新会計監査12ヶ月 「会計士山中剛の明日」(その25・最終回)忘れない日々
登場人物
<クレデンス監査法人> 山中 剛(やまなか・たけし):パートナー 野中祐二(のなか・ゆうじ):パートナー 柏原秀隆(かしわばら・ひでたか):理事,経営企画室長,パートナー |
理由
柏原さんから突然の電話があったのは4月第1週,とりあえず期末の棚卸と期首の実査が滞りなく終わったことを確認したころだった。
「悪いが,すぐ来てくれ。」
久しぶりに説明がない乱暴な電話だった。
「なんでしょうか?」
「野中さんから退職願が出てる。山中さん,知ってたか?」
「詳しくは聞いてませんでしたが,何となく。」
「なぜそんな大事なこと俺に言わないんだ?」
「ご報告してたら野中が翻意したとでも?」
「わかんないよ。もちろん彼が自分で決めたことを周りが変えるのは簡単じゃないだろうよ。でもさ,水臭いじゃないか。」
なんと感情的な言葉。でもこれが柏原さんの最大の魅力であり,武器。単純な自分だったらそう言われて翻意してしまうかもしれない。
でも野中は違う。周りの気持ちは知っているし,無視しているわけでもない。だから退職願を出したなら,結論はすでに出ている。
「まあ,止めるのは無理なんだろうな。でも,うちの法人としては大事にしてきたつもりだぞ。」
「それは野中もわかってると思いますよ。」
「じゃあ,何が不満なんだよ。金か?それも少なくはないだろ?あと5年も経てば,君らの時代だろうし。どうして...」
「わかりました。理由,聞いてみますよ。」
柏原さんの話も聞いてあげたいが,目的はわかったので,席に帰り野中に電話した。
「退職願のことか。」
「ああ。思ったより早かったな,と思ってね。」
「この6月を逃すとまた1年先だろ。」
「まあな。思い立ったが吉日ってことか」
「吉か凶かは,まだわからないけどな。」
「さっそくで悪いけど,柏原さんから理由を聞いて来いって業務命令なんだ。アリバイ作りに今晩飯でもどう?」
アリバイ作りだから事務所の地下のレストランで良かった。
「悪いね,急に。まあ,でもこうでもしないと改まってお話伺うわけにもいかないからね。」
「退職理由か?」
「いや,それは後で聞くよ。ところでどうして会計士になったんだっけ?」
「父に薦められて,だな。経理部門も担当してて監査人と接する機会もあって,英語はまあできるようになってたから,それも活かせる仕事としては良いんじゃないか,ってね。」
「自分ではどう思ってたの?」
「あまり考えなかったなあ。でも仕事をしてから...
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