独立公認会計士インタビュー『わたしの働き方』作家・公認会計士 田中靖浩氏

わたしの働き方
【編集部より】

監査法人以外の場で活躍する公認会計士の方々に,これまでのキャリアや今の働き方などについて聞く本コーナー。今回は,「会計の世界史」の著者であり,絵本の翻訳や落語家とのイベントなど,幅広い分野で活躍する田中靖浩氏に話を聞いた。

──公認会計士を目指したきっかけを教えてください。
理由は明確で,就職活動をしたくなかったんですよ。就職する代わりに何か難しい資格を取ろうと考え,公認会計士を目指しました。
当時は景気も良く,就職の機会はあったにも関わらず嫌だと感じたのは,商売人の父親やその友人たちの影響がとても強かったように思います。皆,とても自由かつ豪快な性格で,酒盛りしている中に子供の私が入っても,邪険にすることなく輪に入れてもらえました。いつか,自分も仲間に入りたいと思いましたね。サラリーマンではなく,周囲の大人たちのような「商売人」という在り方が私の理想になったのだと思います。

──試験に合格された後,人生の転機となったことは何でしょうか?
試験合格後は先輩から紹介を受けて,外国人が半数以上いる外資系の国際税務事務所にいきなり入社しました。最初の仕事は,「ブラジルの債務の証券化についての税制を調べる」こと。当時は何を言われたか全く分からず,さすがに固まりましたね。
今振り返ると,この事務所で働いたことは将来への転機になったと感じています。特に仕事内容については,ちょうど消費税が導入されて激変の時期だったこともあり,たくさんの質問が寄せられる中で働きました。質問に答えるために,いろいろ調べて回答する。調べてもわからなければ,役所などに質問して回答するといったことを繰り返していくうちに,まるで自分が,決められた税制の下で,決められた通りに動いているだけなのではないかという気がしてきました。そうではなく,小さくても自由に自分でハンドルを握る人生を生きたいのだと気がつき,次のステップに進もうと考えました。

──会計と芸術をコラボさせた執筆活動もされていますが,きっかけは何でしたか?
子供のころから本が好きだったこともあり,作家という職業に憧れていました。著書で会計と芸術をコラボさせようと思い立ったのは偶然です。会計の本がなぜ面白くならないのだろうかということを考えた時に,「人間がいないから何の感情も動かせないのだ」と思いました。では誰を登場させるか。経営者や政治家だけではありきたりで面白くないと考え,画家を思いつきました。実際にその時々の画家を調べていくと,絵の潮流は経済発展の時期に重なることが分かりました。経済は豊かだからこそ,芸術も栄えるのだと実感しましたね。
一方で,美術業界の方々からしたら,公認会計士がこの世界にいるということがとても珍しかったようで,文化庁のワーキンググループに呼ばれることもありました。そこで会計のコメントが欲しいと。思わぬ展開でした。なんでこんなすごい人たちの中に自分が行くのだろうかと思いましたよ。ですが芸術の世界には,お金の話に触れることがご法度であるかのような雰囲気があります。公認会計士という資格は中立な立場の資格であるからこそ,価値があったのだと思います。

──「公認会計士」の資格はどのようなものとお考えですか?
私にとって公認会計士の資格とは,運転免許証のようなものです。運転免許証があると,自分で車を運転していろいろなところに行けます。すると人生の幅が広がるじゃないですか。私にとって,公認会計士の資格は一つの「武器」です。いろいろな仕事をしてきた中で,公認会計士としてのコアな知識を持っているということは,とても強い武器だったと思います。今は,なぜ帳簿が付けられ始めた時期と,楽譜がつくられた時期と,天文学が発達した時期が同じだったのかということをずっと考えていますが,そこに興味を持ったのも会計という土台があるからこそであり,資格やスキル,経験など,私が持つ様々な武器を使って経てきた今だから,会計とは違う世界をより面白いと感じているのかもしれません。

──今後の目標は何でしょうか?
80歳まで自分でハンドルを握って仕事をすることですね。正直,将来の自分が何の仕事をしているのか予想もできませんし,決めつけないほうがいいと思っています。先ほどの絵画もそうですが,狙ってやって上手くいったことは一度もなく,新しい仕事や楽しい仕事というものは「余白」があるときにやって来るのだと感じています。この余白とは「暇」のようなものでしょうか。手元にある仕事を片づけて,意識して「余白」をつくることで,偶然のお誘いから,世界がバッと開けるときがあるんですよね。根詰めて真面目にやりすぎることなく,好奇心を大切にして,新しいことにどんどん進出し続けるような80歳になっていたいですね。

──若手の公認会計士の方々にメッセージをお願いいたします。
公認会計士という資格は「手段」だと思います。型にはまることなく,皆さんが自ら経験してきた様々なことから,さらに可能性を広げてほしいですね。自分のやりたいように仕事をつくり,その結果,誰かの役に立てる仕事がまだまだ眠っているように思えますから,ぜひ自由にチャレンジしてほしいと思います。


略歴:
田中 靖浩(たなか やすひろ)氏

作家・公認会計士。1963年生まれ,三重県四日市市出身。早稲田大学商学部卒業。外資系コンサルティング会社を経て独立開業。経営コンサルティング,書籍・新聞・雑誌への執筆,ビジネススクールや企業研修講師など堅めの仕事から,落語家・講談師とのお笑い系コラボイベントまで幅広くポップに活躍中。最近は「会計×絵画」コンテンツをNHKラジオはじめ各種メディアで発信中。主な著書に海外でもヒット中の「会計の世界史」,「経営がみえる会計」,「良い値決め 悪い値決め」(以上,日経BP),「名画で学ぶ経済の世界史」(マガジンハウス),翻訳絵本に「おかねをかせぐ」「おかねをつかう」(以上,岩崎書店)がある。

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