<IFRS COLUMN>暖簾に腕押し 第158回 失われた40年(10)
国際会計基準審議会(IASB)前理事 鶯地 隆継
狂乱物価
1973年10月6日、エジプトとシリアは、突然イスラエルに対して同時攻撃を開始した。開戦日はユダヤ教の最重要祭日であった。この攻撃は、イスラエル側の警戒が低下していた日を狙った不意打ち攻撃であった。エジプト軍はスエズ運河を渡河し、イスラエルの防衛線を突破。シリア軍はゴラン高原へ戦車部隊を投入し、イスラエル北部を圧迫した。開戦直後はアラブ側が優勢で、イスラエルは大きな損害を受けた。しかしイスラエルは数日で戦局を立て直す。ゴラン高原ではシリア軍を押し戻し、シナイ半島では10月中旬以降に反攻へ転じ、スエズ運河を逆に渡河してエジプト軍を包囲した。
戦闘の拡大を受けて、米国はイスラエルを支援し、ソ連はエジプト・シリアを支援した。両大国の介入により緊張は急速に高まった。しかし、10月22日に国連安保理が停戦を決議し、10月25日頃に戦闘は停止した。
戦闘は早期に終結したが、経済への影響は、それよりもはるかに大きかった。アラブ産油国が石油供給を外交手段として用い、輸出削減や禁輸措置を実施したからである。それを受けて原油の値段が跳ね上がった。戦争前に1バレル3ドルだった原油価格は、一気に12ドルと...
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