[全文公開] 新型コロナ、3月期決算の見積り実務に懸念も

繰延税金資産の回収可能性や減損の判断等に留意
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新型コロナウイルスの感染拡大により,世界各国で生産活動の停止等が相次ぎ,工場の稼働停止を決定した日本企業も多い。2020年3月期決算においても,会計処理や監査において少なからず影響がありそうだ。例えば,「繰延税金資産の回収可能性の判断」や,株価の大幅な下落を受けた「有価証券の減損」などが考えられる。前者では,通常であれば分類1または分類2の会社について,新型コロナウイルスの影響により「近い将来に経営環境に著しい変化」が見込まれる状況と判断された場合,分類が変わり繰延税金資産の取崩しが生じる可能性があるため,留意が必要だ。

開示や監査のスケジュール等にも影響か

新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっている。各国で生産活動の停止や外出禁止,非常事態宣言等が相次いでおり,一部工場の稼働停止を決定した日本企業も多い。3月25日には,東京都内の感染者急増を受け,小池百合子知事が週末の外出自粛を要請した。同日,米国でも,首都ワシントンDC当局が,生活に必須の業種を除くすべての企業の閉鎖を命じた(25日夜から1カ月間)。

こうした状況により,企業の従業員や監査法人の公認会計士も在宅勤務を強いられるなど,2020年3月期決算では,会計処理,開示,監査など多くの点で少なからず影響があると考えられる。例えば,「有価証券等の減損と回復可能性」,「繰延税金資産の回収可能性の判断」,「有価証券報告書における事業等のリスク等の開示」,「後発事象」,「決算・監査スケジュール」等について特に留意する必要がありそうだ。

以下では,これらのうち「繰延税金資産の回収可能性の判断」に注目して,想定される留意点を取り上げる。

繰延税金資産の回収可能性の判断にも影響

新型コロナウイルスにより業績悪化等が見込まれる場合などには,繰延税金資産の回収可能性の判断にも影響が生じることが考えられる。当該判断にあたっては,期末時点での業績や中期経営計画,そして業績予想等をもとに将来の課税所得の見積りを行うためだ。しかし,「この状況下では業績予想自体ができない」といった声もあり,どこまで当該リスクを判断に織り込めるかが困難との見方もある。

繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針 」(企業会計基準適用指針第26号)では,業績要件等により企業を分類1から分類5まで5つに区分しているが,分類によっても留意すべき点が異なりそうだ。

例えば,業績が好調な企業の多くは通常であれば分類1や分類2に該当することとなるだろう。しかし分類1の要件をみてみると,以下の両方を満たす必要があるとされる( 第17項 )。

①過去(3年)及び当期のすべての事業年度において,期末における将来減算一時差異を十分に上回る課税所得が生じている。

②当期末において,近い将来に経営環境に著しい変化が見込まれない。

ここで留意したいのが,②の要件だ。この要件は分類2にもある( 第19項 )。過去(3年)および当期末においては十分な課税所得が生じていて,通常であれば分類1または分類2に該当していたところ,この「近い将来に経営環境に著しい変化」が見込まれる状況と判断された場合,分類が変わり繰延税金資産の取崩しが生じる可能性がある。分類1および分類2の企業においては,「著しい変化」について,十分に検討する必要があるだろう。

そして,見積りの要素が繰延税金資産の計上額に大きく影響する分類3,分類4に該当する企業も各分類の要件を十分に検討することが必要と思われる。分類3に該当する企業においては,「将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)以内の一時差異等加減算前課税所得の見積額に基づいて,当該見積可能期間の一時差異等のスケジューリングの結果,繰延税金資産を見積る場合,当該繰延税金資産は回収可能性がある」とされる( 第23項 )。5年先まで見通して課税所得を見積ることはこの状況下では相当な実務上の困難さを伴うことが予想される。

一方,分類4は翌期1年を見積ることとなる点では分類3よりも見積るべき年数は短いものの,1年で新型コロナウイルス感染拡大が収束しているかは不透明であり,「収束しない前提で見積るのが現実的」(会計士)との見解がある。

新型コロナは「臨時的な原因」か?

なお,繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針では,「臨時的な原因」により課税所得が落ち込んだ場合は,その分を除いて回収可能性を判断することができる規定も置かれている( 第19項,第22項 等)。

ただし,今回の新型コロナウイルス感染拡大が果たして「臨時的」かどうかは検討が難しいところ。一過性ではなく,翌期以降にもその影響が残る場合は「臨時的」とは言えなさそうだ。もっとも,企業側は目の前の本業をいかに回していくかに苦心している最中。「正直見積りどころではない」というのがホンネかもしれない。そのため具体的な検討はこれからとなるが,繰延税金資産の回収可能性の判断は慎重な検討が求められる点,留意したい。