44歳で戦略的に社長を交代した樋口敦士さんに聞く 後継者育成と社長交代のタイミング【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2023年1月号に掲載されました。

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 2016年、東証一部に上場したHamee(ハミィ)株式会社。創業者の樋口さんは、幼い頃から会社経営に興味があり、「起業は自然なことだった」と言います。学生時代に起業し、社長として約25年を走ってきましたが、2021年7月、44歳の若さで代表取締役会長に就任しました。一般的な社長引退や交代は70代であり、それと比べるとかなり早いタイミングでの交代になります。そこにはどのような思いがあったのかを聞いてみました。

 幼い頃から、会社の創業者である祖父の武勇伝を聞いていた影響で、商売や会社経営に興味を持つようになった樋口さん。実家は、工場を山梨県と神奈川県に持つ、卸が中心のお菓子メーカーでした。消費者への直販はしていなかったので、目の前で物を売り買いするような様子を目にすることはありませんでしたが、ある日を境に一変します。
 店舗でもない、一般的な自宅にお客さんがお菓子を求めにやってきたのでした。それを契機に、玄関先でお菓子を売るようになりました。
 「お客さんが自宅に次から次へと来たので、母が仕方なく小売り販売を始めたのですが、私にとって、"お菓子を売って、お金をもらう"というやり取りを間近で見られたことが良かった。お菓子の横に自分で作ったものや近所で拾ってきたものを並べて、あわよくばお小遣いを稼ごうとするような子どもでしたね。中学生くらいになると、聞かれてもいないのに、『商品カタログはこうした方が見やすい。商品の写真はこういう撮り方がいい』などと意見を言うようになりました」(樋口さん)
 しだいに、お店は電話注文・カタログ通販もするようになり、最終的に自宅が手狭になって、駅前のビルにお店を移転しました。中学生の樋口さんは非常に商売に興味を持っていて、家業は自分が継ぐものだと思っていたと言います。ところが、父親から「君(樋口さん)は次男。お兄ちゃんが継ぐんだよ」と言われ、「そんなものなのか......。それなら、自分で会社を作ろう」と思うようになったそうです。

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(写真:Hameeのエントランスには、数々の受賞の証が並ぶ)

大学3年生で起業。失敗もした。

 そのような生い立ちがバックグラウンドにあった樋口さん。大学3年生のときにWindows95が登場して、インターネットが本格的に普及する機運が高まったとき、「これを使って何でも手に入るスーパーのようなものを作りたい」と考え、起業しました。しかし、スーパーは思うようにいかず、天然石で作ったアクセサリーの販売を始めました。そこで見本にしたのは、自社でお菓子を作って自社で売るという、実家のスタイル。自分でブレスレットやネックレスを作って、自分で売り、カタログも作りました。カタログを配って歩き、フリーマーケットで商品を実際に手に取ってもらい、知名度を上げてネットの集客を増やしていきました。
 「ありとあらゆることをしましたね。ただ、すぐには登記しないで起業から1年後の1998年、ハイビスカスをつけたストラップが売れ始めたとき、"これは中国で量産したら大ヒット商品になるぞ"と期待が持て、香港人の友人と2人で資本金300万円を支払って有限会社にしました。資本金は半分の150万ずつ負担しました。友人はポンとお金を出しましたが、私は最初の1年間の売上の中から貯めたお金で70万円を、残りのお金は親ではなく、中学校のときの塾の先生に借りて支払いました」
 当初、売上は順調でしたが、詐欺に遭います。株式会社にしたのは、その後ネット通販で事業が成長軌道に乗ってからでした。
 「まだ経営者として駆け出しだったので、騙されてしまいました。1,600万円の入金がなく、原価にして1,200万円の借金となりました。すぐに支払うことができたのが半分で、残り600万円は回収しなくてはいけません。周りの友人は、就職が決まり、卒業間際で浮かれているときに、自分はお金がない、お金の回収もできない、会社はピンチ。そんな状態でした」
 齢21にしてどん底を経験した樋口さんでしたが、同年の春、不良在庫だった前年のストラップが売れ始めて、借金が全額返せました。
 「暖かくなってハイビスカスのストラップが売れ始めたので助かりました。借金を返済して黒字になりました。そこで心機一転し、今まで量産して問屋に卸していたのですが、もう量産はやめると決心しました。商品を掛けで仕入れ、ネット通販で販売することに集中し、携帯電話ストラップ専門店として再起を図りました。すると、ストラップはコレクターがいたので世界中に売れるようになり、手応えを感じました」

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(写真:若い世代にも人気の明るいオフィス)

東証一部上場を果たす

 2007年にiPhoneが米国で発売されると、スマートフォンの時代になりました。樋口さんも、携帯電話のアクセサリーから、スマートフォンのアクセサリーの製造・販売へとシフトしていきました。そして、スマートフォンアクセサリーブランドの「iFace(アイフェイス)」の日本代理店になると、iFaceはたちまち若者世代に人気となりました。その後、総代理店となり、数年後にはブランド等の権利一切を取得。Hameeが手掛けた「iFace」は、世界累計販売個数2,500万個を突破するヒット商品となりました。その成功理由の1つは、自社ECサイトやECショッピングモールなどの販売に力を入れたからです。もちろん、雑貨量販店、家電量販店などへの卸販売もしていましたが、長年培ったネット販売と量販店への卸のノウハウ融合が鍵になりました。
 「創業から、携帯電話の周辺アクセサリーを製造・販売してきました。携帯電話がスマートフォンになったという変化だけで、事業としては一貫しています。また、ずっとネット販売にこだわってきました。その中で、ネット販売の効率化が課題となり、新しい事業へと繋がりました。どうしても注文が多くなると、在庫管理や受注処理に社員がかかりきりになってしまう、ミスも増える。管理を自動化できないかと思うようになりました。こうして生まれたのが、『ネクストエンジン』というシステムです」
 自社で使っていたシステムを、同じようにインターネット通販を展開するEC事業者向けに提供したのが2008年。「ネクストエンジン」は、国内シェアナンバー1のシステムに成長し、会社も経済産業省と東京証券取引所が選ぶ「攻めのIT経営銘柄」に3年連続で輝きました。今やこの「プラットフォーム事業」は事業の大きな柱となりました。
 こうして、Hameeは2015年4月に東証マザーズへ上場し、株式上場からわずか1年3ヶ月で東京証券取引所市場第一部への市場変更を果たしました。
 「もっと成長し、グローバル展開していきたいという目標があります。だから、今、まさに経営が安定していて、次世代と価値観のギャップがないという条件がそろっているこのタイミングで社長交代をすることを決めました」と、大きな決断についてその思いを話してくれました。

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(写真:カラフルなスマホケースが人気を呼ぶ。)

44歳で社長交代! その理由は?

 実は、樋口さんは会社を立ち上げて約25年、社長という肩書を背負って先頭を走ってきましたが、心の中で、「こんなはずじゃない」と思っていたと言います。起業当初は、ネットスーパーのようなもの、今で言うとAmazonのような規模や業種の幅広さを想定した会社を想い描いていた樋口さんは、まだ会社の現状に満足していません。しかし、仕組みやルールが変化しているなかで、「挑戦するには難しいな」と思う瞬間も出てきたのだと言います。そこで、「自分たちならもっとやれる」と熱く語っている役員たちに将来を託すことにしました。
 「彼らに経営を譲ったほうが、会社が成長する確率は高いし、事業展開のスピードも増すと判断しました。これまで、私はトップダウン型の経営スタイルではなく、多くの仲間が力を合わせ今の形を作り上げてきました。取締役と想いや戦略を共有し、厚い信頼関係が築けている今のタイミングが、社長交代にはベストだと思いました。現社長の彼は、40歳です。ジェネレーションギャップを全く感じません。でも、このタイミングを逃して、たとえば10年後の54歳で社長を40歳の人に譲ろうとしたら、ジェネレーションギャップは大きくなっていて、若くて優秀な人にすんなり社長を任せられなくなるかもしれません。
 他にも、今だと思った理由には、社長を譲ってから10年後のことを考えたからです。そのとき、そんなことはまずないですし望むことではありませんが、万一の際は、私が再就任しても挽回できる可能性がある年齢です。2021年7月末に初代会長に就任しましたが、しばらくは社長と2人体制で並走して経営していきます」と樋口さん。年齢的にはまだ現役でいられるうちに、未来を見据えて社長交代を決断しました。今後は、企業価値の最大化を目指すことができるよう会長兼株主として、最大限経営チームを応援していくそうです。
 経営への熱意を持つ、優秀な人材を社内で育成できたからこそ、このような選択ができたのでしょう。社内人材への承継は、企業理念や経営方針が合致しているため、経営の一体性を保ちやすく、社員も取引先も安心感がある方法です。
 事業承継をどう行うか、いつ行うかは、企業にとって大きな決断であり、その後の経営を左右するターニングポイントです。経営者が元気で問題なく経営していると後回しになりがちですが、会社の経営には寿命があることを理解し、早めの対策を取ることが大切でしょう。早めの対策を取ることで、選択肢が増え、会社にとってより良い選択をすることができるのではないでしょうか。

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(写真:後続に経営を譲り初代会長に就任した樋口さん)

樋口敦士(ひぐちあつし)
Hamee(ハミィ)株式会社 代表取締役会長。
1977年、神奈川県小田原市生まれ。慶應義塾大学3年時の1997年に創業、1998年にマクロウィル有限会社を設立(現Hamee 株式会社)。モバイルアクセサリーのEコマースを中心に、スマートフォンアクセサリーの開発・製造を行う。ECの一元管理システム「ネクストエンジン」を確立し、海外展開へと事業領域を拡張。2015年4月に東証マザーズへ上場、2016年7月東証一部へ。2021年、代表取締役社長から代表取締役会長に就任。
【Hamee(ハミィ)株式会社 概要】
(URL https://hamee.co.jp
会社名:Hamee(ハミィ)株式会社(証券コード:東証プライム3134)
設立:1998年5月
代表者:代表取締役社長 水島育大
所在地:神奈川県小田原市栄町2-12-10 Square O2
事業内容:EC支援・SaaS事業、スマートフォンアクセサリーの開発・製造事業、米国・中国・韓国におけるEC展開

(文/平井明日菜 写真/Hamee株式会社提供)


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