第6回 今後の組織運営について(ティール組織等)
~介護事業のここが知りたい 運営と経理の実務【パート1】運営編~
2022年11月22日
組織・仕組づくりについて
前回、示したように令和3 年度の改定内容を見ると組織としての取組、活動がないと成果を出しにくい内容のものが多く示されていると言えます。
一方で、組織運営の方法については、規模、事業や地域の特性等により大きく異なってくると言えます。では、介護・福祉分野における組織の考え方としてどのようなものがあるのかという点については、考え方としてこれからという状況です。関連する内容では、比較的新しい書籍(大平剛士著『介護サービス組織の連携と経営』2021年2 月晃洋書房)では、介護サービスの組織構造において「施設介護サービス組織は従来から議論されている病院や福祉施設などの官僚制組織に近い特徴を有するが、一方で訪問介護サービス組織は相互依存のネットワークの中に存在し、情報交換が円滑にできるコミュニケーション技術が必要とされるため、従来の官僚制組織とは異なるネットワーク型組織に近い特徴を有しているとの指摘がある」とされています(ただし、引用されている論文自体が新しくないため、この分野に関する研究自体が多くないという状況です)。
今後の組織運営という視点、しかも福祉分野に限定すると情報が少ないため、標準的な経営理論から介護分野に有効と考えられるものについて紹介します。
〈参考〉「世界標準の経営理論」入山章栄著(2019年 ダイヤモンド社)
「時代とともに変化する、あるべき組織の姿」として紹介されているものです。「ティール組織」といい日本では2018年に『ティール組織』フレデリック・ラルー著 鈴木立哉訳 喜村賢州解説(英知出版)が刊行され広く知られるようになりました。組織形態を表す場合、自律分散型組織、また組織の発達段階になぞらえて進化型組織とも呼ばれています。
ここでは、概要のみをお示しします。ティール組織は、以下の3 つが特徴と言われています。
①自主経営
②全体性
③存在目的
一言で表現すると、「各々のメンバーが「存在目的」を拠り所に、自律的に活動するので、中心的なリーダーが存在しない。また、仕事、家庭、趣味等々を含めた個人を大事にした働き方ができているので、職員は自分らしい生き方ができる」という職場、職員のイメージになると考えらえます。
このような組織が経営理論においても、あるべき組織の姿として示されていますが、この組織は介護を初めとする福祉分野には非常に有効であると考えられます。その理由として、進化型組織の特徴である①自主経営、②全体性、③存在目的に対する相性が良いという点が挙げられます。例えば、大きな枠で介護事業を想定した場合に3 つの特徴は下記のように表せます。
- 自主経営:対人サービスであり、個々のサービス提供は1 人の職員で完結する場合が多い。仕入れ、加工等の工程がなく、業務フローを大きく変えることなく、自律的なサービス提供の仕組を構築しやすい。
- 全体性:24時間サービスを提供する場合が多く、常勤、パート、夜勤専門等、職員それぞれのライフスタイルに合わせた職員が協働する現場であり、それぞれが補完し合いながらサービス提供体制を構築することが可能である(小さい子どもや高齢者と同居している職員であれば尚更)。
- 存在目的:支援を必要とする利用者のライフラインとも言える事業(いわゆるエッセンシャルワーク)であり、また公金(社会保険)による事業であるため法的に限定された事業内容であり、その地域における存在目的を職員で共有しやすい。
また、書籍『ティール組織』では、世界における進化型組織の事例が紹介されていますが、最もページ数を割いて紹介されているのはビュートゾルフ社というオランダの訪問看護の会社についての取組です。
ビュートゾルフ社は、看護師の働き甲斐を追求し、住み慣れた地域での自立に向けた利用者中心の訪問看護を展開してきました。ビュートゾルフ社は、10年間で従業員が4 人から15,000人(2020年)に急成長し、オランダでは最優秀雇用者賞を2011年、2012年、2014年、2015年に受賞し、従業員満足度、利用者満足度が非常に高い企業として知られています。
これらの理由により、介護事業と進化型組織や自律分散型組織の相性が良いことをお伝えしましたが、自律分散型組織の運営が軌道に乗ると、管理職や主任等からの指示命令がなく業務が回り始めるので、いわゆるパワハラ等の可能性が少なくなります。
また、全体性が発揮できる職場となることで、お互いの都合で働きやすい時間を調整した結果、ストレスが少ない状態で業務に携わることが可能になるため、従業員満足度も向上すると考えられます。また、そのような状態でサービス提供を行うことで同時に利用者満足度の向上も向上することが期待できます。
〈ティール組織等の導入事例〉
このようなティール組織に代表される進化型組織は、現時点において全事業を見てもまだまだ一般的と言えるものではありません。さらに、進化型組織や自律分散型組織の実現に向けて、既存の組織に導入する具体的な手段も決して多い状況ではありませんが、その中でも実績があるものとしてDXO(ディクソー)※という導入プログラムをご紹介します。このプログラムは、業種を限定したものではありませんので、介護事業以外への導入実績もありますが、現時点で介護事業及び介護事業に近い事業への導入実績としては、医療機関、訪問看護への導入実績があります(2022年1 月現在)。
※ DXO(進化型組織デザインプログラム)by 手放す経営ラボラトリー日本初のティール的組織と言われるダイヤモンドメディア株式会社の創設者、代表取締役であった武井浩三氏による知見と自律分散型組織をはじめとした多数の進化型組織の研究を通じて得た手順をプログラム化、監修し開発されたもの。
■医療法人八女発心会
姫野病院(福岡県八女郡広川町・理事長兼院長 姫野亜紀裕氏)
- 実施事業:一般病棟70床・地域包括ケア病棟70床
法人内に有料老人ホーム( 3 )、保育園( 2 )、訪問介護( 1 )、訪問入浴( 1 )、通所リハビリ( 1 )、訪問看護( 1 )(カッコ内は事業所数)
- 導入動機:看護師長が退職する病棟において、後任の目途が立たない状況がありました。その際、将来的な運営形態として検討していた自律分散型組織の契機ととらえ導入に踏み切りました。
- 導入状況:半年間のプログラム導入後、従来の看護師長の業務を看護師各自が自律的に業務遂行できるような業務フローが再構築できました。その結果、院長も自律的に業務を行う職員に変わってきていることを実感しています。これにより、職員が主体的に行動する結果、個々の職員の能力開発も進みました。その経緯でこれまで、目的が明確でないまま継続されていた削減可能な業務も整理できたため効率化も進み、現場の業務も指示待ちではなく自律的に動けるようになったためアウトプットも早くなり、残業時間も少なくなりました。職員からも働きやすくなったとの意見が多く、今後は他病棟や法人内の高齢者施設への導入も予定しています。
■株式会社やさしい手諏訪
わかみや訪問看護ステーション(長野県岡谷市・代表取締役 花岡邦浩氏)
- 実施事業:訪問介護、訪問看護、居宅介護支援、サービス付き高齢者向け住宅、看護小規模型多機能居宅介護
- 導入動機:新規の依頼が増えてくる状況で、各職員への負担が増えていき、保育園の送迎、家族の介護等、プライベートの時間が犠牲になるケースも出てきていました。経営層に対する不満等が出始めたため、トップダウンによる業務管理ではなく、職員が自律的に行動でき、働きやすい現場への再構築に取組みました。
- 導入状況:経営層含め、全職員で地域における事業の位置付け、訪問看護に対する全職員の価値観を共有し、全体の方向性を定めました。また、業務の要素を分解し、改めて全体の方向性に沿って自律的に業務を進めていけるような業務フロー、指標の設定、運営手順を再構築しました。
概要としては、サービス提供業務を主体としたチーム、利用者紹介元ケアマネジャーとの関係性の構築や新規利用者受入れを担うチーム、サービスの質や新たなサービスの開発に関わるチームとDXOの手順に沿った3 つのチーム構成になっています。
2022年1 月に導入プログラムが完了し、これから新たな体制のもと実業務を進めていく段階ですが、経営層は職員の行動、仕事への姿勢が主体的、自律的に変わってきたと効果を感じています。
なお、DXO のテキストは無料でダウンロードでき、copyleft(著作権フリー)(2022年1 月現在)としているので、自律分散型組織に興味のある方はダウンロードし事業所の職員により導入することも可能になっています。
〈参考〉 DXO テキストダウンロードサイト https://dxo.tebanasu-lab.com/
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株式会社オフィスイーケア代表取締役楠元睦巳
株式会社オフィスイーケア代表取締役
1965年奈良県生まれ。
富士通株式会社・生産システム本部にてコンサルティング業務に従事。株式会社やさしい手にて城南エリア事業部長、ISO 内部監査員等。
ミモザ株式会社にて常務執行役員、居宅介護事業本部長、内部監査室等。 2008年オフィスイーケア創業(2017年株式会社化)。介護コンサルタントとして、介護事業所運営支援、組織開発、介護保険制度・給付管理・コンプライアンスに関する執筆、セミナー、研修の他、自治体の介護保険事業計画の策定支援等に携わる。