新型コロナウイルス問題を原因とした会計基準の適用問題

青山学院大学名誉教授/大原大学院大学教授
八田 進二


 前号(本誌No.3452・4月6日号)では、収束の見られない新型コロナウイルス問題が、3月決算会社の開示と監査に対して及ぼす可能性のある影響についての検討を行った。
 その後、金融庁は、去る4月3日、「新型コロナウイルス感染症の影響下における、企業の決算作業及び監査等について、関係者間で現状の認識や対応のあり方を共有する」との趣旨の下、日本公認会計士協会、企業会計基準委員会、東京証券取引所および日本経済団体連合会を構成メンバーとして、また、全国銀行協会、法務省および経済産業省をオブザーバーとして、連絡協議会を設置したのである1
 同日の日本経済新聞朝刊は、1面トップにおいて、「金融庁 会計ルール弾力化」と題する記事を発信し,「会計基準そのものは見直さないが、現行ルールを弾力的に適用できるように関係者で認識を擦り合わせる。」とか、あるいは、固定資産の減損に関しては「本来ならば減損処理が必要になりかねないが、機械的にルールを適用せず柔軟に対応することを認める方向だ。」と報じている。しかし、かかる報道に対しては、即日、日本公認会計士協会は、ホームページを通じて「昨晩および今朝の日経新聞の一部報道について」と題する「お知らせ」を公表して、「...(略)会計ルールの弾力化に関する報道の内容については、当協会から発したものではありません。」との立場を表明している。つまり、ここに言う、会計ルールの「弾力化」とか、会計ルールの「柔軟な適用」ということが、合理的な根拠のない、恣意的な会計基準の変更と解されることを危惧しての情報発信であったものと解される。
 そこで、以下、この連絡協議会の果たすべき役割と期待について、検討することとする。

1.会計基準の変更を容認した過去の事例との相違
 わが国の場合、過去2度にわたって、資本市場、とりわけ証券市場の低迷等により、保有有価証券の価額が著しく低下した時に、その評価方法の変更を容認することで、評価損の計上を回避してきた事案がある。1つ目は、バブル経済崩壊後の1997年12月、当時の大蔵省銀行局が緊急避難措置として、銀行が保有する株式についての評価方法を、それまで銀行に義務付けられていた「低価法」から「原価法」に変えることを認めた事案である。2つ目は、リーマン・ショック後の2008年10月、企業会計基準委員会が「金融資産の時価の算定に関する実務上の取扱い」と題する「実務対応報告」を公表したことで、金融機関が大量保有する、実勢価格が下落していた変動利付国債について、時価会計の適用を凍結することを可能とした事案である。これら2つの事案は、時の政治的判断により、金融システムの安定化策として、金融機関における巨額の評価損失計上を回避することを目的とした対応策であった。そのため、当時においても、政策的に会計基準の適用が歪められることについては、国を挙げての粉飾決算ではないかとの批判もなされていたのである。というのも、過去における会計基準の変更容認は、すべて、金融機関という特定業種のみを対象に、大量に保有する有価証券という金融商品に係る評価方法について、低価法という時価による期末評価に代えて、原価ないしは合理的な見積額での評価を容認するものであり、結果的に、損失処理の先送りが可能となったのである。
 では、今般の新型コロナウイルス問題を契機として議論されることとなった、会計基準の適用問題については、どのように捉えるべきであろうか。
今般の問題は、企業活動のみならず、我々の市民生活においても、過去に経験したことのない多くの制約が課せられており、明らかに、経済社会が正常な形で機能しているとは言い難い状況にある。そのため、殆どすべての業種に著しいマイナスの影響を及ぼしていることから、国家的視点からも、緊急避難的かつ例外的な政策の決定と、それらの迅速な運営が強く求められているのである。
 とりわけ、会計基準に関しては、企業の経済的実態を忠実に描写するために必要なモノサシとして機能するものであることから、かかる基準の設定に関しては、公正性と透明性を確保した上でデュープロセス(正当な手続)を経ることが不可欠なのである。したがって、今般のように、企業を取り巻く環境の激変等により、企業活動が想定外の状況に置かれている場合には、それを前提にした新たな会計基準の開発等も考慮しうるであろうが、仮に、そうした状況が一過性のものと解される場合には2、現行の会計基準の中での合理的な運用を模索することが求められるものと考えられる。

2.会計基準の円滑な運用に向けて連絡協議会に期待するところ
 今般、設置された連絡協議会が果たすべき役割としては、その趣旨から見て、新たな会計基準を開発、設定することではなく、現行の会計基準の適用に際して、いかなる課題を克服することが可能か、また、その為に、いかなる対応を講じることが必要か、ということに関して、市場に関わりを有する関係者としての合意形成を行うことであろう。
 例えば、会計上の見積りに際しては、国内外ともに、企業活動の縮小ないし停止がなされており、かつ、それが正常に戻る時期等が見通せないことから、厳格な見積りが困難な状況が見て取れる。しかし、その場合であっても、現行基準の範囲において、開示主体である企業サイドにおいては、可能な限りの方法を駆使して必要なデータ等の入手を行うとともに、最終的な見積金額の算定の基礎ないし仮定について、記述情報として丁寧な開示を行うことが期待されている。
 さらに、店舗、工場等の有形固定資産およびのれん等の無形固定資産、さらには投資その他の資産からなる固定資産については、営業損益ないしはキャッシュ・フローが継続してマイナスになっているか、または、継続してマイナスになる見込みである場合には、減損の兆候と解されている。とりわけ、かかる資産の市場価格が著しく下落した場合には、減損の兆候と捉えられるが、今般の状況は、個々の企業の経営判断の結果や特定業種に関わる経営環境の悪化といった類の現象ではないため、それを個別企業における会計判断に委ねることは、かえって恣意性が介在するものと思われる。したがって、減損会計の適用については、この連絡協議会において、一定の方向性を示すとともに、それに依拠した会計判断を行うことが、わが国資本市場における会計情報に対する信頼性の確保につながるものと思われる。
 ところで、今般のコロナウイルス問題が、「継続企業の前提に重要な疑義を抱かせる事象または状況」に該当するかどうかについても、関心が寄せられるものと思われる。確かに、今般の問題により生じた売上収益の減少やキャッシュ・フローのマイナス等、決算数値に重大な影響を及ぼしている企業の場合には、明確に「コロナウイルス禍」での継続企業の前提に関する注記ということで、別枠を設けて開示することも想定される。と同時に、経営者は、それに対する対応策を示すとともに、当該企業の置かれている状況等について、監査人との間での共通認識を得ておくことが不可欠である。その結果、監査上も、今般の継続企業の前提に係る注記は、あくまでも、「コロナウイルス禍」での一過性のものであることを確認したうえで、追記情報としないことも考えられるのである。この点に関しても、連絡協議会において合意形成をしておくことが強く求められる。

3.会計基準の適用に際しての政治および行政の役割
 アメリカでは1970代以降、会計基準の設定および変更等に関して、折に触れて、時の政治が大きな影響力を行使するといった状況が散見された。かかる状況を指して、「会計の政治化」現象と捉えられ、会計基準設定主体に対する独立性に疑念が発せられてきた。かかる状況を克服しつつ、アメリカでは、会計基準設定に対する社会の信頼を得るために、民間の独立の会計基準設定機関(すなわち、財務会計基準審議会(FASB))を設置して、現在に至っているのである。
 一方、わが国の場合、そもそもが、パブリックセクターとして、国の機関である企業会計審議会が会計基準の設定を行ってきており、その背後に、政治の支えがあることは自明のことである。問題は、こうして設定された会計基準に対して、これまでは、突如として、デュープロセス(正当な手続)を経ることなく、その適用ないし運用に恣意的な判断を介入させたことで、その後に禍根を残すこととなったのである。したがって、そうした会計基準に対する不信感や不透明感については、これを払拭しておくことが肝要である。
 一方、激変した環境下での企業の実態を忠実に描写するための方策として、今般の「コロナウイルス禍」での、関係当事者間での合意された適用ないしは運用を要請することは、かえって、会計情報の信頼性を高める一助になるものと思われる。そのためにも、今回設置された連絡協議会に課せられた役割は極めて大きく、また、そこで合意されるべき会計基準の適用ないしは運用については、十分な説明と合理的な根拠を備えたものであることが、不可欠である。それは、わが国のディスクロージャー制度に対する国際的な信頼を確保するとの観点からも、極めて重要な取組みといえる。それこそが、社会的な規範と位置付けられる会計基準の本来の姿であるといえるからである。

4.開示企業の主体的な取組みが最大の課題
 ところで、4月7日、政府による緊急事態宣言が出されたことで、「コロナウイルス禍」による企業活動への影響は、より一層不透明感を増すことが想定される。しかし、ここで留意すべきは、本来は経営責任に帰すべき業績の低迷等を、今般の「コロナウイルス禍」による業績の悪化に便乗した形で、経営責任の転嫁ないしは継続企業の前提に関する注記の回避等がなされないよう、監査の視点からも十分に留意すべきものと思われる。
いずれにしても、わが国のディスクロージャー制度が国際的にも信頼しうるものとして評価されるためには、開示主体である企業サイドの開示に対する真摯な対応が不可欠である。それを側面から支えるためにも、監査人サイドとして、企業との十分な情報共有を図るとともに、双方が納得する形での適切な情報開示を促進させる使命のあることを自覚すべきである。かかる難局を克服できるか否か、まさに、開示企業の主体的な取組みの姿勢が問われているのである。


1 今般設置された「連絡協議会」の構成メンバーおよびオブザーバーは、いわゆる主要な市場関係者と解されるが、できるならば、財務情報および監査情報の利用者サイドも加えるべきであったと思われる。

2今般の新型コロナウイルス感染症問題の収束時期を特定することは極めて困難であるが、少なくとも、2020東京オリンピックの開催が1年後に決定されたという事実からして、その準備等も踏まえ、年内の収束が可能と考えるのが妥当であろう。かかる視点に基づいて、本稿では、これを「一過性のもの」と捉えている。

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