伝統を守りつつ生まれ変わる箱根・富士屋ホテル 総支配人 溝田 正憲さんに聞く富士屋流おもてなし【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2020年8月号に掲載されました。

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箱根・宮ノ下にある富士屋ホテルは1878年創業の日本有数の老舗リゾートホテルで、本館や花御殿などは国の文化財にもなっています。2018年から耐震補強と改修工事のため一部を除いて休業していましたが、創業142年目の記念日にあたる2020年7月15日に晴れてグランドオープンを迎えました。今回の工事では建物を改修するだけでなく、富士屋流おもてなしへの「原点回帰」を目指したとのこと。新たな舞台で生まれ変わる富士屋ホテルについて、総支配人の溝田正憲さんに伺いました。


―― 国の登録有形文化財であるホテルを修復するのは、費用だけでなく、将来にわたる維持・管理費の負担が大きいと思われますが、今回、改修となった経緯は。

明治初期に箱根・宮ノ下で創業した富士屋ホテルは、本館などの建物4棟を含めて6施設が国の登録有形文化財になっています。しかし、明治時代から使われている建物もあり、ここへきて耐震という問題が出てきました。加えて、昔の造りです。壁も薄く気密性も低く、隣部屋の音や上層階の音が気になるといった現代にそぐわない部分もありました。建物に限界がきていると感じて、お客様と従業員の安心安全を優先し、耐震補強して改修という決断に至りました。既存の建物を取り壊して、設備が整った最新鋭のホテルを建てるという選択肢もありましたが、富士屋ホテルの約140年の歴史はあの建物があってこそだと思っています。この建物は長い歴史の中で多くの人に愛されてきたものですし、宮ノ下地域のシンボル的存在でもあります。
それに、もはや古いものを壊して新しいものを作る「スクラップアンドビルド」の時代ではなく、「今あるものをどう生かすか」という持続可能な開発やリノベーション・リフォームの考え方が主流になっていますので、「本館」「西洋館」「花御殿」そして「フォレスト館」の4棟すべての改修に踏み切りました。

―― 改修工事前と後で大きく変わったところは?

ワンランク上のホテルを目指して一部客室の面積を広げました。それに伴い総客室数は改修前の148室から120室に減ります。本館については、昭和40年以前の場所にフロントカウンターを移設・復原し、ラウンジにオーシャンビューパーラーを復刻させました。1906年築の西洋館は、工事の過程で創建当時と思われる漆喰壁の色が判明したので、一部の客室ではその色を忠実に再現しています。
建物以外では、スプリング系のベッドは産業廃棄物になるので採用しませんでした。ここ10年ほど続けていた朝食バイキングも食品ロスが多いことから廃止にしました。バイキングは手間が少なく人件費が かからないので、ホテル側にもメリットがありましたが、ゴミを少なくするなど環境に配慮した、国連の提唱するSDGsにホテルが先頭を切って取り組んでいく時代にきています。昨年には、神奈川県が推進している『かながわプラゴミゼロ宣言』の賛同 企業に登録され、神奈川県知事より登録証が贈られました。

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――一部の外国人向けホテルから、時代を経て、今では日本の方も利用できるリゾートホテルへと変化してきましたね。

はい。富士屋ホテルは明治時代に外国人向けの高級ホテルとして創業しました。戦後の米軍による接収を経て、時代とともに 変化してきました。ホテルの顔と言えるロビーですが、当ホテルのロビーは静かで落ち着いた空間で評判が高いものでした。お客様も、その雰囲気を大変楽しんでいらっしゃったと思います。
私が入社したのは昭和61年ですが、当時は「○○様がロビーで新聞をお読みになっているので、お茶を出して差し上げなさい」というような会話が当たり前のよう に交わされていました。もちろん、料金をいただくようなことはいたしません。
当社は、ホテルのほかにゴルフコースを所有しておりますが、当時はバブル景気の影響もあって空前のゴルフブームでした。ゴルフ場の収入はホテルの収入に匹敵するほどでした。そのお陰もあって、お客様には手厚いサービスをご提供することができたのです。
それが、バブル崩壊により一転しました。もうゴルフ場の収入に頼ることはできません。ホテルを運営していくにあたり、難しい舵取りをすることになりました。
そこで、宿泊価格を抑えて団体のお客様を呼び込もうという方針になりました。すると、ロビーは一度にたくさんいらっしゃるお客様のチェックイン対応で混雑するようになり、ゆっくりくつろげる雰囲気ではなくなってしまったのです。
富士屋ホテルの社是は「至誠」です。「まごころ」とも言い換えられますが、心をつくしたおもてなしをして、ゆっくりと過ごしていただける空間を取り戻すべく、リニューアルすることとなりました。

――リニューアル後の一番のこだわりは?

最近、都市部では、自前で食事提供をしないホテルが増えてきています。レストランやバーを担当する料飲部門を持たず、外部からテナントを入れてその家賃で経営しているようなところです。
しかし、当ホテルはリゾートホテルとしての誇りがあります。ホテルが宮ノ下に誕生した当時は、ホテルまで通じる道がなかったので、当時の経営者が私財を投じて道を切り開くなどしてお客様にお越しいただいておりました。そのような環境なので、足を運んでくださったお客様のために、ホテルのレストランでは美味しさを追求し、長期滞在しても飽きさせないメニューを提供すべく、料理人たちは鍛錬を重ねておりました。この精神は今も引き継がれており、厨房で働くスタッフのために、海外研修や料理コンクールなども積極的に行っています。

―― これからも受け継がれていく富士屋ホテル流のおもてなしとは?

お客様をよく見て、「察する」ことの大事さを従業員に教育しています。例えば、コーヒーのおかわりを入れにいくタイミングです。外資系のホテルチェーンなどでは、「斜め45度の位置から見て、お客様のカップにコーヒーが見えなくなったら注ぐ」と教えています。これはマニュアル化されているサービスで、国籍や文化が違う従業員にわかりやすい教え方です。しかし、富士屋流はそうではありません。お客様の様子を観察して、注ぐべきかそうでないか判断する、「察する」という謂わば日本流のコミュニケーションを伴ったおもてなしです。他にも「察する」例を言えば、連泊の方を把握し、前日とは異なるメニューをお出しするのは基本中の基本ですが、長期滞在で毎日フランス料理を食べていると、お客様の中には飽きてしまう方もいらっしゃいます。そういった方には、事前に要望をお聞きして、メニューにないものをお出しすることがあります。「魚の塩焼き」とか「湯豆腐」が食べたいというお客様もいらっしゃいました。
このようなマニュアルがない接客方法について、若い従業員から「同じお客様なのに差別にならないか」とか、「要望をどこまで聞くかの線引きがわからない」と言われることがあります。確かに難しいところですが、私たちが提供する食事やサービスはあくまでも仕事でありビジネスで、無料のボランティアではないのです。お客様から私たちのサービスに対して対価をもらっていることを念頭に置いて、その範囲内でできることをすべきなのです。他にも、親子3世代にわたって長くご利用いた だいてきたホテルですので、これまで通り お子様連れの方にも配慮しています。お子様の年齢などに応じてメインダイニングでのお食事を個室対応にしたり、もう少し気軽に食事できるカスケードというレストランに席をご用意したりもできます。
思い返せば、私も先輩方から「それは度を越したサービスだ」と注意された苦い思い出があります。言葉で伝えようとしてもうまく伝わらない「富士屋のおもてなしの真髄」というのは、日々、お客様とのやりとりを通して、先輩から後輩へと引き継がれていきます。

―― 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、4月16日には全国に緊急事態宣言が発令され、多くの人が移動や旅行を自粛。温泉街や観光地が危機に立たされました。

箱根も例外ではなく、大型連休を含めて観光客数が激減しました。グランドオープンを見込んで従業員を採用していましたし、オープン後は、外国人の方の来訪を予想していただけに、まさかという思いが大きく、大変な痛手でした。ギリギリまでオープン時期について社内で検討を重ねました。ホテルの公式インスタグラムなどを通じて、お客様のオープンを心待ちにしているとの声がある一方、宿泊予約をキャンセルなさるお客様もいます。箱根に観光客が戻ってくるまでには、まだ時間がかかりそうです。しかし、だからこそ、来ていただいたお客様に普段よりきめ細かなサービスを提供し、おもてなしに磨きをかける機会と捉え、この危機を乗り越えてまいります。これからも諸先輩が築いてきた富士屋流おもてなしを未来に繋げていきつつ、環境や時代の変化にも対応した世界基準を併せ持つホテルとして、ここ宮ノ下で地域とともに発展していくよう努力を続けていきたいと考えています。

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富士屋ホテル株式会社
1878年日本初の本格的リゾートホテルとして箱根に開業。約2万5,000平方メートルという広大な敷地を有し、敷地には和洋折衷の独特な建築群があり、本館を含めて6施設が国の登録有形文化財に指定されている。1946年に払い下げられた別館 旧御用邸 菊華荘は、現在レストランとなっている。

〒250-0404 神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下359 https://www.fujiyahotel.jp/

(文/平井明日菜 写真/富士屋ホテル株式会社提供)


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