土木再生の仕掛け人 高田宏臣さんに聞く これからの「環境土木」【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2023年4月号に掲載されました。

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 日本の伝統的な手法を活かし、環境に配慮した未来型の土木を提唱する人がいます。その動きは、土木業界にとどまらず、林業・建築業界にまで幅広く影響を及ぼしています。造園・土木の専門家である高田宏臣さんは、土地を傷めない手法を駆使して千葉県いすみ市の護岸工事など、さまざまな土地の環境再生を行ってきました。この土木は、「環境土木」として位置づけられ、これからの持続可能な土木として若者たちからも支持されています。

 持続可能な環境や防災の視点から、今、注目されている土木があります。
 「直しても、直しても、再び崩れる崖や堤防があります。"未曾有の災害"、"想定外の雨量のため"とよくいわれますが、果たしてそうでしょうか? 砂防ダム、斜面、道路、完成したばかりの橋桁が、台風などの災害で崩壊することに、何かおかしいと気づき、これまでの土木工事に疑問を持った市民や自治体から、私たちのところに調査や改善の相談が増えてきました」と高田さんは話します。
 高田さんは、土の中の水と空気の流れを健全に導く「土中環境」の視点をもとに、自然環境を傷めないことを前提とする「環境土木」を提唱し、全国の行政・市民団体などと協力して環境を改善するための調査・施工などを行っています。既成の建築資材を用いず、基本的に地域で入手できる木材、枝そだ※、石、藁などの資材を用いる伝統的な土木造作の知恵に基づく高田さんの仕事は、人々が心地よいと感じる空間を作り出しています。しかも市民参加型の災害対策につながる点も注目されています。以前は、個人邸の造園や、個人所有の山林の改善依頼が多かったのですが、最近では自治体からの相談も増えているといいます。
 例えば、2020年には市民団体からの依頼で、長野県木曽町と王滝村にまたがる御嶽山とその湿原、古道の環境調査やワークショップの指導を行い、王滝村とのプロジェクトへと発展しています。他にも、神奈川県大磯町からは、何度も陥没するという町道の修復工事の相談を受けています。また、千葉県千葉市から、2019年の台風15号により総合公園で風倒木被害が甚大だった区画の環境再生などの相談を受け、行政と市民との橋渡しをしながら取り組むことも行っているところです。
 「私たちの現場で行う作業は、画一化された土木工事ではありません。仕様書に基づく発注受注ではなく、環境土木の施工を望み、後押ししてくれる市民の力によって実現しました」と高田さんは話します。そして、いずれは環境土木の視点に立った施工方法が、現代土木の選択肢として活かされることが必要不可欠と考えます。

※木の小枝を束ねたもの。そだを使った伝統的な河川工法の1つに、粗朶沈床(そだちんしょう)がある。小枝を束ねて枠を組み、その中に石などを入れて沈ませ、 護岸の根固めとする工法。

そもそも「環境土木」とは?

 環境土木は、現代土木の世界の常識を変えるものです。これまでのように力学的な視点で地形を強固に抑え込むばかりの現代土木の視点を見直し、土中の健全な水と空気の流れを促すことで地形を自律的に安定させてきた伝統的な土木の視点を取り入れ、自然と調和し、環境を育てる土木への転換を目指しています。
 環境土木という言葉は新しいものではなく、すでに高校や大学の学科名にもなっていますが、その定義があいまいだと高田さんはいいます。その定義を明確にして今後学問として研究を進めるために、現在、環境土木学会の立ち上げを視野に据えて尽力しています。
 「土木は、本来、人の暮らしを豊かにして命を守るものでした。それがいつの間にか、技術の過信と行き過ぎた施工が原因で土砂崩れを起こしたり、環境を破壊することによって人が住み続けられない土地へ変えてしまうものになったりするようになりました」
 そのように熱く語る高田さんですが、環境に負荷をかけない土木へと自身が立ち返るきっかけになったのは、30代に経験したある出来事からです。
 そのころ、高田さんはとある場所で宅地造成を行っていました。宅地造成許可基準を満たすため、宅地の裏山にコンクリートの擁壁を作りました。すると、みるみる山が荒廃。植生が大きく変化し、しっとりとした心地よい山肌は見る影もなく、ヤブ山になってしまいました。極めつきは、その2年後、擁壁の上にあった樹齢100年のけやきが、突然、根こそぎ倒れたという連絡が来たのです。あまりのショックに高田さんは、周囲の状態を入念に調査しました。「理由を探るため、周辺の状態を調べると、地下1.5mより下の根はほぼ朽ちていました。工事によって土の中の水脈が遮断された結果、水と空気の流れが停滞し、けやきの根が張りついていた岩盤が乾いてしまったのです。そして、岩盤の亀裂に伸びていた細い根までも枯れてしまった。あの工事によって、土木工事は周辺環境に大きく影響を及ぼすことを痛感しました」(高田さん)
 その後、全国の土砂災害の現場、水害が発生した流域、荒廃した森林などを視察して回るようになった高田さん。トンネル、ダム、道路など、現代の土木工事による構造物がいかに土の中の環境を変えて、自然を壊してしまっているかを体感しました。そしてコンクリート構造物の重量や強度で地形を無理に保とうとしてきたそれまでの土木の常識を見直すことにしたのです。そのなかで、土の中の微生物、水と空気の動きを読み取ることの重要性を感じ、目に見えない土の中の環境こそ大切だと気がつき、「土中環境」という言葉を生み出しました。その重要性や実証をまとめた著書『土中環境』(2020年6月 建築資料研究社刊)は、12刷というヒット作品となり、造園、林業、建築・建設業界だけでなく、防災の観点から行政に影響を与え続けています。

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(写真:千葉県夷隅川の土砂崩れ崩落直後の斜面。)
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(写真:夷隅川の復旧作業の様子。)

日本古来の土木から学ぶ

 「土木は"築土構木"という中国の古い言葉に由来があるといわれています(諸説あり)。土を盛り、木を構えるという意味あいで、土と木、そして土の中の水の動きを観察しながら、自然の営みに逆らわない形で、豊かで安全な暮らしを作ってきました。かつての土木造作は、見えない地下も含めた空気と水の流れなど、まさに土中環境を意識して作られていました。その配慮が忘れられた結果、今日の水害、土砂崩れなど多くの災害につながったといえます。また、現代は、崩れたらコンクリートで固めて土圧を抑え込もうとするのです。環境を傷めれば土圧はますます増し、そして構造物は経年劣化していきます。そのため、いずれまた崩れるという悪循環を生むのです。それは、日本古来の土木の考え方と大きく異なります」(高田さん)
 つまり、高田さんによると、自然は、崩れたり、地形を変化させたりしながら安定していくため、かつては自ら動いて地形が安定しようとする動きを視野に入れて許容する土木造作がなされてきたのだそうです。例えば、大阪府大阪狭山市にある狭山池は、日本最古のダム式のため池といわれており、その堤は飛鳥時代に作られながらも現在まで修繕しながら使い続けられてきました。枝を敷き詰めたそだの上に、土と砂利を突き固める、「敷葉工法」という古来の工法で土を盛り、有機物を敷き込む作業を何層も繰り返して、持続的に安定した堤を作っていきました。
 また、江戸城の石垣を作る際、崩壊を繰り返す不安定な箇所では石を積み重ねてはその裏側に念入りに萱を敷き詰め、その上で子どもたちを遊ばせたという記録があります。子どもによって踏まれた萱がしんなりとして沈むのを待ってから再び石を積む作業を繰り返して築かれた石垣は、強固で崩壊することはありませんでした。
 「土木構造物を建造するときにかつて有機物を用いてきたことの環境上の意味は、あまり知られていません。枝葉の分解過程で菌糸が増えて周辺の土層を構造的に安定させてゆく、そのプロセスを経験的に把握してのことだったと考えます。その結果、構造物は自然と一体化して安全で美しい風景となります。それは、コンクリートで圧して固めるような自然に抗うものではなく、自然をコントロールしようとするものでもありませんでした。先人の技術の奥に潜む自然環境への深遠な理解、それに裏付けられた造作には、現代の私たちの想像には及ばぬほど深い意味があります。伝統智に基づく環境土木を、これからもさまざまな活動や学びの場で発信していきたいと思います」(高田さん)

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(写真:全国から人が参加するワークショップの様子。)

土地を傷めない
土砂崩壊復旧工事のスタート

 2022年5月、千葉県いすみ市の夷隅(いすみ)川沿いの民地の土手が、長雨をきっかけに、幅約13m、高さ約10mにわたって崩落しました。2級河川の夷隅川は、貴重な生態系が残り、地元から愛されている川です。崩落現場の所有者の方は怖くなって、すぐさま行政や建設土木関係者に相談しました。崩壊した箇所のすぐ上部に建築物があり、二次災害によって市民の命や財産に危害を及ぼす危険があるとの判断から、県の緊急対策として、従来の工法で工事は行われる予定でした。しかし、その工法に疑問を感じた地権者は高田さんに思いを伝え、再調査を依頼したのです。現地調査を行った結果、通常の工法では環境をさらに痛めて、隣地の崩壊を招く可能性があることが分かりました。高田さんはすぐに県の土木事務所を訪ねてそのことを報告し、土地を傷めない代替案を提示しました。「土木事務所の理解と地権者の合意のもと、県は発注を取り消して未施工とし、代わって我々が地権者の依頼で施工実施することになったのです。現代土木に変わる選択肢の1つとして環境土木の工事がこのような場所で可能になったのは、大きな一歩です。今後、斜面崩壊復旧工事をはじめ、多くの方々と事例を共有し、現代土木に代わって土地環境の再生につながる本来の土木の選択肢があることを、広く社会に示すことができるよう、全力を尽くしていきたいと思います」
 この工事は、市民をはじめ全国から見学や手伝いの人が集まって、環境土木の学びの場として進められました。このような、土地を傷めない土砂崩壊復旧工事が災害復旧のスタンダードになる日はもう間近でしょう。

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(写真:川岸の改善イメージ図。)
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(写真:復旧終了間近の様子。)
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(写真:中洲を作り、川岸に蛇籠を設置。多様な生物が共存できる環境を育む。)

高田宏臣 たかだひろおみ
1969年千葉県生まれ。NPO法人 地球守代表理事。一般社団法人 環境土木研究所代表理事。土中の水と空気の流れに配慮した環境(=「土中環境」)の健全化や、伝統智に基づく土木造作による環境再生(=「環境土木」)の提唱をする。国内外で環境土木による環境再生に従事。行政や地域団体と共に、山林、里山、災害地の環境調査、再生計画の提案・工事、技術指導、講座開催を行う。主な著書に『土中環境』(建築資料研究社)、『よくわかる土中環境』(PARCO出版)、『これからの雑木の庭』(主婦の友社)、他。

(文/平井明日菜、写真提供/高田造園設計事務所)


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