東京パラリンピックのバイオリニスト 式町水晶(しきまちみずき)さんに聞く 他者を理解する能力「エンパシー」【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2022年6月号に掲載されました。

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 事業主に義務付けられている障害者雇用の「法定雇用率」が、2.3%に引き上げられてから、1年以上経過しました。昨年度、東京都においてその数値を上回った企業は30.3%しかなく、全国最下位でした。中でも大企業に集中し、中小企業では雇えていない現状があります。それは、障害者と共に働くのは難しいと考えているからなのでしょうか? 脳性まひがありながら音楽活動に邁進し、今年、芸能事務所から独立して個人事務所を設立したバイオリニストの式町水晶さんに、障害者と共に作る未来についてお話をお聞きします。

──日本経団連の調査によると、日本企業の人事担当者が新卒採用にあたってもっとも重視している能力は「コミュニケーション能力」だそうです。会社という組織で、どのようにしたら、障害がある人もない人も円滑に仕事ができるでしょう。

 よく「障害を持っている人とどう接したらいいかわからない」という言葉を耳にします。でも、障害がある僕だって同じです。車いすの人を見かけたとき、「この人の尊厳を傷つけるかもしれない」と手助けを躊躇することがあります。
 実は、障害を持つもの同士でも交流が少ないんです。たとえば、目が見えない・見えにくい人の集まり、耳が聞こえない人の集まりなど、同じ障害を持つ人同士でコミュニティを作る傾向があって、そのつながりは濃密です。共通の悩みなどを抱える仲間同士で情報を交換したり、共感したりするためのつながりは必要です。しかし、その「居心地のよい」コミュニティを超えていかなくては、互いの違いや特性を理解できないままです。
 お互いを理解するためには、やはりコミュニケーションを取ることが必要です。といっても障害がある人の場合、表情とか、仕事でミスが多いとか、体調の変化もコミュニケーションの1つです。たとえば、僕はストレスがかかると血圧の数値が170まで急に上がり、入院となる場合が多いです。このたび、固定給だった芸能事務所を退職し、フリーランスになりました。身体が資本ですから、これまで以上に自分の意思で体調管理をしていくことが要になると思っています。僕は没頭すると、自分の体調の変化に気づきにくいので、常に家族や周りから「顔色が悪いけど、どこかおかしいの」とか「病院に行こう」など、気遣ってもらえる立場にいます。同じように対応してくれるマネージャーのような人が職場にいると、障害を持つ人は働きやすいでしょう。また、仕事の作り方や評価方法、休憩時間も一律にするのではなくて、その人の特性や能力を把握し、特性ごとに達成度や目標を立てていくやり方がいいのではないでしょうか。

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(写真:東日本大震災で発生した津波の流木から作られた「TSUNAMI VIOLIN」での演奏も行っている式町氏。東日本大震災で倒壊した家屋の柱や流木からバイオリンドクター中澤宗幸氏によって製作された「TSUNAMI VIOLIN」。被災地復興の旗印となるよう願いを込めて、魂柱には陸前高田の「奇跡の一本松」の木片が用いられ、裏面にはその姿が描かれている。)

──脳性まひという障害を持ちながら、バイオリニストを目指すのは困難な道のりだったのでは?

 シングルマザーで裕福な家庭ではなかったので、月謝の高いバイオリンを習い続けるのは大変で、母に負担をかけてきました。血のつながらない祖父が自分の家を売って費用を出してくれたこともあります。信頼していた人に、ギャラをすべて持っていかれたこともあります。でも、母と僕はバイオリンで食べていくことを諦めませんでした。
 バイオリンに出合ったのは、4歳のときです。筋肉の力を抜くことが難しく、リハビリのためにと母からバイオリンを勧められました。バイオリンは、身体の一部のようにしっくりきました。たまたま、1回目のレッスンで、まひが出ず、音が出ました。その音色が好きで「これはできる!」と思いました。しかし、そのままレッスンを受けることができず、結局10人以上の先生に指導を断られて、やっと恩師といえる先生に出会いました。10歳のときには、ポップスバイオリニストの中西俊博先生の演奏を聴いて、人を感動させる音を奏でたいと中西先生に猛アタックして教わることになりました。その後、小学校6年生のときに特別支援学級から普通学級に転校し、そこでいじめにあったことで、バイオリンで健常者を見返してやりたいという思いが強くなりました。そこから、「障害を克服したい」とマラソンやボクシングに打ち込んで体力をつけ、車いすから降りて生活するようにもなりました。
 そんな自分が大きく変わることができたのは、2018年にバイオリニストとしてメジャーデビューしたときです。当時、障害を持っていることを公表するか悩みました。車いすを使っていない、バイオリニストとして指も十二分に動くので、誰も障害があるとは気が付きません。それに、公表して "本当に障害者? 障害者のふりをしているのでは"と揶揄され、疑われるのも怖かったのです。複雑でしょう? この気持ち。でも、障害を隠すことは障害を持っている人に対してとても失礼なことです。僕はなんてことをしようとしているのかと気がつきました。悩んだ末、公表する道を選びました。今では「脳性まひのバイオリニスト」という枕詞が気に入っています。
 デビュー後も、しばらくはバイオリンの技巧にこだわって「こんな難度が高いこともできるんだ。どうだ!」というように技を見せつけるように弾いていました。自分の障害を、本当の意味で受け入れていなかったのでしょう。最近は、障害は克服するものではない、「できないことがある」という「弱さ」を認められるようになって、コンサートにいらしたお客さんに楽しんでもらいたいという思いが強くなりました。

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(写真:清水寺にて東日本大震災追悼のコンサート)

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(写真:小中学校で公演活動も行っている)

──障害のある人だけフレキシブルな「特別ルール」とすると、不平等感から職場で「いじめ」や「パワハラ」が起こるのではないかと心配している人もいます。

 健常者は健康であることが当たり前で、他人はおろか、自分の健康もおろそかにしがちです。他にも、普段から他人に気遣ってもらえない孤独や、精神的にゆとりがないことが、いじめやパワハラにつながっているのかもしれません。頑張りすぎて、無理解・不寛容になってしまうのではないでしょうか。健常者の体調も気遣えるような、社員を大切にする職場環境づくりがなされていれば、弱いものいじめはなくなる気がします。
 そう言えるのは、小学校6年生で転校した普通学級で、いじめられた経験があるからです。当時は、車いすを押す補助教師が側にいて、体育の授業は見学扱いでした。他の子からしたら「異質」に映ったのでしょう。手のまひのため、動作も遅く、給食の配膳もゆっくり。特別支援学級では、遅くても「ゆっくりでいいよ」と待ってくれたのに、普通学級では、「迷惑」。無視、持ち物を隠される、心ない言葉を浴びせられるなど、いじめの標的になりました。一人でいじめと戦っていて、"健常者はみな敵"と思うようになっていました。あるとき、バイオリンの師である中西先生から「つらいよね。でも、健常者である僕は君のつらさをわかってあげられない」という言葉をかけてもらい、自分をわかろうとしてくれる人の存在に励まされました。ずっと、健常者と障害者はお互いの立場が違うので、「わかり合えない」と思っていましたが、そうではない、わかろうと努力することこそが大切だと気がつきました。すると、"いじめ加害者にもつらい事情があったのかも"と、相手を許せるようになりました。
 障害のある人もない人も、みんな人間です。傷ついたり、怒ったり、ときには嘘をついたり、騙されたりします。それぞれ 「違い」はあるけれど、相手を知ろう、わかろうという気持ちが大切で、それがあれば、共に働く職場もきっとうまくいくと思います。

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(写真:パラリンピックの聖火ランナーも務めた)

──日本では「共感」と訳されがちな「エンパシー」という言葉があります。英国在住のコラムニスト、ブレイディみかこ氏は、著書『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』の中で「エンパシーとは、湧き上がる感情に判断力を曇らせることなく、意見や関心の合わない他者であっても、その人の感情や経験などを理解しようと、自発的に習得する『能力』のこと」と説明しています。式町さんが語った「障害者と共に作る未来」に必要なのは、エンパシーだといえるでしょう。

式町水晶 しきまちみずき
 1996年北海道生まれ。3歳のときに脳性まひ(小脳低形成)と診断される。リハビリの一環として4歳からバイオリン教室に通い始める。5歳のときに網膜変性症・眼球運動失調・視神経乳頭陥凹拡大(緑内障)が見つかる。8歳のときに世界的奏者、中澤きみ子氏に師事。プロを志す。音楽性の幅を広げるため、ポップスをはじめ、幅広いフィールドで活躍中のバイオリニスト、中西俊博氏に10歳から師事。現在も研鑽をつみながら、コンサート活動と楽曲制作に取り組む。2020東京パラリンピック閉会式にバイオリニストとして出演。

(文/平井明日菜 写真/式町氏提供)


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