[全文公開] 『法人税のなっく』―条文と通達を読むための小さなコツ 第1回 法文は節約
税理士 大澤幸宏
【略歴】
国税庁法人課税課課長補佐、国税局課税第一部国税訟務官室国税訟務官、課税第一部統括国税実査官(電商・国際・富裕層担当)、調査査察部国際調査課長、調査査察部調査総括課長、課税第一部国税訟務官室長、税務署長を経て、現在税理士。
(2026年9月現在)
はじめに
はじめまして。税理士の大澤といいます。
「法人税の条文は、読んでもよくわからない」「通達のどこを見ればいいのか迷う」――そんな声を、日々耳にします。
私のもとには、法人税に関するさまざまなご相談が寄せられます。そうした案件を検討する際、私が強く意識しているのは、①事実関係の確認と、②法令・通達の解釈及び当てはめの二つです。
このうち、①の事実関係については、基本的に相談者ご自身で十分に確認し、固めていただく必要があります。事実関係が少し異なるだけで結論が変わってしまうことも少なくないため、ここはとても重要です。
一方、②の法令・通達の解釈や当てはめは、税の専門家としての知識や経験が問われる場面だと思います。
税に関する法令や通達の文章には専門用語が多く使われ、内容も抽象的で、耳慣れない表現が少なくありません。しかも、括弧書きの中にさらに括弧書きが入っていることも珍しくなく、読みにくさを感じる方は多いのではないでしょうか。実は、私もその一人です。蛍光ペンを三色用意し、本文は黄色、第一括弧はブルー、第二括弧はピンクで塗るのを、私なりのルールにしています。
法人税法の条文は、読み物として見ると、お世辞にも「きれいな日本語」とは言いにくいように思います。ただ、こう書くと、税法を書いている人たちを批判したいだけなのではないかと思われるかもしれません。しかし、それは誤解です。私の知る限り、税法を書いている人たちは、いずれも頭脳明晰で、膨大な作業量にもかかわらず、強い責任感を持って仕事に取り組んでいる尊敬すべき方々ばかりです。
税法の書き方には、一定の作法や哲学があります。その結果として、独特の文体にならざるを得ないのだと思います。だからこそ、そうした作法や哲学を知らずに読むと、「わかりにくい」と感じてしまいがちなのです。
初めて触れる制度を学ぶときには、まず解説書を読むのが近道です。しかし、ある程度理解が進んだら、法令や通達そのものを確認する習慣を身につけたいものです。最終的な拠り所は、やはり法令や通達に書かれている内容だからです。
この連載は、主に法人税の初心者から中級者の方に向けたものです。
「読んでもよくわからない」と遠ざけていた法令や通達への苦手意識が少しずつやわらぎ、やがては「鼻歌交じりで税法が読める(?)」ようになることを目標に、筆を進めていきます。
タイトルにある「なっく」とは、コツを意味する英語のKnackから採ったものです。私が日々の仕事で気づいた小さな工夫や読み方のコツを皆さまと共有し、少しでも共感していただけたなら、仕事仲間としてこれ以上うれしいことはありません。
(1) カッコを使った節約術
いきなり条文を載せて恐縮ですが、まずは次の規定をご覧ください。合併とか完全支配関係とか、専門用語の意味は気にせず、文章の構造だけに注目してください。
法人税法第2条第12号の8
イ その合併に係る被合併法人と合併法人(当該合併が法人を設立する合併(以下この号において「新設合併」という。)である場合にあつては、当該被合併法人と他の被合併法人)との間にいずれか一方の法人による完全支配関係その他の政令で定める関係がある場合の当該合併
法人税法を読む人からは、「括弧書きがたくさん出てきて、煩わしい」といった不満を耳にすることがあります。
では、この規定を括弧書きを一切使わずに表現したら、どうなるでしょうか。試しに書いてみました。
イ 次のいずれかの合併
(1) 法人を設立しない合併に係る被合併法人と合併法人との間にいずれか一方の法人による完全支配関係その他の政令で定める関係がある場合の当該合併
(2) 法人を設立する合併に係る被合併法人と他の被合併法人との間にいずれか一方の法人による完全支配関係その他の政令で定める関係がある場合の当該合併
細部の正確性はさておき、文章の構造を見るためにあえて書き換えると、括弧がない分読みやすくなった気がします。その反面、同じ字句が(1)と(2)でたくさん重なっているため、全体的に冗長で、経済的ではないというデメリットがあると思います。
法人税法をはじめとする条文の書き手は、使用する文字数をできるだけ節約しながら、できるだけ多くの場面に対応できるように考えているように感じられます。
このような節約の精神は、条文をコンパクトに整えたいという美学からくるものかもしれません。また、次に法律改正をするとき、改正漏れのリスクを減らし、メンテナンスの手間を抑えるための知恵からくるのかもしれません。
(2) 同じことは二度書かない
このような節約の精神について、別の法文でも見てみましょう。
法人税法第55条
内国法人が、その所得の金額若しくは欠損金額又は法人税の額の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装すること(以下この条において「隠蔽仮装行為」という。)によりその法人税の負担を減少させ、又は減少させようとする場合には、当該隠蔽仮装行為に要する費用の額又は当該隠蔽仮装行為により生ずる損失の額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。
2 前項の規定は、内国法人が隠蔽仮装行為によりその納付すべき法人税以外の租税の負担を減少させ、又は減少させようとする場合について準用する。
第2項の最後の部分ですが、「...とする場合について準用する。」となっています。この「準用」とは、法律の専門用語で、ある事項について定めた法令を、それに似ている別の事項に、多少の読替え(脳内変換)を加えつつ当てはめるテクニックです。
「あそこに書いたあのことだけどさあ、もうわかるだろうから、同じことは重ねて書かないよ」という節約の精神が発揮されているように思えます。
さらに、第1項では、「その所得の金額若しくは欠損金額又は法人税の額の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装すること」という複雑な概念を、この55条においては、「隠蔽仮装行為」という単語で切り詰めて表現するよ! と宣言しています。
もしも、これらの節約術を使わなかったら、第2項はきっとこんな文章になっていたでしょう。
2 内国法人が、その所得の金額若しくは欠損金額又は法人税の額の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装することによりその納付すべき法人税 以外の 租税の負担を減少させ、又は減少させようとする場合には、当該隠蔽仮装行為に要する費用の額又は当該隠蔽仮装行為により生ずる損失の額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。
すでにお気づきのことと思いますが、これでは文字数が2倍になってしまい、読む人にとっても書く人にとっても、労力の割には"コスパ"が悪いということになります。
法人税法の条文を一読したときには、読みづらい、不親切だ、と感じることもあるかもしれません。しかし、必要に迫られて何度も読み込んでいるうちに、同じことを二度書かない法制執務の知恵に触れ、少しだけ愛着が湧いてくるかもしれません。
☆法人税法などの法律は、同じことを二度書かず、できるだけ少ない文字で多くの場面に対応できるよう工夫されている。括弧書き、定義規定、準用などは、そのための代表的な法制執務上の技法である。
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