「まちの映画館」日本最古の映画館 高田世界館支配人 上野迪音さんに聞く 映画・文化・地域コミュニティの創出【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2021年6月号に掲載されました。

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(写真 擬洋風建築で、「白亜の大劇場」と呼ばれた高田世界館の歴史ある建物)

 一般社団法人日本映画製作者連盟によると、2019年の年間興行収入は2,611億8,000万円で、史上最高を記録。入場者数は1億9,491万人で、2000年以降で最高を記録しました。その後、2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響によって客数が激減、映画館の休業などの要因により、2000年以降で最低の数字となってしまい、厳しい状況が続いています。地方の「まち」の映画館を取り巻く状況について、今年で築110年を迎える日本最古の映画館「高田世界館」の支配人、上野迪音さんにお話を聞きました。

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(写真 支配人の上野迪音さん。)

──開園初年度から定員がほぼ埋まったそうですね。その理由はどこにあると思いますか?

 新潟県上越市高田(旧高田市)は1614年に高田城築城とともに造られた城下町であり、400年以上の歴史がある町。現在も城下町の風情を残す町家と、総延長16kmにもなる(がんぎ)のある町並みが特徴です。高田は豪雪地帯ですが、雁木という今でいうアーケードのような、主屋から張り出す軒や庇があることで、雪が積もっても、町中を自由に歩くことができます。しかし、この地で生まれ育った上野さんは、雁木や町家が当たり前の存在で、「家の中に光が入らない、狭い」などとあまりいい印象を持っていなかったといいます。
 それが変わったのは、著名な建築家による東日本大震災後の仮設住宅の設計を知ったときだったそうです。
 「仮設住宅の玄関を向かい合わせに配置していて、玄関は透明ガラスでした。さらに誰でもお店を開けるようにと、玄関先にスペースを設けていました。この取り組みを知ったとき、『これは高田だ』と思ったんです。というのも、高田の町家の出入り口には"ミセ"と呼ばれる商売スペースがあり、玄関先には土間があります。密集した家々の玄関が向かい合っているところから、人との距離が近く、隣家の生活音が聞こえる町の構造まで、すべてが重なって見えました。災害で一度失われた地域社会であっても、人の交流が生まれ、商売も生まれれば、1つの"まち"になるというのを提示してくれたんです」(上野さん、以下同)。
 こうして、大学進学のために一度は横浜へ出た上野さんでしたが、「まちづくり」に興味を持つようになり、郷里の高田にUターンしました。

取り壊しの危機にあった高田世界館

 Uターンした上野さんは、実家から目と鼻の先にある高田世界館と自然に関わるようになります。高田世界館は1911年に芝居小屋「高田座」として開業。擬洋風建築で、当時は珍しい建物として「白亜の大劇場」と呼ばれました。開業から5年後に映画ブームが到来すると、「世界館」という映画館に転身しました。その後も名称を変えつつ映画館の営業を続けますが、2000年代になると閉館の危機がやってきます。
 映画産業は1950年代がピークで、日本の映画館の入場者数は1958年の11億2,745万人が最多。10億人を超えたのは1957年から1960年にかけての4年間で、このころは映画館数(スクリーン数)が7,000館を超えていました。しかし、テレビ放送が普及するにつれて、毎年、1億人以上の観客が映画館を去り、1993年には映画館数は1,734館、入場者数は1億6,370万人まで落ち込みます(日本映画製作者連盟の資料より)。
 1993年に日本初となるシネマコンプレックスが神奈川県に登場すると、映画館数・入場者数も次第に回復を見せ、2000年以降になると、3,000館台になり、入場者数・興行収入も伸びました。シネコンの台頭によって、映画産業そのものが救われたようにも見えますが、ミニシアターや単独館と呼ばれる映画館の経営は苦しい状態が続いています。興業収入が史上最高となった2019年は、大手・中堅運営業者と小規模運営業者の二極化が明らかになりました。映画館運営業者の構成比の1割に満たない、売上高50億円以上の大手・中堅シネコン運営業者は好調で、大半を占める1億円未満の小規模事業者は、売上が横這いか、減少という報告が帝国データバンクから2020年11月に出ました。
 「高田世界館もお客様の減少や、建物の老朽化といった課題を抱えていました。2007年に起こった中越沖地震により雨漏りがひどくなり、建物の老朽化が深刻な問題になりました。個人オーナーによる運営ではもはや映画館を維持することが難しく、廃業して建物が取り壊される一歩手前でした。そこに待ったをかけたのが、地域の人たちです」
 NPO法人「街なか映画館再生委員会」を立ち上げ、2009年にNPOに映画館が譲渡される運びとなりました。上野さんは2014年に高田世界館の支配人に就任。映画館の運営、作品のセレクト、イベント企画、もぎりなどあらゆる業務を担います。
 「高田世界館の保存活動が始まったとき、私はまだ学生だったので、NPOの立ち上げに関わってはいないのですが、NPOの活動の目的が、建物の保存から、映画館を中心とするまち機能の維持へと広がってきました」
 このようにして、高田世界館を中心としたまちづくりが始まりました。

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(写真 スクリーンの前にステージがある、珍しい造りの映画館。)

──映画館とまちづくり

 高田世界館は、「文化施設でありながら、観光施設でもある」という上野さん。映画上映の他に、年数回のフィルム上映会、建物の見学ツアー、寄席、コンサートなどを開催しています。
 映画館が、映画を流すだけの場所ではなく、映画を見なくてもぶらりと寄れる場所となるような仕組みを作ることで、家や職場以外の居場所となります。そこに人が集まればクリエイターや作家育成のきっかけとなり、地域外の人との交流の場にもなるのです。こうした取り組みが浸透した結果、2018年に入館者は引継ぎ当初の10倍近い約1万7,000人にまでなりました。映画の上映だけではなく地域づくりに取り組んできた活動が評価され、大手旅行会社JTBによる第15回「JTB交流創造賞優秀賞」を受賞しました。
2018年には、高田世界館でボランティアスタッフとして活動していた方が、映画を見終わったあとゆっくりお茶や食事を楽しむ場所がほしいと、高田世界館の横に「世界ノトナリ」というカフェをオープンしました。町家を改装した民泊施設も高田世界館の近隣にできました。
 映画館をまるごと貸し出すこともしており、2020年には上越市の農家主催の農業映画祭が高田世界館で開かれました。主催者の1人、天明伸浩さんは「農業に興味がある人が一堂に会して、映画を観賞しながら地域や世界の農業について考える機会を作ることができました。もともとドキュメンタリー映画など他ではあまり見られない映画を上映してくれるのが高田世界館。これからも高田世界館での映画祭を企画したいです」と、高田世界館の存在の大きさを語ります。
 「こういう地元の人の動きが、映画館を中心にしたコミュニティへと広がっています」と上野さん。


(写真 1カ月に1度のペースでボランティアと行うおそうじ会。日常的に映画を見る習慣がない人、シニア、学生、親子連れなど幅広い層が参加することで交流の場になっている。)

「まちの映画館」の課題

 現在、上野さんの前に立ちはだかっている壁は2つあります。1つは、新型コロナウイルス感染症の問題で、もう1つは地方における映画文化の醸成という課題です。新型コロナによる影響が出始めたのは2020年の2月下旬からですが、3月中はヒット作に恵まれ、数字の上では悲惨な状況を回避できていたそうです。
 「もともとの予算規模のコンパクトさから、多少の減収があってもなんとかなるようになっています。収益面の苦しさはもちろんですが、何より、作品を見てくれる観客がいないことが本当に悲しかった」と上野さんはいいます。
 全国に緊急事態宣言が出され、1カ月ほど高田世界館は休業。休業中、「たとえ再オープンしても、リスクを抱える中ではなかなか足を運べない」というお客様の声を耳にし、無期限で使える「応援チケット」を販売しました。「目の前にお客様がいなくても、応援チケットを通じて、つながっている気がする」と話します。
 5月中旬、高田世界館は再オープンしましたが、上映ラインアップは保守的なものになっているといいます。というのも、市町村を越えて集客するのが難しく、コロナ禍で席数を減らして上映している中ではインディーズ映画や若者向けの作品をかけるのには勇気がいるというのです。これは上野さんの頭を悩ます、もう1つの課題にもつながります。
 高田世界館のような、小規模の映画館やミニシアターといわれる映画館は、環境、アート、社会問題をテーマにした作品など、商業性にとらわれない作品を掛けます。そこに映画館としての個性があり、映像文化の多様性を支えているのはこのような小規模劇場で、日本で公開される作品の7割ほどがミニシアターで上映される年もあるといわれています。
 そこに立ちはだかるのが「圧倒的な届かなさ」だと上野さんは嘆きます。
 「地域の人に届けたいと思って上映した作品なのに、観客数がゼロ人ですと、求められていないのかと痛感します。ましてや海外アート作品や日本のインディペンデント映画にはなかなか手が出せない状況です。でも、ただメジャーな映画だけを扱えばいいかというとそうではありません。そこに映画のコミュニティが生まれないからです。もちろん収益を得るには、流行や、売れ筋のものを流すのは大事ですが、それだけだと映画が文化として根づかないと思います」
 作り手を応援すると同時に、映画を見る人を「育てる」場でもある映画館だからこその悩みです。
 そんな中、最近、上野さんが手応えを感じているのがインド映画の上映会「マサラ上映」です。上映中に紙吹雪を使い、歓声を上げながら観覧する独特なもの。イベントのたびに県内外から、同じ顔ぶれのお客様が足を運ぶので、あるとき上野さんがそのお客様に聞いたところ、その方は「高田世界館を訪れているうちに、高田の町を故郷と感じるようになり、今では映画を見るためだけではなく、地元の人やインド映画好きのみんなに会いに来ているんだ」とおっしゃったそうです。
 フィルムからデジタルへといった技術の移り変わりもさることながら、かつてはテレビ放送の開始、シネマコンプレックスの台頭、最近ではオンデマンド動画の開始など、映画産業は幾多の時代の変化の波を受けてきました。しかし、地域の人や観光客が、映画を見るためだけではなく気軽に訪れることで、地域コミュニティや映画コミュニティが生まれてきています。

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(写真 フィルム上映も行うほか、技術継承のための講習会や、映写室の見学も行う。)

上野迪音(うえのみちなり)
新潟県上越市高田出身。高校卒業後、横浜国立大学へ進学し、映画評論を学ぶ。学生時代に自身で映画をセレクトした自主上映会を高田世界館で企画。2014年には高田へUターンし、NPO法人「街なか映画館再生委員会」の職員となり、高田世界館の支配人を務める。

【高田世界館】
住所:新潟県上越市本町6-4-21
tel:025-520-7626/7442
定休日:火曜日
交通:えちごトキめき鉄道高田駅から徒歩約5分
高田世界館公式サイト:http://takadasekaikan.com/

(文/平井明日菜 写真/高田世界館提供)


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