どろぶたの生産者 株式会社エルパソ代表 平林 英明さんに聞く 檻を知らない「幸せな豚」をお客様に届けたい【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2020年7月号に掲載されました。

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放牧風景

 私たちがふだん口にする卵、鶏肉、豚肉、牛肉。それらの家畜が最終的に食品になるまで、「幸福であったか」――。欧米を中心とする消費者の購買基準の1つに、このアニマルウェルフェア(動物福祉。以下AW)があります。「Wel-fare」の"Wel"には「満たされて」、"fare"には「生きる」という意味があり、「人も動物も満たされて生きる」ということになります。早くからこの精神にのっとり、北海道幕別町の30haという雄大な土地で豚の放牧をする平林英明さんに、ご自身の考えるAWについてお聞きします。

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平林さん

―世界動物保健機関(OIE)が2005年に「世界家畜福祉基準」を策定したことにより、AWの考えはEUをはじめ欧米で広まっています。オリンピック・パラリンピックでもロンドン大会以降、AW食品の提供が当たり前になっています。延期が決まった東京オリンピック・パラリンピックでは、選手村や競技会場で提供することになっている畜産物がAW基準を満たしていないとして、海外のメダリストたちが改善を求める声明を出していました。

EUでは農家がAW畜産に転換する際には補助金を出して推奨していますし、法的にも採卵鶏のゲージ飼育を禁止したり、繁殖雌豚の檻(ストール)飼育を禁止したり しています。このようにして、平飼いや放牧の食品がブランド化され、市場で受け入れられているのです。
平飼いや放牧は家畜にとって「自由で満たされた」飼育です。ストレスが少ないので免疫力が高くなり、抗生物質や薬の使用 を抑えることができます。結果的に安全で美味しい食品を消費者は手に入れることができるというわけです。
しかし、日本ではまだまだ浸透していません。生産効率で考えれば、少ない面積でたくさんの豚を密飼いし、費用対効果がある体重120キロ、6カ月(180日)齢で出荷するのがベストとされています。日本はまだ経済中心の考えから脱却できていないのでしょう。ただ、どんな飼料で育った家畜なのか、どんな飼育方法をされているのかを消費者が知り、どんな社会にしていきたいか考えて食べ物を選ぶようになると、生産者も変わると思います。

―AWが提唱されるようになった背景の1つに、2000年初頭に社会問題になったBSE(牛海綿状脳症)がありました。集約的畜産の弊害として、家畜の病気と薬品の多用、環境汚染の問題が深刻になり、人の健康への影響や食品安全性、畜産物の品質に対して疑問の声が上がったことで、経済効率優先の畜産は見直され、AWが浸透したと聞きます。平林さんが放牧を始めたきっかけは?

私は、2000年に放牧による養豚業を始めました。そのきっかけは、1973年に喫茶店を始めてから、徐々にソーセージや生ハム、ビールの製造と事業を展開してきていて、あるとき、サラミを作っていてふと思ったからです。「この豚はどこで、どうやって育ったのだろう」と。調べてみると、光も入らないような建物の中で、身動きがとれないような狭い檻に押し込められて飼育されていました。さらに、走り回ることで尻尾をかじり合って病気が発生しやすく なってしまうので、その予防として、尾を切るという処置をしていました(切断はフィンランド、スウェーデン、ノルウェーでは禁止)。このような飼い方が日本では一般的であることに愕然とし、自分で放牧を始めようと思ったのです。ちなみに、放牧すると尾をかじる行為はみられないので、私のところではくるんと丸まった豚特有のかわいい尻尾は残しています。
牧場の広さは約30haで、1,000頭ほどの豚を飼育し、繁殖から肥育まで一貫経営をしています。牧場に併設された工場で養豚から枝肉・整形・加工・出荷まで全て自社で行います。
子豚の間は子豚専用の豚舎で飼育しますが、生後100日を超えたくらいから放牧場へ移動させます。夏は暑く、冬はマイナス30度にもなる十勝平野でたくましく育っていきます。食べ物は、北海道産の有機配合飼料に加えて、大豆、カボチャ、草の根、 木の実などです。水は自然の川の水と井戸の水を与えています。こうして8カ月齢、180キロまで肥育します。
豚を観察していると、とても好奇心が旺盛だとわかります。新しい人やものを見つけると鼻を押し付けて匂いをかぎ、その感触を確かめます。よく牧場見学の人に「人なつっこい豚ですね」と驚かれます。たくさんの豚が周りに集まってきて、「豚に食べられる」と見学者をドギマギさせることもあります。うちの豚はみんな泥遊びが好きなので、「どろぶた」という名前でブランド化しています。この泥遊びにはきちんと意味があって、豚は自分で体温調節ができないので、泥を浴びて身体の表面の熱を下げるんです。泥は水よりも蒸発しにくく、冷却効果が長いのを知っているのです。それに、泥浴びにはハエや寄生虫を寄せ付けない効果もあります。そして太陽の光を浴び、自然と身体を殺菌しているのです。
豚たちはどうやったら自分たちが清潔で健康に過ごせるかわかっているようで、土や木の根、ササ、ときには炭を食べてミネラルを補給します。炭を好むことに当初は 私もびっくりしましたが、調べてみると炭には胃の働きを整えるほか、消臭、殺菌といった多様な効果があるようです。こうして大自然の中で育った豚たちはオレイン酸含有率45%以上という一般の豚に比べて高い数値を維持しています。オレイン酸は不飽和脂肪酸に属し、旨み成分の素と言われている成分で、その数値が高いほど良いとされています。

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自家製サラミ

―2018年9月、岐阜県の養豚場で国内では26年ぶりに豚コレラ(CSF、または豚熱)が発生。被害は今年1月に感染が確認された沖縄を含め、14府県に広がりました(2020年4月現在)。政府がワクチン投与の決断をするまでの間に健康な豚を含めて約13万頭以上が殺処分されました。豚コレラの影響はどうでしたか?

たくさんの豚が殺処分されたのは悲しいことです。豚コレラにはワクチンがありましたが、それをすぐに打たずに全頭殺処分するというニュースに胸を痛めました。人間が病気になったらまず治してあげることを第一に考えますよね。動物の命も、同じように扱ってほしいです。
幸運なことに私たちのところでは豚コレラの影響はありませんでした。北海道という土地柄のおかげでしょう。豚コレラについてはイノシシが媒介すると言われていますが、北海道にはイノシシがいないので、人間が牧場に持ち込まないかぎりは心配がないのです。また、豚肉の風評被害も問題になりましたが、これも影響がありませんでした。
というのも、私たちが肉や加工品を提供しているのは、自分たちで販路を開拓した レストランや食品会社。信頼関係も構築さ れているし、肉の安全性について聞かれたら説明することができるからです。
自分たちで販路を開拓した理由は、放牧であるがゆえの悩みからでした。放牧では、 夏と冬で豚の運動量が変わります。それに合わせて餌の量も変えるので、脂ののり方が変化します。個体によって成長や肉質にも差があります。日本では均一でない肉の扱いを市場が嫌うので、安く買い叩かれてしまいます。一方で、放牧という飼育に価値を感じて扱いたいと言ってくれるレストランもあります。

―近年は、アフリカ豚コレラ(ASF、またはアフリカ豚熱)の心配もあります。国産豚は生産量も消費量も減っていて、これからますます国内養豚は厳しくなりそうですが、そんな中で放牧という飼い方に活路はありますか?

値段や肉質だけで豚肉を評価するのではなく、放牧という飼育方法に価値を感じてくれる人はいると思います。ストレスを減らして豚の免疫力を高めること、清潔で快適な環境を整えることは感染予防になります。逆に言うと、病気発生のリスクが高くなる密飼いや閉鎖的な施設での飼育をやめて、広々とした飼育環境で家畜を育てることは、抗生物質などの薬に頼らない畜産へとつながります。
放牧にはコストがかかりますが、人間や環境にとっても、そして動物にとっても「良いもの」を作りたいという視点で、私は放牧に取り組んでいます。大きな需要は望めなくても、放牧豚が欲しいという人は必ずいますので、しっかりとアプローチし、ルートを作っていけば商売は成り立ちます。2018年に新たにドイツのシュヴェービッシュ・ハル村から希少銘柄豚を6頭、生体輸入しました。農林水産省やドイツ大使館などに掛け合って、5年越しで夢を叶えました。シュヴェービッシュ・ハル豚は放牧に適した豚とされ、EUの「地理的表示(GI)保護制度※」の対象になっているブランド豚です。
※地理的表示保護制度:気候・風土・土壌といった生産地の特性や伝統的な生産方法を生かして高い品質や社会的評価などを確立した産品の名称を知的財産として保護する制度。例:神戸ビーフや市田柿など。https://www.maff.go.jp/j/heya/sodan/1902/01.html

現在は繁殖により60頭ほどに増え、牧場はとても賑やかです。「どろぶた」よりも長い9~10カ月齢、160キロくらいまで肥育するつもりです。卸価格は和牛以上になると予想しており、5年後を目処に出荷・販売予定です。先日、ドイツから食糧・農業省副大臣やドイツ大使館の参事官ら多数の皆さんがシュヴェービッシュ・ハル豚の視察にいらしてくださいました。
これから目指しているのは、この豚の出身地のシュヴェービッシュ・ハル村のような村です。そこでは放牧養豚を中心とした1つの文化があります。そのような形を北海道の地に作っていきたいと思っています。
(文/平井明日菜 写真/(株)エルパソ提供)

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カボチャも食べます


株式会社エルパソ
本社所在地
〒089-1725 北海道中川郡幕別町忠類中当45番地1 http://elpaso.jp/about.html


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