株式会社二本松農園 代表 齊藤登さんに聞く お客様と生産者を結び「顔の見える関係」を作る方法【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2023年3月号に掲載されました。

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(写真:二本松農園 齊藤)

 東日本大震災から12年。福島県二本松市の「二本松農園」は、全国の消費者と福島の生産者をつなぐネットショップ「里山ガーデンファーム」や即売会を運営し、2011年の年商は1億円になりました。しかし、翌年は600万円にまで減少。5年の月日をかけて元の売上に戻します。そこにはお客様と"顔の見える関係"を作ろうとする、農家ならではの発想と「広報力」がありました。

 二本松農園は、福島第一原発から約50kmの福島県二本松市内にあり、米やきゅうりなどの野菜を栽培しています。震災直後から、県内の農家と協力して、情報収集力・情報発信力・情報分析力・関係構築力・戦略構築力・危機管理力・情報創造力・広報組織力の8つの広報力(※)を使って「風評被害」と戦ってきました。
 代表の齊藤さんは実家の農業を継ぐため、50歳で早期退職した元県庁職員です。退職金の多くをつぎ込んで畑を拡大。これからというときに震災が起き、原発事故の影響で、福島のすべての野菜は放射能に汚染されて食べられないという「風評被害」に直面します。

※電通PR( 企業広報戦略研究所)が2020年に行った調査では、この8つの領域のバランスが良いと広報力が高いと評価できるとされている。2022年の調査では項目が増え9つの領域となった。

「広報力」のうち
「情報発信力」からスタート

 「震災直後、早々に大手流通が福島の農産物の取扱いを停止してしまいました。その後も、福島産というだけで、放射能測定を行って基準値を下回って安全性が確認できていても、多くのスーパーでは扱ってくれません。出荷できないまま野菜を廃棄せざるを得ませんでした。これほど辛いことはありません。そこで、震災のこと、野菜のこと、放射能のことなど、震災直後の刻一刻と変化する状況をブログにつづって発信することにしました。すると、1日2,000件ものアクセスがあり、"福島のものを食べて応援したい"という声が寄せられました」
 震災の前年から「里山ガーデンファーム」というネットショップを立ち上げ、自分が育てた米やきゅうりを販売していた齊藤さんは、試しに震災前に生産した5キロの米を20袋用意して載せたところ、30分で売り切れました。
 齊藤さんはこの状況に驚きつつも、情報を収集・分析した結果、全国には福島のものを食べることによって応援したいと思う人もいるのだと実感し、その人と福島の農家を結びつけて農産物を送り続ければ、風評被害を乗り切ることができると思ったそうです。
 そこで、さっそく隣村のきゅうり農家を訪ねました。「売れていますか?よろしければ、ネットできゅうりを売りませんか?」と言うと、「買い手がなく、農協への出荷も止まっている。ぜひ、売ってほしい」との返答がありました。一般的には、他社の産直プラットフォームは販売手数料を20%、多くの直売所でも15%程度を農家から取りますが、自身が農家である齊藤さんは、このとき、農家の言い値で野菜を買い取りました。そうすることで、これまで買い叩かれてきた農家にとって、生産性や持続可能性、モチベーションに直結すると思ったからです。
 農家から購入した農産物をネットショップで販売し、さらに、東京まで車を走らせて直売会を行うと、NHKをはじめ、様々なマスコミに取り上げられました。齊藤さんが運転する車が高速道路を走る様子をテレビカメラが追いかける。そんな番組もあり、ネット販売には注文が殺到。20分間ですべての商品が在庫切れになることもあり、2011年の4月の売上はなんと2,000万円超えとなりました。秋になると、自分たちの事務所ですべての農産物を検査できる放射能測定器を導入し、安全性を強化しました。「県のピックアップ方式の放射能測定検査では不安が残る」というお客様の声を受けて、県内でもいち早い導入でした。

売上が落ちて「あがいた日々」

 しかし、震災から1年後の売上は600万円にまで減少しました。経営は山あり谷ありで、このような"リバウンド"を何度も経験し、ときには「倒産」の文字が頭をよぎることもありました。しかし、農業体験の「スタディファーム」や企業のオフィスで行う「企業内マルシェ」など、考えつく様々なことにチャレンジしました。

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(写真:農家を訪れて農業体験をする「スタディファーム」の様子。)

「スタディファーム」は2014年秋から始めたもので、農業現場を見てもらい、農家の話を聞いて、放射能の対策を見てもらうことに重きをおいたツアーです。その年にはなんと500人もの来訪者があり、農家の抱える悩みや、放射能への理解を深めてもらうことができました。また、「企業内マルシェ」は、東京や神奈川などにある企業のオフィスの一角やビルのロビーを借りて、出張マルシェの形で福島の野菜を直接売るというもので、これまでに、朝日新聞、日本経済新聞、共同通信などを中心にいろいろな企業が場所を貸してくれました。現在、コロナ禍で多くのマルシェが中止になってしまいましたが、それでも松坂屋上野店の敷地内(屋外)で行っている週一回のマルシェは、開催回数が115回となりました。

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(写真:松坂屋上野店での直売会。毎回600人ほどが来場する。)

 「毎回、600人くらいのお客様がいらしてくれます。特に上野近辺は福島出身の方が多く住んでいる地域なので、『ふるさとの物が食べられてうれしい』とか『今、浪江(出身地)はどう?』とか情報交換もできます。ツーカーの仲のお客様も多くなってきました。過去には、国会議員や諸官庁の人が多くいる国会議事堂の中で、1年間、出店したこともありましたが、売上がよかったのは初日だけで、あとは1日5,000円程度でした。その点、企業の方たちはマルシェ開催に力を貸してくれて、定期的に売れる場所というのを一緒に探してくれました。特に"儲かりまっか"という大阪商人の心意気を持っている方とは気が合いました。儲けは大事です。お客様にとって、欲しいと思うもの、美味しいものを提供していけば、それが利益になり、結果的に継続できるのですから。定期的に買い続けてもらうことが農家の、福島の、復興につながります」
 同情や応援心だけでは買い続けてもらえない、逆に、美味しければ、固定客を増やしていくことができると痛感した齊藤さんは、農家には畑で創意工夫をして味の追求に専念してもらいたいと話します。そのため、商品の写真を撮り、説明文の作成等の販売促進をし、値付け、クレーム対応といったネット関連業務はすべて二本松農園が行います。ネットショップに注文が入ったら農家に注文FAXを送り、農家は指定の量をお客様に発送するだけですので、農家の負担が少なくて済みます。先に書いたとおり、他社の産直プラットフォームは販売代行で、20%程度の販売手数料を取って集客やお客様の質問、クレーム対応を行うという仕組みがほとんどです。しかし、二本松農園では、「福島の農家の自立」を目指しているため、農家が自分で価格を決定し、その値段で二本松農園が買い取る仕組みに重きをおいており、手数料を取ってサイト運営する方法を採用していません。こうした農家と消費者を地道につなげた結果、震災から5年かけて震災の年の売上まで回復しました。2015年までに生産農家54件、ネットショップの会員を全国で5,000人にまで広げ、旬の野菜をセットにした「セット野菜」の定期購入件数は、300を超えました。スタッフも12人に増えました。生産農家が減るなか、この規模を2023年現在も維持しています。

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(写真:「里山ガーデンファーム」から届く採れたての福島産野菜。)

「関係構築力」で危機を乗り切った

 二本松農園のモットーは「顔の見える関係に風評被害なし」です。それはただ単に生産農家の情報が明らかになっているだけでなく、作り方など商品の製造工程をきちんと説明し、さらに放射能の測定結果をも明らかにすることを示しています。情報を取捨選択してお客様に伝えるのではなく、多くの情報を共有することが信頼関係を作る上で大切だと確信しているからです。
 「お客様とは、1対1の『顔の見える関係』を作るように心がけています。ネットを通じてそれが可能です。これまでも、購入者と農家とのコメントのやり取りから交流が深まったり、大企業の共同購入に発展したりと、新しい事業が始まりました。ネット展開はファン獲得につながります。私どもには若手の広報スタッフが3人いて、私にいろいろアイデアを出してくれているのもよい結果につながっているのでしょう」と齊藤さんは言います。
 若いスタッフが中心となって始めたのは、ネット料理教室です。コロナ禍になって、Zoomを使う人や自宅で料理する人も増えました。そこで、自分の使い慣れたキッチンで、福島の食材を用いた「ひきな炒りもち(大根などの炒め)」、「あさつきの酢味噌和え」など、福島の郷土料理が習えるイベント(「ふくしま食ライブ」)を無料で開催したところ、好評を得ました。他にも、インスタグラムを使って、毎週金曜の正午からライブ中継もしています。毎回、いろいろな農家のところにおじゃまして農産物の紹介をし、その流れで「里山ガーデンファーム ヤフー店」で即売会を開催したところ、売れ行きが好調です。
 「いまや、農産物のネット通販はずいぶん盛んになり、『ポケットマルシェ』、『食べチョク』、『Oisix』さんなど、資本力の大きい会社も多数存在しています。しかし、私たちのような小さな組織でも、お客様と『顔の見える関係』でつながっていれば生き残っていける自信が湧きました。私たちには"風評被害をなくしたい"という農家の立場からスタートしたことと、全国に手を広げず、福島産にこだわり続けてきた強みがあります。コロナ禍で売上が伸び、小規模経営は小回りが効くと実感しました。この先、災害や気候変動があっても乗り越えられると思います」と齊藤さんは笑顔で話しました。

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(写真:二本松市にて。左が齊藤さん。)

農業生産法人 株式会社二本松農園
住所:福島県二本松市新生町490  電話番号:0243−24−1001
米ときゅうりを主に生産する農業生産法人。震災後は、福島県内54の農家と連携し、ネットを使ったり東京で直販を行ったりして福島県産農産物の販売活動にも注力している。
ネットショップ「里山ガーデンファーム」

(文/平井明日菜 写真/二本松農園提供)


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