【インセンティブ】役員報酬は「導入」から「実効性」へ
―中期経営計画と役員報酬は、本当に連動していますか?―
[あいわ税理士法人 News Letter 2026.8]
2026/08/27
【インセンティブ】役員報酬は「導入」から「実効性」へ ―中期経営計画と役員報酬は、本当に連動していますか?―
1.はじめに―「制度を導入したい」から「制度を機能させたい」へ
あいわ税理士法人グループでは、上場会社および上場準備会社から役員報酬制度の設計・見直しに関するご相談をいただく機会が多くありますが、従来、そのご相談は次の2つのパターンが中心でした。
① IPO準備の過程で、 社外取締役や監査役等から、 ガバナンス上、 役員報酬制度を整備した方がよいと指摘を受け、 ご相談いただくケース
② IPO時または上場後に、 経営陣と株主との目線を合わせる目的で、 譲渡制限付株式(RS)等の株式報酬制度を導入したいというケース
いずれも、「RSを導入したい」「どの程度の株式報酬を付与すればよいか」といった、制度の導入そのものが相談の入口となることが多かったといえます。
もっとも、最近ではご相談の内容が変化しています。東証グロース市場における企業価値向上への要請に加え、上場維持基準の見直しにより示された「時価総額100億円」という水準も意識される中で、単に制度を導入するだけでなく、次のような論点が出発点となるご相談が増えています。
- 中期経営計画と役員報酬KPIが連動しているか
- ROIC等の資本効率指標を報酬に反映すべきか
- STI(短期インセンティブ)とLTI(中⾧期インセンティブ)をどう使い分けるか
- 株価やTSR(株主総利回り)をどこまで評価に織り込むか
- RSを導入しただけで、本当に企業価値向上につながるのか
これらはいずれも、企業価値向上に実質的に機能する役員報酬制度への見直しを目的とするご相談です(図1)。

出典:あいわ税理士法人における役員報酬制度設計支援の相談事例を基に作成
2.経済産業省の調査にみる「導入」から「実効性」へ
こうした変化は、当グループの相談現場に限られたものではありません。経済産業省が公表した「令和7年度 経済産業政策関係調査事業 コーポレートガバナンスの取組の深化に向けた調査」と題する調査報告書(以下「本件調査報告書」といいます。)でも、役員報酬制度は経営戦略と連動し、その実現や適切なリスクテイクを後押しすることが重要であるとされています。あわせて、業績連動報酬の割合やKPIの選択は、企業が経営陣に何を求めるのかを対外的に示すメッセージでもある、という考え方が示されています。
本件調査報告書のうち、TOPIX500構成企業171社を対象とした調査結果によれば、報酬の構成は次のとおりです。
- 固定報酬100%の企業:約4%
- 業績連動報酬として金銭報酬を採用:約96%
- 株式報酬を採用:約80%
業績連動報酬や株式報酬を導入すること自体は、すでにかなり一般化しているといえます。つまり、現在の論点は「制度があるか」ではなく、「制度が経営戦略と連動しているか」に移っています。
3.中期経営計画と役員報酬KPIのズレ
その連動を考えるうえで示唆的なのが、経営上重視する指標と、実際に役員報酬KPI として採用されている指標とのズレです(図2)。
【図2】経営上重視する指標と役員報酬KPI への採用状況

出典:経済産業省「令和7年度 経済産業政策関係調査事業 コーポレートガバナンスの取組の深化に向けた調査」(2026年3月)15~16頁を基にあいわ税理士法人作成
利益指標は、経営上重視する企業が約98%、役員報酬KPIとして採用する企業も約96%と、ほぼ一致しています。一方で、ROE・ROIC・ROA等の資本効率指標は、経営上重視する企業が約91%であるのに対し、役員報酬KPIとして採用する企業は約63%にとどまり、約28ポイントの差が生じています。売上関連指標(約63%に対し約40%)やガバナンス関連指標(約39%に対し約25%)にも、同様の傾向がみられます。
中期経営計画では資本効率を重視すると表明していても、役員報酬のKPIが従来型の売上高や利益中心のままであれば、経営戦略と経営陣へのインセンティブとの間にズレが生じている可能性があります。投資家から「中期経営計画ではROICを掲げているが、経営陣は何によって評価されているのか」と問われたときに説明できるかどうかが、実務上の一つの試金石となります。
4.STIとLTIをどう使い分けるか
もっとも、中期経営計画のKPIをそのまま単年度の賞与に設定すればよい、という単純な話ではありません。
本件調査報告書では、中期経営計画上で重視する指標と業績連動報酬のKPIに「差異はない」とする企業が約57%である一方、差異がある理由として「業績連動給与は短期的な成果を評価するものであるが、中期経営計画は中⾧期的な指標を重視するため」という趣旨の回答が約22%を占めています。
報酬制度の設計にあたっては、評価の「時間軸」を意識し、STIとLTIの役割を整理する必要があります。
一般的には、次のような整理が考えられます(図3)。
STI(短期インセンティブ/単年度)
・営業利益、EBITDA、売上高、年度予算の達成度、年度重点施策の進捗、個人KPI等
LTI(中⾧期インセンティブ/中期経営計画期間)
・ROIC・ROE等の資本効率指標、TSR、中期経営計画上の重要KPI、株価・企業価値、中⾧期の非財務KPI等
ただし、適切な指標は事業モデル、成⾧ステージ、資本構成等によって異なります。上記はあくまで例示であり、自社の経営戦略に照らした設計が必要です。
【図3】経営戦略と役員報酬をつなぐインセンティブ設計

出典:あいわ税理士法人作成
役員報酬制度は、経営戦略を経営陣の行動に翻訳する仕組みです。中期経営計画で掲げた重要KPIが役員評価に落とし込まれ、その評価がSTI・LTIを通じて報酬に反映されて初めて、制度は企業価値向上に向けて機能します。固定報酬・STI・LTIの役割と時間軸を整理すると、図4のようになります。
【図4】固定報酬・STI・LTIの役割と時間軸

出典:あいわ税理士法人作成
5.サステナビリティKPIの位置づけ
本件調査報告書では、役員報酬KPIとして、環境関連指標を約53%、社会関連指標を約44%、ガバナンス関連指標を約25%の企業が採用しています。
他方、上記に掲げるサステナビリティKPI(非財務KPI)を採用していない理由としては、「定量化・測定が難しい」が約56%、「業績との紐付けが難しい」が約49%を占めるのに対し、「損金算入できない」は約5%にとどまっています。ここからは、サステナビリティKPI導入の本質的な難しさが、税務上の取扱いよりも、「何を測るか」「企業価値とどうつなげるか」「どう客観的に評価するか」にあることが読み取れます。サステナビリティKPIを採用する場合には、その指標が中⾧期の企業価値にどう結び付くのかを説明できることが重要です。
6.役員報酬制度の設計と税務の関係
実務では、税務上の取扱いも避けて通れない論点です。本件調査報告書によれば、業績連動報酬の損金算入の状況は次のとおりです。
-
- 全額損金算入している:約19%
- 損金算入可能な部分のみ損金算入している:約15%
- 損金算入可能な部分があるが、全てを損金算入していない:約22%
- 全て損金算入していない:約35%
法人税法第34条第1項第3号に規定する業績連動給与として損金算入するためには、同号に定める要件(算定方法の決定手続、有価証券報告書等による開示等)を満たす必要があり、要件充足を優先すると制度設計の自由度が制約される場合があります。上記の結果は、「税務上損金算入できる制度」と「経営上最適な制度」が必ずしも一致しないという現実を示しているといえます。
なお、本件調査報告書では、サステナビリティ指標について、損金算入の対象とする制度改正が望ましいとする企業が約53%、改正された場合に役員報酬制度を見直す可能性があるとする企業が約42%となっています。また、同報告書では、サステナビリティ指標だけでなく、現在は対象とされていない営業キャッシュ・フローやフリー・キャッシュ・フロー等についても、業績連動給与の対象指標として検討する余地が示されています。
重要なのは検討の順序です。損金算入要件から逆算して報酬制度を決めるのではなく、まず経営戦略上最適なインセンティブ設計を構想し、そのうえで税務・会計・開示の観点から実現可能性を検討します。この順序を誤ると、制度は整っていても経営陣の行動が変わらないという結果になりかねません。
7.おわりに ― 役員報酬制度のチェックポイント
最後に、役員報酬制度を点検する際の視点を5点挙げます。
①中期経営計画の重要KPIが役員報酬に反映されているか
②STIとLTIの役割・時間軸が整理されているか
➂ROICやTSR等、企業価値を意識したKPIが適切に組み込まれているか
④非財務KPIを採用する場合、企業価値との関係を説明できるか
⑤報酬設計、税務、会計、開示、報酬委員会での運用が一体となっているか
IPO時に整備した制度であっても、企業規模、経営戦略、資本市場からの期待が変われば、見直しが必要になります。IPO、中期経営計画の策定・更新、経営体制の変更、株式報酬制度の更新といった局面は、「制度があるか」ではなく「企業価値向上に実質的に機能しているか」を再点検するタイミングといえます。
あいわ税理士法人グループでは、経営戦略・KPI設計から、STI・LTIの組み合わせ、株式報酬の設計、税務・会計・開示上の論点までを踏まえた役員報酬制度の設計・再設計をご支援しています。制度の見直しをご検討の際は、お気軽にご相談ください。
あいわ税理士法人グループのインセンティブ・サービスの概要
1. 役員報酬設計
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2. ストック・オプション導入支援
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インセンティブ プラクティスグループ(executive-compensation@aiwa-tax.or.jp)
公認会計士/税理士 新川 智也
公認会計士 山口 広志
公認会計士 元安 美智
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