口頭による退職合意の成否

2022年9月26日

 

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労働者から退職の申し出があった場合に、後になってそれを撤回することができるのかということが問題になることがあります。

 

理論的には、退職の意思表示自体は一方的に行えるため、退職の意思表示が会社に到達した時点で退職の効力が生じ、その後に撤回することは原則としてできません。

ただし、これが一方的な退職の意志表示ではなく退職合意の申し入れであれば、会社が承諾の意思表示を発するまでは撤回が可能と解されることがあります。

 

一方的な退職の意思表示であるのか、それとも退職合意の申し入れであるのかということは事実認定とそれに対する法的評価の問題となるため一概には論じられませんが、会社側として撤回を阻止したいのであれば、退職の意思を表明した労働者に対しては早めに承諾の意思表示を行っておく方がよいでしょう。

 

また、「退職します」という発言があったとしても、それが退職届等所定の様式による意思表示ではなく口頭によるものだった場合、退職の意向を示したにとどまるのか、それとも確定的な退職の意思表示なのかという事実認定も問題となります。

 

裁判例では、面談において労働者から「退職さしていただきます」との発言があり、これを受けた部長が「はい。わかりました」と答えたというやり取りにつき、口頭による退職合意の成立を認めたものがあります。

 

同事案では、就業規則上退職の申し出は書面によることを前提として規定されていましたが、判決は、合意が就業規則に優先するものであるとして口頭による退職合意を妨げるものではないとして退職合意の成立を認めました。

就業規則を下回る合意は無効となりますので、これは下回る(労働者に不利な)合意ではないと評価したものと考えられます。

 

ただし、裁判例も「退職さしていただきます」という文言のみから退職の意思表示を認定したものではなく、その前後のやり取りとして、退職することを前提とした打ち合わせを部長や事務職員と行っていることや、面談後も退職を前提とする行為を行っていたこと等を踏まえて、「退職さしていただきます」という発言が退職の意思表示であったと認定しています。

 

「退職します」という発言があった場合、会社側としては後になって退職の意思表示の有効性を争われることがないように、即座に承諾した上で退職に向けた手続き・やり取りを進めるといった対応が重要になるものと考えられます。

 

 

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弁護士 石井拓士(いしい たくじ)(太田・石井法律事務所)

2006年早稲田大学法学部卒業、08年慶應義塾大学大学院法務研究科修了、09年弁護士登録。経営法曹会議会員。第一東京弁護士会労働法制委員会委員。
主な取り扱い分野は、人事労務を中心とした企業法務。
主な著書に『第2版 懲戒処分―適正な対応と実務』(共著、労務行政、2018年)、『労災保険・民事損害賠償判例ハンドブック』(共著、青林書院出版、2017年)、『退職金・退職年金をめぐる紛争事例解説集』(共著、新日本法規出版、2012年)などがある。

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