自発的な兼業による長時間労働等と安全配慮義務

2022年3月23日

 

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昨今は兼業が推進されている状況にあります。
厚生労働省が「兼業・副業ガイドライン」を作成し、同ガイドラインでは、「労働者が副業・兼業を行う理由は、収入を増やしたい、1つの仕事だけでは生活できない、自分が活躍できる場を広げる等さまざまであり、業種や職種によって仕事の内容、収入等も様々な実情があるが、自身の能力を一企業にとらわれずに幅広く発揮したい、スキルアップを図りたいなどの希望を持つ労働者がいることから、こうした労働者については、長時間労働、企業への労務提供上の支障や業務上の秘密の漏洩等を招かないよう留意しつつ、雇用されない働き方も含め、その希望に応じて幅広く副業・兼業を行える環境を整備することが重要である。」とされています。

一方で企業としては、兼業について許可性を取っているところが多く、可能な限り本業に注力してほしいというのが本音かと思われます。

とはいえ兼業が推進されている状況下にあっては、兼業を禁止するためには合理的な理由が求められる傾向にあり、その一例としては、本業に差し支えるといった事情が考えられますが、特に労働時間管理・体調管理がどのようになるのかという点は悩ましいところです。

そのような問題に関して参考になる裁判例として、大器キャリアキャスティング・ENEOSジェネレーションズ事件(大阪地判令和3.10.28)があります。
同事件では、退職した労働者が、兼業に伴う長時間労働によりうつ病を発症したとして会社に損害賠償を請求していました。
会社は、当該労働者に対して、兼業状況を踏まえると週7日の稼働となっていたことから、平成26年4月10日、自身の体調を考慮して休んでほしいと注意しており、労働者も、同年5月中旬頃までには兼業先での就労を確実に辞めると約束をし、やや延びたものの同年6月30日付で兼業先を退職しました。

判決は、自発的な兼業であること、会社は体調を考慮して休むように注意していたこと、5月中旬までには確実に辞めるとの約束を取り付けていたことといった事情に基づき、会社には安全配慮義務違反はなかったと認定しました。

兼業は自発的なものであることが多いでしょうから、その事情のみで安全配慮義務違反を免れるのであれば労務管理としては楽であると言えますが、果たしてその事情のみで足りるのか、あるいは兼業の実態も把握した上で必要に応じて休みや場合によっては兼業の中止を勧告するなどの措置まで講じなければ安全配慮義務違反を問われるおそれがあるのかといった点は問題となります。

事例判断であるため、会社として兼業をしている労働者の体調管理に関してどこまでの対応が求められるのかという一般的な判断枠組みまではわかりませんが、トラブルを回避するためには、兼業の状況について報告義務を課した上で、必要に応じて兼業の中止の勧告等、体調に配慮するための対応を取ることが望ましいと言えるでしょう。

 

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弁護士 石井拓士(いしい たくじ)(太田・石井法律事務所)

2006年早稲田大学法学部卒業、08年慶應義塾大学大学院法務研究科修了、09年弁護士登録。経営法曹会議会員。第一東京弁護士会労働法制委員会委員。
主な取り扱い分野は、人事労務を中心とした企業法務。
主な著書に『第2版 懲戒処分―適正な対応と実務』(共著、労務行政、2018年)、『労災保険・民事損害賠償判例ハンドブック』(共著、青林書院出版、2017年)、『退職金・退職年金をめぐる紛争事例解説集』(共著、新日本法規出版、2012年)などがある。

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