認可保育園「カミヤト凸凹保育園+plus」常務理事 馬場拓也さんに聞く 理想は高く!社会を「やさしく」する保育園【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2021年5月号に掲載されました。

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(写真:「カミヤト凸凹保育園+plus」常務理事の馬場さん)

 2019年4月に開園した神奈川県厚木市にある定員90人の「カミヤト凸凹保育園+plus」。園の中に障害児通所施設も併設する、インクルーシブ教育を実践する保育園です。待機児童、慢性的な保育士不足、障害児の通える保育園の不足、また新型コロナウイルス感染防止のため業務負担や心理的ストレスも増し、保育事業の抱える問題は少なくありませんが、同保育園では保育士の離職はゼロ。 地域住民からの保育園への苦情もありません。「大切なのは、仲間や地域の人と保育の理想を語り合い、理念を貫くこと」と言う常務理事の馬場さんにお話を聞きました。

──開園初年度から定員がほぼ埋まったそうですね。その理由はどこにあると思いますか?

 初年度は、「定員の半分くらいしか埋まらないわよ」と、他の保育園の園長や諸先輩方に言われてそのつもりでいました。しかし、実際は開園初日から80人を超える園児が入園し、びっくりしました。0~1歳の新規で保育園に入園する子どもたちだけでなく、すでに他の保育園に通っていた子どもたちまで転園してきたのです。園の理念が、時代や地域のニーズに応えられたのかなと思います。「共生・寛容・自律」を理念に掲げており、開園の説明会でもこのことを強調してお話ししました。カミヤト凸凹保育園のコンセプトは、「凸(=長所)」を伸ばして、「凹(=短所)」をみんなで埋め合うというもの。どんな人にも凸凹はあります。外国にルーツがある子ども、発達のスピードも様々な子たち...。
 「異なり」のある人たちと幼少期から関わっていくことで、主体性・協調性・社会性を育んでいくことができます。こうやって育った子どもたちが大人になったら、誰にとってもやさしい社会を作れる人間になるでしょう。だから私たちの仕事は、「子どもにやさしくする仕事」ではなく、「社会をやさしくする仕事」で、そういう社会作りを、保育園から始めようというのです。

──障害児も受け入れる保育園を立ち上げたきっかけは?

 大学を卒業して外資系アパレル会社に就職しました。34歳のとき、会社を辞めて、両親が30年前に立ち上げた特別養護老人ホームを継ぐべく、福祉の道へ入りました。保育に興味を持ったのは、双子を育てた経験が大きいですね。直接のきっかけは、近隣で起きた「相模原障害者殺傷事件」です。もしも、人格形成期といわれる幼少期に、彼の周りに障害のある人がいて、一緒に過ごす経験の積み重ねがあったら、犯人は「障害者はいなくなったほうがいい」と言ったでしょうか。
 保育園開園の1年後、園の中に「カミヤト凸凹文化教室(障害児通所支援事業)」を開設しました。0~6歳の就学前(児童発達支援)と7~18歳までの就学した児童(放課後等デイサービス)を対象とした施設です。0~18歳までの長期間、継続して通える場所はなかなかありません。卒園しても、戻って来られる居場所にしたかったのです。現在は、3歳児から高校生までが通っています。障害児通所支援事業と保育事業は制度が分かれているため、別々に運営されることが多いですが、先に述べた想いから、当園では、障害のある・なしで分けずに保育をしています。

──これまでの保育の常識とは違う保育を目指しているということでしょうか?

 私たちの保育の方針は、「子ども主体」です。走ってはいけないという保育園が多いですが、走りたいなら回廊を縦横無尽に駆け回ってよいですし、木に登りたいなら登ってよい。
 建物一つとっても、これまでの保育園とは考え方に違いがあることがわかります。園の多くは、大人が子どもを管理しやすいように、ケガをさせないようにという発想で建物や園庭が設計されているように思います。
 長年保育園を運営している方や経験者は、建物に一歩入るなり、「これは大変よ」と言いました。園には、広々とした土の中庭があって、そこをぐるっと囲むように回廊(縁側)があります。子どもを遊びたい気持ちにさせる中庭を見て、「勝手に庭に出る」と頭を抱えるのです。それに、教室やホール、給食室に至るまでガラス張りの内装についても、「保育室から外の様子がまるわかりで、子どもの気が散る」と評価しました。つまり、好奇心旺盛な子どもたちだから、ガラスの向こうで他の子が何をしているのかや、調理している様子が気になって、保育士の言うことを聞かないと言うのです。思いもよらない考え方でした。子どもを統率できないと心配するより、子どもの興味を主体にした保育を行いたいですし、給食に関心を持ってくれれば、誰がどのように料理を作るのか、「食育」をすることもできます。それに、工作や読書など、子ども自身が楽しいと思うことに集中していたら、ガラスの向こう側で誰が何をしていようが一心不乱に目の前のことに取り組むでしょう。
 園では、3、4、5歳児は1つの大きな部屋をシェアします。年齢ごとに部屋を分けると、保育はしやすいのですが、子どもの刺激が少なくなります。年上のお姉さんやお兄さんは、3歳児にとっては何でもできるスーパーマン。憧れたり、競争したり、切磋琢磨します。歳上の子は、自然と下の子をいたわるようになります。これは障害のある子どもも同じです。自閉症の子や、足に補装具をつけている子どもなども通っていますが、みんなと同じように、跳び石を跨げた、段差を登れたという経験により、自信がつきます。自閉症の子は、はじめは自分でバナナを剥くなんて考えられなかったのに、今ではお箸がクラスで一番上手に使えるようになりました。保護者もびっくりするくらい成長が著しいんです。できなかったことを自分の努力で克服できたとき、自信がつき、自尊心が形成されていきます。

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(写真:陽のあたる回廊は食事の場、運動場、読書スペースなど多様な使い方ができる)

──子どもの力を信じ、主体性を大事にする保育。そこに理想と現実のギャップはないのでしょうか。また、開園からスタッフが離職していないとのことですが、その理由はどこにあるのでしょうか。

 「子ども主体」と言っても、楽しければ何をしてもいいわけではありません。自分でやりたいことを見つけて、方法を考えて達成していく、その中で成功体験を積み重ねていく。私たちは、その自主性や主体性を育む手伝いをしたいと思っています。例えば、子どもが先の尖った棒で遊んでいたら、一般的な園では、リスクを取り除こうとして、棒を取り上げるべきと教えるでしょう。でも、私たちは、その場で子どもを見ている保育士に判断を任せます。もちろん、大切な子どもを預かっているわけですから、大きなケガをさせてはならないですし、万が一の場合はすべての責任はもちろん私が負う覚悟もあります。ただ、私は保育士を信頼していますし、その「大丈夫」という判断を尊重します。その結果、ケガをしなかったとしたら、「子どもが棒の危険性を理解し、遊んだ」とも考えられます。経験を積み重ねることで、危険を察知し、回避する能力がつきます。この世に、完全にリスクがないことはありません。五感を研ぎ澄ますことは、生きていく上で大切な学びの一つなのです。
 開園前から今日まで、我々はどんな保育をしたいのか、本当にこの方法でいいのか、悩みながらやってきました。でも、答えは子どもたちの中にあります。彼らの成長を見ていると、これでよかったという勇気をもらえます。
 ある保育研究者に「この保育園で保育士として一人前になれたら、どんな保育園でもやっていけるね」と言われたことがあります。子どもだけでなく、スタッフも色とりどりなことが園の特色です。介護福祉士、精神保健福祉士、小学校や児童養護施設で働いていた者などがいて、それぞれが経験してきたことをすべて保育にぶつけています。
 離職率が高いといわれる保育業界ですが、当園では保育士は一人も辞めていません。やはり、最初に園のコンセプトやビジョンを共有している一緒に立ち上げた仲間だからだと思います。理想と現実にギャップはあるでしょうが、だからといって理想を曲げる必要はありません。どうすれば理想に近づけることができるのかを諦めずにみんなで考えます。

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(写真:障害ある子もない子も一緒に近所の公園や神社仏閣に散歩に行ったり、前庭で盛大に遊ぶ)

──保育園というと、地域の方との関係も気になります。

 当園は、住宅街の中にあるのですが、周辺の地域の方たちから「子どもの声がうるさい」といった苦情はありません。それどころか、子どもたちが散歩に出かけると、声をかけてくださったり、何かと温かい目で見守ってくれています。昨年からは新型コロナウイルスの流行がありましたが、「地域住民より」という匿名で、園にマスク200枚と子ども向けシールの寄付をいただき、心が温まる経験をしました。
 この地に開園が決まり、地域住民を対象に説明会を開いたときのことです。私のような40代の人間が育ってきた環境と異なり、今の子どもは外でのびのび遊べないし、家庭以外の場所で注意されたり、怒られたり、褒められたりという、地域ぐるみで子どもを見守る環境がありません。貴重な子ども時代を大人の都合で取り上げるのはいかがなものかというような内容の話をしたら共感していただきました。質疑応答で手が上がって「ここの地域は高速道路があって、その影響で音が反響する場所で...」と口火が切られたとき、「きたか!」と身構えてしまったのですが、これが早とちり。「二重サッシで防音したら、ちゃんとお昼寝できるかもしれない」というありがたいアドバイスでした。今も近所のおばあちゃんが毎日遊びに来たり、園を中心に、少しずつ半径数百メートルの社会が「やさしく」なっていると実感しています。

──もともと人手不足のうえにコロナ禍で疲弊する保育現場ですが、馬場さんたちは試行錯誤しながら感染防止対策をし、保育事業を続けました。厳しい状況下にあっても、理想の保育を忘れず、常識の枠を超えてチャレンジし続けています。

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(写真:真冬でも裸足で活動する子どもたち。足が汚れたらタライで洗い、濁った水は中庭へ)

カミヤト凸凹保育園+plus
〒243−0801 神奈川県厚木市上依知425−1 TEL046−245−7878

馬場拓也:1976年生まれ。大学卒業後、外資系アパレルブランド勤務を経て、2010年に「社会福祉法人愛川舜寿会」の2代目経営者へ転身。2019年4月、神奈川県厚木市に「カミヤト凸凹保育園+plus」を開園。2020年からは園内に障害児通所支援事業「カミヤト凸凹文化教室」を開設する。

(文/平井明日菜 写真/上垣喜寛)


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