【事業承継】取引相場のない株式の評価方法の見直し(続編)
[あいわ税理士法人 News Letter 2026.8]
2026/08/25
【事業承継】取引相場のない株式の評価方法の見直し(続編)
1.はじめに
前回のニュースレター(2026年7月13日号)では、株式の評価方法の見直しの背景(会計検査院の指摘や評価額圧縮スキームの問題)、国税庁が設置した「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」(以下「有識者会議」といいます。)の設置と本見直しの4つの基本的観点、第3回有識者会議までの議論の概要、及び企業経営者・後継者が留意すべき事項をご紹介しました。本号はその続編として、2026年7月3日に開催された第4回有識者会議で新たに示された、本見直しの方向性と具体的な論点を解説します。
第4回有識者会議では、これまでの各委員の意見が論点ごとに整理されるとともに、国税当局から「当局として御意見いただきたい事項」として、原則的評価方式の一本化や類似業種比準価額方式の在り方など、従来の評価体系の骨格に踏み込む6つの検討事項が提示されました。加えて、恣意的な評価額圧縮スキームの具体的な事例(8類型)が示され、その封じ込めが評価制度見直しの重要な動機であることが改めて明確になりました。
本号では、①第2回・第3回有識者会議で先鋭化した「評価か税制か」を巡る論点、②第4回有識者会議で示された本見直しの検討の方向性、③具体的な圧縮スキーム事例、④企業経営者・後継者が今とるべき対応を順に整理します。なお、議論は現在進行形であり、以下の内容はいずれも確定した制度ではない点にご留意ください。
2.これまでの議論(第2回・第3回有識者会議)
前回のニュースレターでも第2回・第3回有識者会議の議論の概要をご紹介しましたが、当該概要は第4回有識者会議で示された見直しの方向性を正しく理解するうえで必要な前提となるため、本章では特に重要な対立軸と論点を改めて整理します。
(1) 「評価」と「税負担」を分けるか、一体で議論するか
第2回・第3回有識者会議の最大の対立軸は、非上場株式の「時価」(相続税法第22条)の算定を純粋に技術的に適正化すべきか、それとも円滑な事業承継への配慮を評価そのものに織り込むべきか、という点にありました。
【事業承継への配慮を重視する立場】
日本商工会議所からは、事業継続を前提とする中小企業の株式を、解散価値である純資産価額方式で評価することへの強い違和感が示されました。換価コスト・退職金・その他事業リスク等が反映されておらず純資産価額が過大に算定されているとして、類似業種比準価額との乖離はむしろ純資産価額側の引下げによって是正すべきであり、評価と税負担は一体的に議論すべきとの意見が述べられています。
【客観的時価と税負担を分離して議論すべきとの立場】
他方、一部の委員からは、「客観的な時価」の算定と「税負担の在り方」は分けて議論する方が生産的であるとの整理が示されました。過度な税負担への配慮は、評価を適正化したうえで税制措置によって税負担の軽減を拡充したドイツの例のように、評価ではなく税制措置(小規模宅地等に係る評価減の特例の法定化と同様の発想)によって対応すべきとの考え方です。
(2) 原則的評価方式を巡る主な論点
各評価方式について、各委員から示された主な論点は次のとおりです。

特に、会計学の観点からは、インカムアプローチのうち残余利益モデル(利益額から自己資本コストを控除した超過利益を簿価純資産に加算する方式)が、適用可能性・予測の容易さ・市場株価との整合性の点で優れるとの説明がなされました。もっとも、中小企業に将来利益や自己資本コストの予測を求めることの実務上の困難さ(客観性・簡便性・予見可能性の確保)については、複数の委員から慎重な意見が示されています。
3.第4回有識者会議で示された見直しの検討の方向性
2026年7月3日の第4回有識者会議では、これまでの意見が整理されたうえで、国税当局から「当局として御意見いただきたい事項」として6つの検討事項が提示されました。従来の評価体系の骨格に踏み込む内容であり、見直しの方向性を読み解くうえで極めて重要です。
(1) 国税当局が示した6つの検討事項

これらの事項からは、国税当局が「原則的評価方式の一本化」を軸に、類似業種比準価額方式の役割の縮小と、純資産価額方式の適用場面の限定(特定の評価会社・資産管理会社への存置)という方向性を検討していることがうかがえます。
原則的評価方式の一本化については、インカムアプローチ(残余利益モデル等)に加え、純資産価額方式への統一を推す意見もあり、いずれの方式に集約するかは今後の議論に委ねられています。
また、配当還元方式(特例的評価方式)についても、還元率や計算方法にとどまらず、その趣旨(同族株主以外の少数株主に限った例外的措置であること)を踏まえた対象株主の範囲や、従業員持株会との関係の整理が検討されています。これは、第4章で後述する事例(スキームの概要)で列挙した②・⑥・⑦にみられる配当還元方式の濫用への対応にもつながる論点であり、少数株主の株式評価に影響し得る点で実務上も注視が必要です。
いずれにせよ、これらはあくまで委員の意見を求める段階であり、方向性が確定したものではありません。
(2) 「時価」概念と法制上の整理
国税当局は、複数の裁判例を引用しつつ、次のように整理しています。『相続税法第22 条の「時価」とは、判例・通達を通じて確立した解釈である「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われるとした場合に通常成立すると認められる価額(客観的交換価値)」を意味する。そして、この「行われるとした場合」とは、実際に自由な取引が「できる状態」にあるか否かを問うものではなく、「取引が行われると想定した場合」の価額を意味する。』
この整理は、実務上重要な意味を持ちます。すなわち、非上場株式は事実上売却が困難であるという実態があっても、それを直接の理由として評価額を引き下げること(換価困難性を理由とする評価減)は、国税当局の時価概念の枠組みでは想定されていないということです。日本商工会議所等が求める「純資産価額方式は過大であり引き下げるべき」との主張に対し、国税当局は、円滑な事業承継への配慮が必要であるとしても、それは評価の段階ではなく、事業承継税制のような別途の税制措置で対応すべきと整理していると読み取れます。このように国税当局が「時価」概念を整理する背景には、「なぜ評価そのものでは市場性を理由とした減額がなされにくいのか」「なぜ税負担面の配慮が評価ではなく税制側でなされる可能性があるのか」という、今後の見直しの前提となる国税当局の基本的な考え方があります。
また、評価方法を法律ではなく通達で定めていることの合理性(評価理論の進歩や社会経済情勢の変化に応じた変遷可能性)も、複数の裁判例を引用して確認されています。もっとも、委員からは、通達改正のみで評価体系を抜本的に変更することの法制的な脆弱性を懸念する意見も出ており、制度設計上の留意点として今後議論が継続される見込みです。
4.具体的な評価額圧縮スキーム事例
第4回有識者会議では、恣意的に評価額を圧縮する具体的なスキームが8類型示されました。これらの封じ込めが、総則6項による個別対応の限界を踏まえた「評価制度自体の見直し」の重要な動機となっています。実務上、既に行っている対策の有効性を再点検する観点から、概要を整理します。なお、下表に示す各事例は、いずれも次の3つの前提のいずれか(又は組合せ)を利用したものです。
(ⅰ)評価方式間で評価額に差が生じること(一般に類似業種比準価額方式は純資産価額方式より評価額が低く、配当還元方式は原則的評価方式よりも評価額が大幅に低い)。
(ⅱ)グループ内取引や組織再編により利益・純資産を移転・圧縮できること。
(ⅲ)会社規模区分や配当還元方式の適用可否の判定基準が形式的であること。

(注)詳細は「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回)資料P32~P39」を参照国税当局が検討する評価体系の一本化、特定の評価会社や配当還元方式の対象範囲の見直しは、上記3つの前提(ⅰ)~(ⅲ)を個別否認(総則6項)ではなく、制度自体で封じ込めることを狙うものと位置づけられます。裏を返せば、これらの前提に依拠した既存の対策は、本見直し後に効果が減殺される可能性があるため、再点検が必要であると考えられます。
5.企業経営者・後継者への影響と実務対応
第4回有識者会議で見直しの方向性が具体化したことにより、本見直しが「評価体系の骨格」に及ぶ可能性が一段と明確になりました。もっとも、影響の方向は一律ではありません。
【想定される影響の方向性】
- 原則的評価方式の一本化・収益力反映の強化により、収益性の高い会社で評価額が上昇するケース
- 純資産価額方式の見直し(換価コスト・引当金等の反映)により、評価額が低下するケース
- 配当還元方式の対象株主・還元率の見直しにより、少数株主の評価額が変動するケース
- 資産管理会社が一律に純資産価額方式となることで、持株会社スキームの評価が上昇するケース
特に、株価が「上がる」あるいは「下がる」といった一方向の前提での拙速な意思決定は避けるべきであり、個社の資本構成・収益力・保有資産により影響は大きく異なることから、複数シナリオでの株価シミュレーションが不可欠であると考えられます。
【今、優先すべき5 つの実務対応】

なお、税負担面では、事業承継税制の今後の在り方も注視が必要です。
2026年度税制改正では、特例措置に係る特例承継計画の提出期限が延⾧された(法人版は2027年9月末まで延⾧)一方、特例措置の適用期限(2027年12月末)自体は延⾧されていません。そのうえで同年度に係る税制改正大綱においては、適用期限到来後の在り方について、世代交代の停滞や地域経済の成⾧への影響に係る懸念に加え、本特例措置の適用状況や課税の公平性等の観点も踏まえて多角的に検討し、2027年度税制改正において結論を得ると示されています。すなわち、評価方法の見直しと事業承継税制の適用期限到来後の同税制の在り方は、いずれも2027年度税制改正に向けて同時期に議論される見込みです。また、民間団体等からも事業承継税制の拡充を求める提言がなされており、例えば経済同友会は、適用対象を現行の中小企業から非上場の中堅企業へ拡大すること等を提言しています(「ファミリービジネスの成⾧を日本経済の推進力に~事業承継に関する経営者向けガイドラインおよび政策提言~」2026年3月30日)。
評価の適正化が税負担の増加につながる場合の緩和策として、こうした事業承継税制の拡充・見直しが論点となる可能性もありますが、いずれも現時点で内容が確定したものではありません。
6.おわりに
第4回有識者会議において、今般の見直しが「評価額の崖の解消」「恣意性・操作性の排除」にとどまらず、原則的評価方式の一本化という評価体系の骨格に及び得ることが明確になりました。一方で、日本商工会議所をはじめとする各委員からは、円滑な事業承継への配慮を求める意見が引き続き強く示されており、「評価の適正化」と「事業承継の円滑化」の両立をどう図るかが、今後の最大の焦点となります。
実務上は、「評価のみが引き上がる」という単純な理解ではなく、評価の一本化・純資産価額の見直しに加え、事業承継税制の拡充(適用対象の拡大等)の可能性も含めた総合的な検討が重要です。今後、論点整理を経て2027年度税制改正への反映が見込まれますが、現時点で制度の方向性は確定していません。個別事案については、最新の議論の状況を踏まえた慎重な判断が必要です。
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