※ 記事の内容は発行日時点の情報に基づくものです

[全文公開] 税理士も知っておきたい!経理業務のミスを減らす仕組みづくり 第1回 税理士事務所の業務の特性

 公認会計士・税理士 林 健太郎
 公認会計士 梅澤 真由美

【略歴】
公認会計士・税理士 林 健太郎
税理士法人ベルダ 代表社員 四国大学大学院非常勤講師
2002年に公認会計士試験に合格後、監査法人トーマツ、辻・本郷税理士法人で勤務の後、独立。著書に『すぐわかる中小企業の管理会計「活用術」』(税務研究会)など。

公認会計士 梅澤 真由美
管理会計ラボ株式会社 代表取締役
2002年に公認会計士試験に合格後、監査法人トーマツ、日本マクドナルド㈱およびウォルト・ディズニー・ジャパン㈱で勤務の後、管理会計ラボ㈱を開設。『経理のためのエクセル基本作法と活用戦略がわかる本』(税務研究会)など著書多数。
(2022年4月現在)

はじめに

この連載では、税理士事務所の経理業務の効率性と正確性のUPについて、一般企業との違いも考えながら話をしていきたいと思います。確定申告業務も一段落して、ようやく落ち着いたころでしょうか。新しい年度が始まり、心機一転、今年度の目標などを考えられている方もいらっしゃることでしょう。皆さんの事務所職員さんの今年度の目標というと、おそらく、“速く”、“正確に”、このどちらか、あるいは両方が入っていることが多いのではないでしょうか。この2つはクライアントからの信頼、満足度にもつながる重要なポイントです。このため、税理士の先生が、事務所全体の目標にされていることも多く、事務所の壁に貼ってあるのを見たこともあります。

この効率性と正確性は、日常業務の中の少しの工夫で、実践していくことができます。その工夫にはどのようなものがあるか、また、どのように仕組みとして実務に落とし込んでいくかを、この連載で紹介していければと考えています。

業務の効率性と正確性を考えることは、人材育成や人事評価の考えにもつながっていくので、楽しみにして頂ければと思います。

1.税理士事務所の経理業務の大変さ

税理士事務所の所長や上司の方は、「どうしてこんなに時間がかかるんだろうか、なんで間違いが減らないんだろう」といった悩みをお持ちではないでしょうか。私も所長をしていて、期限間際でバタバタしたり、ヒヤヒヤしたりしながら業務を進めることも多くあります。この悩みには、税理士事務所の業務の特性が関係しています。「なんとなく税理士事務所の業務って大変だよな」と感じる部分を掘り下げて、その理由を浮き彫りにし、解決の糸口を考えていきましょう。

2.経理業務の特性、社外も含めた数字のリレーと情報の共有

それでは話を進めるために、私たちが仕事としている経理業務はどのような特性があるのかを考えてみます。皆さんが、経理業務をしているのは何のためでしょうか。それは、クライアントの経営者に決算書・申告書を届けるためです。

このゴールに向かって、まず、クライアントの事務担当者から通帳のコピーや領収書・請求書などの書類を預かります。これを税理士事務所の担当者が入力処理をし、決算数値を作っていきます。この請求書や領収書は、クライアントの営業担当者の請求処理や現場で働く人の経費精算の積み重ねからできています。そして、作成された決算書・申告書を使って、税理士事務所の所長や上司がクライアントの経営者の方に報告をすることとなります。

このように、クライアントから預かった資料を基に、担当者から上司や所長、最後にはクライアントの経営者へと、リレーのようにバトン(数字や資料)をつないでいきます。この流れには、様々な役職、階層、組織を超えた人が関わっています。

ここで、税理士事務所の経理業務で一般企業のそれと大きく異なる点が2つあります。まず、数字の基となる資料が社外であるクライアントから集められてくるということです。一般企業の経理業務では、社内の他部署から情報を集めることができます。この違いに税理士事務所特有の難しさがあります。決算作業において資料や情報を集めるためには、時としてクライアントの現場担当者の方に確認する必要も出てきます。

もうひとつが、作った数字をクライアントの経営者に報告すること、つまり、社外に報告し共有するということです。作るのは税理士事務所ですが、決算書や申告書の数字を一番理解してもらわないといけない相手は、クライアントの経営者になります。

入り口と出口で、社外とのやり取りがあるということになります。

3.税理士事務所の経理業務における「集める」

このように、社外との情報の共有をするという特性、とりわけ決算・申告のための数字の基となる資料を社外であるクライアントから集めてくるという部分(以下、「集める」)が、業務の効率性と正確性において大事になってきます。作業時間はともかく、イメージで言うと、数字を作る上でかける労力は「集める」とその他の業務が、8:2くらいではないでしょうか。集めて整理ができれば、経理業務はほとんど終わっています。後は、正確に、そして速く入力し、数字を出すだけです。

一般企業で、経理部から社内の各部署に対して資料を依頼した場合には、スムーズに資料が集まっていくのですが、社外の税理士事務所から、そして、事務担当者を通しての必要な資料の依頼だと、どうしても意図が伝わりづらく、社外ということもあり、情報や資料の収集が上手くいかないことが起きやすくなります。

情報や資料が上手く集まらなければ、効率性はもちろんですが、数字の正確性にも影響してしまいます。

税理士事務所では、経理業務の中で、支出の内容が書類だけでは分からず、さらにクライアントの事務担当者に聞いても分からない場合は、現場や営業の担当者に確認してもらうことになります。この時に、上手く伝わらなければ、税理士事務所の担当者が、直接クライアントの現場担当者に確認することもあります。

例えば、ある支出が試験研究費であるかどうか、科目を試験研究費とするべきかどうかを考える際に、ある支出の内容が新しい製品の開発のためのものなのか、製品化された製品の製造のためのものなのかが事務担当者では分からないことがあります。その際には、製造担当者や経営者に質問をすることで、初めて正しい経理処理ができることとなります。

もう少し身近な例で言うと年末調整があります。例えば、配偶者(特別)控除は、以前より複雑な仕組みになったため、年末調整の対象となるクライアントの従業員の配偶者の年収や所得を把握することが必要になります。配偶者の給与を同僚である事務担当者には伝えたくないというような場合には、税理士事務所が直接クライアントの従業員に確認するようなことも起こりえます。

また、小さな会社では従業員の給与の金額自体を、経営者と税理士事務所は知っているが、事務担当者は知らないということもあり注意が必要です。

この「集める」の部分を円滑に進めるには、税務・会計の知識を持っていることはもちろん、クライアントごとに置かれた状況が異なりますので、相手に応じた柔軟な対応が求められます。このため、担当者任せにしないで、所長や上司が積極的に関与していくべき領域と言えるでしょう。その方が、業務の効率性、正確性のUPに繋がり、事務所全体のためになります。

そのため、私はクライアントを訪問した際には、なるべく現場も見学させてもらうようにしています。機械などの製造業であれば工場などの製造現場があります。また、農業や漁業であれば、畑や養殖場、それらの加工場など、現場と言っても業種により様々です。

このように、税理士事務所の業務において、クライアントの経営者や現場の方など、普段連絡をとる事務担当者以外の方から情報を収集することで、経理業務や申告内容を正確にすることに繋がることが多くあります。

次回は、経理業務を3つの場面に分けて、それぞれの場面でのポイントと職員のステップアップについて紹介していきたいと思います。