「緊急事態宣言」発出後の3月期決算実務の現状と課題

青山学院大学名誉教授/大原大学院大学教授
八田 進二

 去る4月7日、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」に基づく「緊急事態宣言」が政府から発出されたことで、東京都及び大阪府を含む7都府県の区域については、4月8日から5月6日までの間、企業活動だけでなく市民生活に至るまで、多くの制限が課せられることとなった。これを受けて、東京都は、業種を指定して休業を要請するとともに、営業継続を容認した業種等についても、営業時間の短縮の条件を付けることで、人との接触の8割減少を強く訴えている。一方、政府は、かかる状況を踏まえて、対象地域に対しては、テレワークを原則とし、やむを得ない場合であっても、出勤者を最低7割減らす取り組みを要請する対応を関係省庁に指示することとなったのである。
 事ここに及んで、もはや、平時における通常の業務の円滑な遂行は、極めて困難になってきたものといえる。したがって、3月期決算実務についても、早急に「有事のモード」に切り替えることで、現場の混乱と不安を払拭し、かつ、資本市場の信頼性の確保に向けた対応策を講じることが不可欠になったといえる。

1.不可避となった決算作業の遅延
 3月期決算会社における、平時の決算作業スケジュールについては、4月の中旬以降において、単体の決算数値の確定がなされるのが通例であろう。しかし、現下の状況において、単体の決算作業を推し進めるに足るだけの、決算現場におけるマンパワーが確保できていない企業も多くあるものと思われる。それどころか、在宅勤務やテレワークといったリモート環境の下での決算作業というのは、時間的にも限界があるだけでなく、最終的に、会計上の見積りや期末の評価について、関係者の十分な意思疎通もないことで、会計数値の精度が揺らぐことも想定される。一方、日本人の特質として、期限までに完了することを至上命令に、無理をして出社し、「コロナウイルス禍」での不安な状態で作業に邁進することで、生命を危険に晒す恐れもある。したがって、こうした職場環境については、全社的に厳しく監視するとともに、信頼しうる決算数値を開示するために必要な対策を具体的に講じることが不可欠である。
 さらに、連結ベースでの決算作業についても、平時のスケジュールで進んでいないとの報道等もみられる。とりわけ、わが国よりも厳格な「ロックダウン(都市封鎖)」が実施されている諸国における海外子会社等の場合、もはや物理的にも、全ての業務がストップしていることから、決算作業の遅れは不可避のものとなっているのである。そのため、そうした海外の実情を受けて、わが国における連結決算の作業が著しく遅延することはもはや避けられないものと思われる。
 こうした前例のない状況下において、すでに、確定申告書の提出期限の延長に倣って、法人税および消費税の申告期限および納付期限の延長申請が認められている。また、有価証券報告書の提出期限に関しても、これを、個別の猶予申請に加えて、金融庁において、一律の延長を容認するといった対応が講じられることも想定されている。
 その結果、企業サイドとして最も重要事項と捉えている、株主総会の延期という問題についても、もはや、現実の課題となって検討すべき段階にきているものと思われる。

2.監査現場の実情把握と会計上の見積りついて
 ところで、この3月期決算企業の監査についても、過去に経験したことのない状況が顕在化してきている。具体的に、決算期末から45日以内に開示することが適当とされている決算発表について、5月15日を期限とする、約50社の3月期決算企業が、その発表時期の延期を東京証券取引所に届け出ており、それらの企業に対する監査も同様に遅れてきているのである。
 ちなみに、監査現場では、被監査会社の決算作業の遅れだけでなく、決算業務担当者との円滑なコミュニケーションが遮断され、かつ、テレワーク等のリモート作業による不慣れな監査対応等により、十分な監査証拠を入手するのが困難な状況に置かれていることが考えられる。これは、監査人サイドの問題ということよりも、基本的に、企業の決算数値が信頼しうる状況で確定し得ていないことに起因するものといえる。加えて、会計上の見積り等の困難さが、決算数値確定の遅れを増幅させているものと思われる。
 しかし、この会計上の見積りの問題については、企業会計基準委員会が、4月9日に、「会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響の考え方」と題する議事概要を公表して、対応上の留意点を示している。そこでの主要な論点は、「企業が置いた一定の仮定が明らかに不合理である場合を除き、最善の見積りを行った結果として見積もられた金額については、事後的な結果との間に乖離が生じたとしても、『誤謬』にはあたらない」ということを明確にしている。つまり、企業が行う「会計上の見積り」に際して置いた「一定の仮定が明らかに不合理である場合」に関しては、監査上も容認し得ないものの、そうでない場合に関しては、企業サイドにおいて、「財務諸表の利用者が理解できるような情報を具体的に開示する必要がある」とされている。このように、開示の充実をより一層強化することで、企業サイドの主体的な見積りに関する適切な判断を要請しているのである。
 また、日本公認会計士協会も、4月10日、「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その2)」を公表して、協会会員に対して、不確実性の高い環境下における監査上の留意事項について、発出している。そこでも、経営者の行う「会計上の見積り」の合理性の判断に際しては、「見積りに影響を及ぼす入手可能な情報をもとに、悲観的でもなく、楽観的でもない仮定に基づく見積りを行っていることを確かめる」ように要請している。加えて、「会計上の見積りの不確実性が財務諸表の利用者等の判断に重要な影響を及ぼす場合には、企業による追加情報等の開示や、監査報告書の強調事項を用いて、明確で、信頼でき、透明性のある有用な情報を提供することを検討する」としている。このように、主観的な判断が大きく影響する「会計上の見積り」に関しては、まさに、ディスクロージャー制度の原点ともいえる、十分かつ適切な開示を強化することで、市場の信頼性を確保しようとする視点が強調されているのである。そのためにも、開示主体である企業経営者のディスクロージャーに対する真摯な姿勢と、倫理観のある対応が強く求められているものといえる。

3.監査意見表明に関する制約と継続企業の前提について
 連結決算が前提となっている現行の財務報告制度において、今般の新型コロナウイルス問題が及ぼす影響の第一に、重要な海外子会社等における決算遅延と、それに対する監査の遅れないしは監査手続の制約といったリスクが考えられる。すでに、「ロックダウン(都市封鎖)」が実施されている国の場合、こうしたリスクが顕在化してきており、それらを含む連結ベースでの監査意見の表明にあたっては、重要子会社における決算数値の未確定と、それを受けての監査実施上の制約が現実味を帯びてきているのである。そのため、いわゆる「監査範囲ないしは監査手続の制約」による、除外事項を付した限定付の監査意見が表明される可能性は、一段と高まってきているのではないかと思われる。
 さらに、継続企業の前提に関しては、今般の新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、監査人は、「経営者が継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況を識別しているかどうか、識別している場合は、当該事象又は状況に対する経営者の対応策について経営者と協議する必要がある(監査基準委員会報告書 570「継続企業」第9項)。また、監査人は、継続企業の前提に関して合理的な期間(少なくとも期末日の翌日から12か月間)について経営者が行った評価を検討しなければならない(同第11項及び第12項)。」とされている。いずれにしても、今般の急激な業績の低迷と資金需要に対する要請に対してなされる政府の支援や金融庁の資金繰り支援等、公的な対応策をも射程に置きながら、継続企業の前提に対する不確実性の程度についても、慎重に検討することが求められているのである。
 会計は、企業の経済的実態を忠実に描写するものであるとの大原則を踏まえた上で、現下の経済環境がいかなる状況に置かれているのかの実情を把握しつつ、監査人としては、入手可能な十分な情報に基づき、かつ、説明責任を果たすことのできる監査判断を下すことが求められている。


現時点で、国税庁からは、「新型コロナウイルスの影響による法人税の申告期限延長の取り扱い」ついては公表されていない。しかし、国税通則法施行令3条に基づく「災害による申告、納付等の期限延長申請書」が利用される可能性があると解されている。

日本公認会計士協会「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その2)」(2020年4月10日)、7頁。

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