2019/10/24 16:11
<編集部より> 公認会計士の活躍の場は多岐にわたる。本誌はこのほど、監査法人勤務を経て独立後、現在は縁あって公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の理事を務めている米田惠美氏にインタビューを行った。自身のキャリアにおいて全くの異分野であったスポーツの世界においても、公認会計士として培った能力が大いに活きていると語る米田氏。「組織」と「人」の問題を解決できる人材でありたいという想いの原点と、会計という枠を超えて公認会計士が幅広い分野で活躍するための秘訣、そして若手公認会計士へのメッセージをきいた。
1 キャリアの原点
─公認会計士を目指したきっかけを教えてください。
米田惠美氏(以下、「米田」) 高校2年生のころ、女性の働く環境があまり良くないということを耳にしており、その改善ができないかなと、なんとなく思っていました。その時期に、大学から公認会計士の先生が授業をしに来てくれて、公認会計士の存在を知りました。そもそも女性の働きにくさということに対して、果たして国の仕組みが悪いのか、企業側の仕組みが悪いのかも分からなかったので、まずはお金の流れを知れば世の中の仕組みが分かるのではと思ったことが公認会計士を目指したきっかけです。
─監査法人時代はどのような仕事をされていましたか。
米田 国内監査部門で、監査を中心にアドバイザリーもやっていました。割と珍しいと思うのですが、民間企業だけではなく行政や自治体、公益法人も含めたパブリックの領域も見ることができたので、それは今のJリーグの仕事にも活きています。監査業務自体、私は結構好きでしたね。現場で起きているリアルな事象と数字がつながっていて、数字からも現場が想像できるし、現場からも数字が想像できるので、この現場と数字の行き来がすごく楽しかったですね。監査というと、チェックをして誰かに駄目出しをしているというふうに捉える人は多いですが、会社、経営そのものを整えることができる仕事だと思っています。現場から離れた今も監査はとても崇高な仕事であり、クライアントと向き合う仕事の本質だと思っています。
─その後、監査の現場から離れる決断をされた理由はなんでしょうか。
米田 監査法人時代には粉飾決算をしている会社や、業績が乱高下する会社、とにかく社員が辞めていくという会社にも出会いました。その原因にはビジネスモデル以上に人と組織の構造的な問題――特に、風土とかカルチャーという言い方をよくしますが、究極的には粉飾の問題も全部人が引き起こしている話ですので、そこを整えないと根本的な解決にならないと思ったことがきっかけです。当時は監査法人の風土改革にも携わっていたのですが、自分が専門的にその分野を学んできていないので、難しさを感じていました。そこで、そのような問題を解決できる人材になるために、人と組織の問題解決に携わる仕事をして、学ぼうと思いました。また、以前から立てていた目標である女性の働き方に関する環境改善のアプローチも全くできていなかったのもあり、学びの時間を確保するためにも、監査法人を出て独立する必要があったということです。
─独立後は会計からは少し離れ、組織の風土改革などに本格的に携わられたのですね。
米田 そうですね。昔から自分がやりたいことを発信していたので、その時々で色々な方々にお声がけいただいて、企業のリーダーシップ研修を作ったり、風土改革の場を作ったり、コミュニティデザインのような領域から経営者のコーチング、キャリアカウンセリング的なことも含め、様々な仕事の機会に恵まれました。監査法人の肩書きが無くなり、公認会計士であろうがなかろうが関係ない世界に飛び込みましたので、いわば営業から、コンテンツ作りから納品まで全部という感じで、これは結構しんどかったです(笑)。自分の専門分野じゃなかったですし、本当にいろいろな方に助けていただきながら、とにかくたくさんのことを学んだ時期でした。
─そこでご自身の転機になったような、印象的な出来事はありますか。
米田 いくつかありますが、大きかったのは在宅診療所での経験です。組織開発の仕事をしながら、保育園の監査にも少し携わっていたのですが、子供の領域を見ているとだんだん社会保障費問題に視点が行き、そうすると最終的には医療費の問題が関心事となります。自分に現場感がない状態で物事を判断するのが私はすごく嫌で、どう学ぼうかなと思っていた矢先、先輩が在宅診療所を立ち上げるというので、これは現場を知ることができると立ち上げに参画しました。在宅診療所での現場には、いわゆる日雇い労働で暮らし、生きづらさを感じている方がいる地域もあったりして、自分の無知さを恥じました。そのような方々に対して「本人の努力」とか「自己責任」と言う方もいらっしゃいますけど、色んなご家庭の事情だったり、たまたま事故に遭ってしまって働けなくなったりとか、不可抗力により大変な状況にあるような方々もそこには居て、「私は何も知らずに『世の中の役に立ちたい』とかふんわりしたことを言っていたのか......なんて浅はかだったのだろう」と思わされたのがこの頃でした。
こういった問題がなぜ起きているのか、より良い構造にどうしたら出来るのかという気持ちの一方で、自分には何もできないんじゃないかという無力さもありました。往診同行といっても、もちろん診療はできません。話を聞くだけです。でも、地域の人が何を考え、なぜここに居るのか、家族との関係性も含めてどうしていきたいのかといった、人々の生き方とか価値観みたいなものに触れると、「私でも何かやれることを探そう」と思えました。そこでの経験は大きな転機だったと思います。
2.Jリーグの理事として
─現在はJリーグで理事を務められていますが、これにはどのような経緯があったのでしょうか。
米田 Jリーグチェアマン1 の村井(満)がリクルートエージェントの社長だった時に、【ちゑや】という社内の風土を良くするための組織をリクルートエージェント内で立ち上げた社員がいました。その方に監査法人時代風土改革を依頼していたのと、【ちゑや】が法人化するというタイミングで私も携わっていたことが縁で、村井と出会いました。その後、年月が空いたのですが、久々に村井と再会した時に、話の流れで、ぜひJリーグの風土改革もという依頼があったことがきっかけです。
最初は組織開発のところで、人事だったり、風土だったり、もう少しみんなをチアアップする趣旨のオーダーをされて入ったのですが、数字も含めてJリーグという組織を全部見たときに、これは風土の問題ではなく、先に仕組みや制度設計、マネジメントの問題に手をつけるべきだと気付きました。どこに向かって走っていいか分からないような、すごく頑張っているのに報われない感覚みたいなものが組織で起きてしまっているので、「まず向かう場所をちゃんと整理して、ある程度統一されたフォーマットで組織運営できるところまで持っていくことが優先的にやらなきゃいけないことです」と村井に伝えたところ、じゃあそれをやろうということになり、途中からオーダーが変わりました。まだまだやらなければいけないことは多いですが、一定の手応えは得ているところです。
─現在は、具体的にはどのようなお仕事をされているのでしょうか。
米田 「組織開発本部」という経営企画と広報のある部署と、あとは「社会連携本部」という2つの部署を担当しています。最初の組織開発本部の仕事というのは、経営企画はビジョンを仕組みにどう落とし込んでいくかという経営領域の話で、広報についてはイメージしやすいかと思いますが、2つ目の社会連携本部はちょっと特殊かもしれません。Jリーグは利益追求のためだけの組織ではなく、社会性と事業性と競技性の3つのミッションをちゃんと回していく必要があるのですが、主に社会性の部分をより強く担っている部署が社会連携本部です。
Jリーグおよび各クラブ(チーム)はホームタウン活動という取り組みを年間2万回以上行っています。テーマだと、ダイバーシティ、環境問題、防災、教育、多世代交流や健康など多岐にわたり、本当に社会性の高い素敵な活動がたくさんあって、クラブも一生懸命やってきたのですが、実際には世の中にはあまり知られていませんでした。知ってもらうためには、活動の量を上げたり質を高めたり、発信の工夫をする必要があるのですが、クラブの方々はもう最大限頑張っていて、これ以上は自分たちだけではちょっと難しいという状況にありました。それならば第三者と連携しましょうということで、活動の量と質の向上と、情報を届ける範囲を広げるために、社会連携活動の「シャレン!」というプロジェクトを立ち上げました。これは社会課題や共通のテーマ(教育、ダイバーシティ、まちづくり、健康、世代間交流など)に、 地域の人、企業、団体、自治体、学校等とJリーグおよび各クラブが連携して取り組む活動のことで、3者以上の関係者と共通の価値を創るという活動を想定しています。「シャレン!」を通じて、地域社会のサスティナビリティ確保、関係性の構築と学びの獲得、それぞれのステークホルダーの価値の再発見につなげることができます。企業も個人も、誰かの役に立ちたい、地域、地方創生に関わりたい、地元に貢献したいといった欲求やニーズが増えています。そうしたときに、ものすごく意識が高い人や一部のお金持ちじゃないと誰かの役に立つことができないという社会にはしたくなくて、ちょっと子育てが落ち着いたお母さん方も気軽に活動に参加できるような、日本人が本来持っているであろう「三方良し」とか、共同体のためにという感覚を表現できる器があることが大事だと思っていて、「シャレン!」がその受け皿のひとつになるといいなと思っています。
─スポーツの可能性を感じますね。
米田 関われば関わるほど、自分が思っていた以上にスポーツの価値やサッカーの面白さを感じます。ただ、そのポテンシャルが十分に発揮できているかとか、より多くの人に知られているかというと、もっとやれることはあると思っています。可能性を感じる一方で、多くの人に届けきれていないという課題感はすごくあって、Jリーグが自分の人生に「関係ない」という人が「Jリーグは人生の一部だ」となるぐらいまで、届けるための努力をし続けなきゃいけないですし、それがミッションだと強く思っています。
─任期中に実現したいことがあれば教えてください。
米田 Jリーグは経済的価値だけでなく社会的価値が大きい組織なので、非財務の資本を表現することにチャレンジしたいと思ってきました。今まさに、統合報告の作成に取り組んでいます。価値創造ストーリーの作成、非財務の資本の洗い出しとそれをどう算定していくのか等、課題も山積しているので、どこまでできるかというのはあるんですけど、統合報告を作り上げるのは必ずやりたいですね。会計士バックグラウンドだからこそ出来る領域でもあるので。
1 Jリーグを代表するとともに、Jリーグの業務を管理統括する役割を担う役職。
3.多分野で活躍するために
─様々なことをご経験されながらも、監査法人時代の監査業務等を通じて得た公認会計士としての能力が原点にあり、異分野とも言える今の組織でも活きていることが大変よくわかりました。ぜひ、若い世代の公認会計士の方々に向けてメッセージをいただきたいのですが、どうすれば米田様のように多分野で活躍するための力を身につけることができるのでしょうか。
米田 私の中心軸はやっぱり公認会計士だと思っていますし、培った能力もすごく公認会計士的だと思います。数字と現場を行ったり来たりすることで、ものごとの因果を意識するシステム思考が会計士時代に磨かれていると思っているんです。「スポーツ界に入るために何をしたらいいですか?」という質問をよく受けるんですけど、「専門は一本じゃなくて二本か三本あったほうがいい。なぜなら、異なる分野の共通項を見出せると、世の中を俯瞰して見ることが可能になる。つまり、メタ認知ができるから」という話をしています。会計士は仕事柄、メタ認知しやすい環境にあるので、そこで培われる能力はどの業界でも活きると思っています。会計の専門能力があるだけでも十分強みですが、システム思考やメタ認知の能力という長所は、ぜひ若い公認会計士に伝えたいところです。自分は会計の人間だって思いすぎちゃうと、本当に数字を扱う仕事以外しなくなっちゃうので、公認会計士の能力の本質というのは物事の捉え方にあるということに気づければ、能力が活きる領域は無限にあります。
私はすごく戦略的にキャリアを選んできたというような人間ではないのですが、その時々で大事にしていたのは、目の前の人と組織に向き合う時に、ちゃんと真摯に向き合うということです。そうすると、今の自分の力では解決できない問いが必ず生まれるので、そこで必ず「学ぶ」という行為が発生するんですね。「どうしたら目の前のこの人の役に立てるだろう?」って思ったら必然的に「学ぶ」ことになるので、その問いを立てることを止めないことが重要です。そこに対する努力を止めないということを大事にしていけば、その結果としてスキルや能力が身につくと思っています。その意識と行動が大事ですね。公認会計士になってからも、今でもそうなんですけど、自分が能力的にこれで十分というのを感じたことがなくて、足りないことばかりだというのを日々感じているので、そのギャップを埋める努力をし続けなければと思っています。
─学び続けることが重要なのですね。
米田 もちろん学び方も大事で、これは公認会計士であり僧職も務められていた谷先生(編注:故・谷慈義氏)に教わったことですが、自分がわからない領域でも専門誌を20冊も読めば「この領域の肝はこれだ」っていうのが見えてくると。そうやって学んできたというのはありますね。あとは自分よりきっと周りの人の方が詳しいので、知っている人に聞いて、それを吸収して、インプットとアウトプットを繰り返して、失敗しながら自分の中の理論をちゃんと作っていくことさえできれば、自ずと力はつくと思います。
今、世の中は本当に自由になってきて、公認会計士もいろんなチャレンジをしていて、面白い人も増えてきていますよね。もちろん王道を行く人がいてもいい。従来の価値基準とか、先輩が言う「こういうキャリアを選んだほうがいいよ」みたいなことは、もう通用しなくなっていると思っているので、「自分がやりたいことをやったらいいよ」というのが私からのメッセージです(笑)。皆さん努力は得意だと思うので、自分の学ぶ力を信じて、自分のやりたいところに身を置いていくことが大事だと思います。公認会計士だからこういう仕事をしていないとおかしいとか、そういうふうに自分の枠を自分で縮めないようにしてほしいなとは思いますね。
─米田様がキャリアを考えるときに、これだけは譲れないという軸はありますか。
米田 「社会性」と「成長実感」と「価値提供」という3つの軸があって、「一人ベーシックインカム制」って自分では言っているんですけど(笑)、自分が生きていける年収水準がクリアできるのであれば、それをベースにまず社会性から考えます。その事業、仕事が、社会にどういう影響を与えているかというのを考え、その社会性に共感できるかどうかが重要です。社会性があるという大前提の中で、自分の成長と価値提供のバランスが取れるところを選んでいくという選択基準は明確に持っていますね。
それと、使命感は本当に大事にしていて、自分の成果とかよりも、どう生きてどう死ぬか、「世の中に何を残すのか」ということをすごく意識しています。今、自分の使命あるいはミッションだと思っているのは、「世の中に当事者を増やす」ということと、人に向き合う仕事がすごく多かったので、「人の可能性が開いていくところに対するサポートができる人材であろう」という、この2つです。世の中に当事者を増やすというのは、まさに先ほどの往診の話もそうですが、制度設計はしっかりしている部分もあるのにそこからこぼれていく人たちがたくさんいる中で、それはもうちょっとコミュニティの豊かさであったり、「無関心」が「関心」になっていけば、もっと地域全体で人が支えあう関係性が作れると思っているんです。全てを専門家が見る必要はないし、国がコストを掛けてやらなきゃいけない話でもないと思うんですね。制度よりもゆるやかな支え合いコミュニティを作りたい、みたいなところが起点なんですけど、そういうのを創出できる人材でありたいというのが今の軸としてあります。
─若い人からは「やりたいことがわからない」という声もよく聞きます。
米田 やりたいことが見つからないのって多分、動いてないからだと思いますし、動いていくと、「やりたいこと」と「やりたくないこと」が見えてきます。そしたら自ずと「やりたいことを実現するためには力をつけなきゃ」と気づくので、柔軟に考えていってほしいなと思います。
これも先輩の受け売りですけど、ノミの理論というのがあります。ノミは本来すごい高さをジャンプできるのに、蓋をされると、蓋を外しても蓋の高さまでしか跳べなくなっちゃって、元のように高く跳ばすためには、高く跳んでいるノミの中に入れる必要があるんです。それがある種、人のマインドセットの問題の象徴で、だからこそ「同質化されたコミュニティの中に埋もれないほうがいいよ」ということを公認会計士の後輩たちにはよく言っています。公認会計士同士でいると、なんとなく「これでいいよね」みたいな空気がどうしても出てしまうので(笑)。違う世界に顔を出すと、自分の肩書きも能力も通用しない世界もあるし、自分たちより必死に生きている人たちにも出会う。どういう生き方をすれば幸せかは結局本人しかわからないんでしょうけど、色んな生き方をしている人に触れて、自分と向き合いながら、自分なりのキャリアを選択していってくれるといいなと思っています。
─本日はありがとうございました。
米田惠美(よねだ・えみ)氏
EY新日本有限責任監査法人を経て、独立。2018年より公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)常勤理事を務める。リフレッシュ方法は「森を散歩すること」。休日には読書や岩盤浴などを楽しむ。