナンスの独立性などを丁寧に説明できるかが、株主総会における投票行動に大きく影響するようになってきました。
4.企業側が取り得る対応策
企業財団への自己株式割当スキームに対しては、議決権行使助言会社や機関投資家の評価は年々厳しくなっています。そのため、企業側にはこれまで以上に明確かつ実質的な説明が求められています。本スキームを成功させるには検討段階から運用段階まで一貫したガバナンス体制と説明責任を整えることが不可欠であり、具体的には、以下のような対応策が検討に挙げられます。
(1) スキームの必要性・合理性を早期に示す
財団の目的だけでなく、制度設計、開示、対話を一体的に進めることが不可欠であり、
-
- なぜ現金寄付ではなく株式割当てなのか
- なぜこのタイミングで財団を設立する必要があるのか
- 財団の活動をどのように持続させるのか
といった点について、投資家が納得できる論理的な説明を整えておく必要があります。合わせて、財団(の活動)が企業価値向上にどう結びつくのかという中長期のストーリーを示すことができれば投資家の懸念を和らげることができるのではないでしょうか。
(2) ガバナンスの独立性を制度上担保する
信託を活用した議決権不行使の仕組みのみならず、
-
- 理事会の独立性を高めるために社外理事の比率を高める
- 理事の選任プロセスに透明性を持たせる
- これらの制度上の担保のために規程の整備を行う
などが必要になります。企業が「影響力を行使しない」と宣言するだけでは不十分であり、それを担保する実効的な仕組みが求められます。
(3) 株主価値との整合性を明確に示す
「希薄化は軽微である」という説明だけでは不十分であり、
-
- 自社株買いやその消却など株主還元とのバランス
- 割り当てによる希薄化影響の程度
- 中長期の企業価値向上への寄与
などを可能な限り数値を用いて説明することが重要となります。これらは機関投資家の判断材料として非常に重視されるため、社会貢献活動と株主価値がどのように両立するのかを示せなければ賛同は得られません。
(4) 事前の株主対話と情報開示を重視する
制度設計と並行して、事前の株主対話は極めて重要です。議案上程後に説明を始めるのではなく、導入検討段階から主要投資家と意見交換を行い、懸念点を把握しながら制度を磨き上げることが有効と考えられます。特に特別決議が必要な場面では、こうした事前対話の質と量が最終的な議案の可否を左右します。
(5) 財団設立後の継続的な透明性の確保
財団の活動実績や配当金の使途、企業価値への寄与を継続的に開示することで、スキームへの信頼性が高まり、⾧期的な理解形成につながります。
5.最後に
本スキームは、社会貢献活動の継続性を高める手段として有効である一方、株主価値やガバナンスに与える影響が大きいため、近年は議決権行使助言会社や機関投資家から厳しく評価されるテーマとなっています。
公益目的を掲げるだけでは支持が得られず、
- なぜそのスキームが必要なのか
- 株主に不利益は生じないのか
- ガバナンス上の独立性はどう担保されるのか
といった点を定量・定性的に説明する姿勢が不可欠です。とりわけ特別決議が必要となる場合には、議決権行使助言会社からの反対推奨が可決率を大きく左右するため、制度設計、情報開示、株主対話を一体的に整えることが求められます。
企業財団の活用は、企業価値向上やサステナビリティの取り組みを強化する重要な選択肢であるからこそ、これを両立する慎重な設計と丁寧な説明が成功のカギを握るといえるでしょう。
■本ニュースレターについて
本ニュースレターは、一般的な情報提供であり、具体的アドバイスではありません。個別の案件については個別の状況に応じて検討が必要になります。お問い合わせ等がありましたら、下記専門家まで遠慮なくご連絡ください。
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