ハーフタイム カズオ・イシグロ『日の名残り』を読む

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企業統治でいうStewardは株主の「財産管理者」であり,Stewardshipは財産管理者:経営者の「受託責任」である。しかし,ここで取り上げる小説の主人公スティーブンスは,国際会議を開くほどの大きな邸宅を管理するSteward(執事)だが,単なる財産管理者ではない。雇主(祖国の運命を支配する英国の貴族外交官ダーリントン卿)を敬い,「忠誠心」を以て献身的に仕える。しかも自分の品格を重視する,古き良き時代の理想主義者である。

ダーリントン卿の死後,邸宅を買い取った新しい米国人雇主に勧められて,主人公は6日間のドライブ旅行に出かける。その間,英国の美しい田園風景を背景に,素朴な人々との会話を楽しみ,華やかなりし旧雇主時代の思い出に無上の喜びを感じる。筆致はのびやかで,読んでいると一緒にドライブを楽しんでいる気分になるが,主人公が次から次へと想起するいろいろな人達との対話などから,いくつかの悲劇が明らかになる。

第一はダーリントン卿の悲劇。第一次世界大戦の終わり(1919年)から第二次世界大戦の始まり(1939年)までの20年間,その邸宅は欧米諸国間の熾烈な政治的かけひきの場となった。争点は,...