建築士 吉田尚平さんに聞く 高度成長日本から50年。"負"動産再生による地域ブランド力向上【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2022年5月号に掲載されました。

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左:38℃代表の吉田さん
右:古本屋店主の深澤さん

高度経済成長期に開発されたニュータウンの1つ、埼玉県川越市の霞ケ関北エリアは、開発から50余年経ち、街も住民も高齢化しています。本来、課題の多い"負"動産のはずですが、それを逆手に取って生かす取り組みをしている若手世代がいます。彼らは何を思って、そこで新たな暮らしを作ろうとしているのでしょうか。"ゆとり世代"と言われる平成元年生まれの建築士・吉田尚平さんに、この地域を活性化しようとしている理由を聞きました。

負の側面に可能性を感じる若者

 2019年、川越市の観光客数は約775万人となり、川越氷川祭の山車行事(川越まつり)がユネスコ無形文化遺産に登録されたこともあって、海外からの観光客は40%以上の増加を記録しました。江戸時代の蔵を残した古い町並みが人気で、多くの観光客で賑わいを見せます。
 一方で、同じ川越市内でも観光地から少し離れたところは、全く違う風景が広がります。
 それは川越駅から東武東上線で2駅下った霞ケ関駅を最寄りとした霞ケ関北エリアです。1960年代に開発されたニュータウンで、街の中心を東西に走る商店街があるのが特徴のエリアですが、かつてのような賑わいはなく、今や商店街の半数が営業していないため"シャッター商店街"とも言われています。
 吉田さんがこの地域にやってきたのは、2018年に川越市産業振興課が主催する『第3回まちづくりキャンプin川越・霞ケ関』というリノベーションスクールに参加したことがきっかけでした。『まちづくりキャンプ』は、「R不動産」を運営する株式会社オープン・エー代表取締役の馬場正尊氏をディレクターに迎え、「川越市の過去の歴史から未だ見ぬ未来を読み解き、リノベーションを通じて新しい価値を生み出す事業をプランニング、実践につなげる」という実践型の学校です。
 「『まちづくりキャンプ』の第1・2回は、川越市内の観光地のエリアリノベーションが主でしたが、第3回の舞台は霞ケ関北と聞き、それまでとは違った内容のものになると興味をそそられました」と吉田さん。霞ケ関北エリアは、地域のマスタープランでは、高齢化が一番進んでいるエリアとして、都市計画上では課題がある地域として論じられている地域でした。他にも、商店街の設計として、1階が店舗で2階が住宅という長屋形式で隣の建物と繋がっているため、1つの建物だけ壊すことが難しく、街自体がどんどん古くなっていき、不動産としての価値が下がりつつありました。しかし、そこに吉田さんは新しい可能性を感じました。
 「広島県の尾道も同様の条件でしたが、それを逆手に取って成功しました。再建築不可のため、壊してしまうと新しく建て替えられないので古い物件は家賃が安くなります。これで若い人が借りやすいというメリットが生まれて、アーティストの活動が盛んになり、結果的に土地の価値が上がって、不動産の価値もそれを追う形で上がりました。霞ケ関北エリアの商店街も、近い将来、さらに多くの店舗が空き店舗となるときをチャンスと考えてもいいのかなと思います。といっても、商店街を壊すというのではなく、都会へ通わずにここで"住みながら店舗運営できる"という前向きな暮らしの再発見です。コロナ禍によって徒歩圏内での暮らしをもう一度組み立てられるようになるのではと思いました」
 霞ケ関北エリアを初めて訪れたとき、吉田さんは「商店街の歩道でおじいさんが新聞紙を敷いて畑で採れた野菜を売っている」のに驚くと同時にわくわくしたと言います。その後も、歩道に誰が置いたかわからないベンチが置いてあって、通りすがりの買い物客が腰をかけている姿などを見ているうちに、"高齢化" "コミュニティ機能低下"などというネガティブなイメージで語られるだけの地域ではなく、自分が求めている街と人の「ちょうどいい」距離感のヒントがあるエリアだと思うようになりました。

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(写真:霞ヶ関北エリアの角栄商店街。)

当たり前すぎて見過ごしている
「今」を見直す

 吉田さんの出身地は川越市の中心部であり、観光のシンボルの1つ"時の鐘"に並ぶ観光地の"菓子屋横丁"のすぐそばです。年々増える観光客......いつでも・どこでも観光客がいるという状況に、生活のしにくさを覚えるようになりました。
 「"ここをカフェにしたら儲かる"などという経済中心の視点が街において強くなり、親しみを感じていた古い建物が解体されて新しい建物になり、存在してもしなくてもいいというような"隙間"がなくなって、お金を払うことでしか過ごせない場所が増えていったのです。近年、市内唯一の銭湯が閉業し解体されました。そのとき感じたのは、建物がなくなるだけではなくて、そこにあった文化や習慣も消えるのだということです。見慣れた『今』や『少し前』の建物や風景を見直さなくてはいけないなと思いました」
 『まちづくりキャンプ』では、大学生、舞台芸術製作者、調理師、語学講師などの若者6人でグループを作って、商店街のリアルな空き店舗をどう活用するのか、エリアの読み解き方、コンセプトや企画の作り方、事業計画や事業収支の考え方からプロモーションまで学び、キャンプ終了後にオーナーへ物件活用の提案を行いました。その提案が通り、吉田さんは仲間と一緒に活動拠点となる元洋品店を家賃2万円で借りて、カフェにリノベーションし、翌年、合同会社「オンド」を設立・事業化しました。
 「オンド」、そしてカフェの名前「38℃カフェ」は、熱すぎずぬるすぎずちょうどいい温度という意味で、人との関わりを楽しむことを1番の目的としています。
 「グループの6人には既に手に職があるので、こちらは副業であり、何としてでも利益を出さなきゃという感覚ではないんです。だからカフェの経営に注力するのではなく、場所を作ることで人との関わりを生み、その中から新しい街の動きを作ることに重きを置きました」と吉田さんは話します。その証拠に、カフェといっても飲み物を提供する備え付けの調理場はなく、あるのは移動可能な簡易式飲食業許可をとった"屋台"。商店街の西の端になる"小畔のかっぱカフェ"や、38℃カフェの隣の霞ケ関北自治会の運営する日替わりコックがいるお店"にこにこ食堂"の前にも出店しました。
 「"どうして同じ商店街の中で出店するの?"と思われるかもしれませんが、地域のコミュニティの中では、若い人が来る場所とお年寄りが来る場所は異なります。だから、積極的に異なるレイヤーのところに出向いてコミュニケーションをとっています。商店街の横を流れる河川の土手でダンスと食のイベントを開催して、散歩中の高齢の方の目にとまるようにしたり。そして、この商店街って面白いな、自分も空き店舗をリノベーションしてみたいと思う若い人を発掘しています」

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(写真:38℃で最初に借りた元洋品店の店舗。リノベーションして「38℃カフェ」として使っていた。)

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(写真:「38℃カフェ」がイベントをしたときの様子。食事は両サイドの飲食店(にこにこ食堂とvegetable bar baseT)を利用してもらい、お客さんと地域の交流を図るように配慮した。写真提供:合同会社オンド)

他人に振り回される
柔軟な
スタイルでありたい

 現在、38℃は、「つまずく本屋 ホォル」という古本屋と共同でお店を運営しています。古本屋を運営する深澤元さんとの出会いは、吉田さんが「なんとなく」カフェに本を置いていたこと。学生だった深澤さんは、「なんて高尚な本ばかり」とその本のラインナップに感動して、就職活動の合間にお店に通うようになりました。本好きな深澤さんには、古本屋をしたいという夢があり、吉田さんから「それならこの商店街で、共同運営でお店をやってみないか」と話を切り出されたそうです。企業に就職して定年まで働くというイメージを持っている人が少ないと言われている「Z世代」の深澤さんは、その話を受けてみることにしました。深澤さんのこだわりは選書サービス。お客さんの好みを聞かないで、月に1度の頻度で、深澤さんの解説と合わせて定期便を送るというのが、深澤さん流です。
 「お客さんにしてみたら、普段なら手に取らない本が来ることもあるわけです。今は音楽や動画にしても、AIが好みを分析しておすすめのものを選んでくれます。でも、想定内のもので、新しい出会いや驚きがない。それでは行き詰まってしまう気がします。こんな本もあったんだという出会いがほしくなる。つまり、私が大切にしているのは"違うものに出会えるか"ということです」(深澤さん)
 同じく、人と人との相乗効果を大切にする吉田さんは、まちづくりにおいて、コンセプトやビジョンはできるだけ作らないようにしています。到達目標からバックキャストしていくと、結果が予定調和的になってしまうからだと言います。
 「私にとっては、いかに他人に振り回されながら、自分自身が変化していけるかのほうが大事です。未来を決めずにその場その場で起こっていることをどう捉えるか、というポジションに身を投じていたいです。そうでないと、まちづくりは、主語が大きすぎますし、それを"自分がまちを作るんだ!"と意気込みすぎると、作る側の暴力性が露呈するような気がします」(吉田さん)
 新型コロナウイルスの拡大により、世の中の価値観は大きく変化していますが、それは、従来は当たり前とされてきた価値観や、働き方の「枠組み」などを次々に壊していく若い世代の考え方に世の中が近づいているとも言えるのかもしれません。

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(写真:38℃が共同運営する「つまづく本屋 ホォル」)

文/平井明日菜 写真/上垣喜寛・合同会社オンド

吉田 尚平 (よしだ しょうへい)
1989年、埼玉県川越市に生まれる。高校で「建築」、大学で「ライフデザイン」、大学院で「福祉社会デザイン」について学ぶ。大学院卒業後は個人設計事務所勤務を経て、建築の歴史とフレンチセオリーを仕事の中で学ぶ。2018年に設立した合同会社オンドの代表として、埼玉県川越市の霞ケ関北エリアを対象とした「38℃」という場づくりのプロジェクトを運営。現在は、古本屋「つまずく本屋 ホォル」と共同で実店舗を運営中。2019年度の空き店舗ゼロリノベーションコンペで優秀賞受賞(主催:埼玉県)。霞ケ関の商店街で店舗を運営しながら、地域のモノやコトの関係性を捉え直すために様々な方法でリサーチとアウトプットを行う。
埼玉県川越市霞ケ関北4-22-14 amist2階 つまずく本屋 ホォル/38℃ アカウント@hoorubooks @ondo_38


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