NPO法人 GEWEL(ジュエル)に聞く 「D&I」経営で中小企業が抱えている問題の9割は解決できる【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2022年8月号に掲載されました。

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(写真 川﨑さん(左)・小嶋さん(右))

 「D&I」はダイバーシティとインクルージョンを組み合わせた概念で、「多様性を認め、受け入れ、活かすこと」という意味合いです。性別や国籍、障害のあるなしや価値観など様々な属性の人々を雇用し、そうした人々がより成果を発揮できるような取り組みを推進することをD&I経営といい、昨今注目されています。NPO法人GEWEL(ジュエル)の代表理事の小嶋美代子さんと理事の川﨑昌さんにD&I経営についてお話を伺いました。

──昨今、様々な調査の結果が「D&I経営によって企業の業績、会社満足度、職場の人間関係の満足度も高くなる」と物語っています。そもそも、D&I経営が叫ばれるようになった背景は?

小嶋:D&I経営という考え方は、1990年代にアメリカで広まり、その後、日本社会に広まりました。日本では、国際的な比較の中で女性の活躍度が低かった時代に女性にスポットを当て、女性活躍を中心に進められてきました。最近では、女性だけでなく、国籍の異なる人、性的マイノリティなど、多様なバックグラウンドを持つ人の雇用と定着に向けて企業が活動するという視点で広がりを見せています。背景には、少子化による労働力人口の減少もあります。
 「GEWEL」は企業で働く女性たちが自分たちをエンパワーするために2003年に設立された組織です。能力があっても一定の職位以上には出世させない、いわゆる"ガラスの天井"に課題を感じた女性たちが中心となり、女性が企業等で責任のある地位に就き、その能力を十分に発揮できるような組織を構築し、応援するために作られました。独自に「働く女性の意識調査」を行いながら、女性リーダー育成研修、管理職の意識啓発などの活動をしてきました。「Global Enhancement of Women's Executive Leadership」の頭文字を取った「GEWEL」という名前には、女性が宝石のように輝くための助力となりたいという思いが込められていました。次第に、ダイバーシティ経営、さらに地域社会にも活動の幅を広げ、現在は「Global(グローバルな視点で)Engagement(主体性をもって関わり)Wellbeing(心身ともに良好な状態で)Excellence(卓越した価値を発揮する)Leadership(リーダシップ)」のGEWELとして、女性に限らず、あらゆる立場の人が働きやすく、その能力を活かせる組織・社会の実現に向けて、D&I理解促進・人材育成活動を行っています。具体的な活動は、D&Iに関する情報発信、D&I推進コンサルティング(調査、研修など)、交流の場づくりなどです。

──コロナ禍でリモートワークなど多様な働き方・価値観が重視されました。18~24歳の若い世代にも、企業規模にかかわらず、D&Iに積極的な企業が支持されていますか。

小嶋:就職や働き方に関する価値観は時代とともに大きく変化しています。今の若者は、D&Iという言葉は知らなくても、雇用形態や職場環境に多様性を求めています。D&Iに消極的で変化しようとしない企業にはネガティブなイメージを抱きやすいでしょう。D&Iに理解がない職場では、社員の意思が「わがまま」とみなされがちで、尊重されにくいばかりか、パワハラ、マタハラ、パタハラなどのハラスメントが存在する可能性も高まります。
 D&I経営に本格的に取り組まないと、企業は新卒採用が困難で、もし採用できても人材が定着しません。他にも、商品は良くても女性の管理職が一定数いないからという理由で、D&I経営の基準を満たしていないと判断され、取引してもらえないということもあります。D&Iに取り組んでいるか否かということは、世界的な評価基準となっています。
川﨑:私は大学で学生を指導する立場にもありますが、日々、学生と接していて思うことは、D&Iに消極的でいると、新卒者からも取引先からも相手にされないほどの状況だということです。しかし、「D&Iって何だろう?」「何から始めたらいいの?」という疑問がある方は多いと思います。

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 当団体の2021年9~10月の調査によると、「ダイバーシティ」という用語の認知度は、59%(対象:首都圏の会社員)で、2008年の調査の52%からあまり変化していないことがわかりました(図1)。また、「多様性教育を受けたことがある人」の割合はたった14%です(図2)。にもかかわらず、自分なりに多様性社会に向けて取り組んでいると答えた人が一定数いました。逆に教育を受けても、ダイバーシティに向けて具体的に行動ができていないという人もいました。
 この結果は、一体どういうことなのか。性別、世代別で回答に違いがあるのか、多様性教育には意味がないのか、などなど、今回の調査結果をもとに、多様な視点を持つ人たちとデータを読み解く意見交換の場(ダイバーシティ道場)を、当団体で開催しています。ひと昔前は、大企業の社長室にいる人や組織のトップクラスの人たちが、D&Iの観点から会社の仕組みをイチから作るために、研修を受けにきました。しかし今は、多様な立場の人が参加し、学生の姿もあります。世代や立場を超えた人たちとディスカッションを重ねることは、自分の中のアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)や、多様性への理解を深める絶好の機会になります。どなたでも研修に参加できますので、ぜひ足を運んでみてください。

──D&I推進が遅れがちと言われる中小企業ですが、中小企業にできることは?

川﨑:社内の文化や考え方を変えていくことが必要不可欠です。社長自らメッセージを発信し、D&Iの風土を作ること、それが経営者の大事な役割となってきます。経営者やマネジメント層の方は、男性従業員を中心とした組織の長時間労働によって成功してきたという、過去の「成功体験」にとらわれがちですが、それを捨てることをお勧めします。組織内で意思決定を担う人や最も変化を起こしやすい地位にいる人々が、D&Iに抵抗感を抱いていては、D&I経営が進みません。
 日本は高度経済成長期から、同じ価値観を持つ人たちと長期的に働くことを前提とした会社組織を作ってきました。企業が急速に成長していくためには効果があったかもしれませんが、このような同質性を重視する「日本型雇用」は、多様性重視の時代合わなくなってきています。多様性に不寛容な職場は、女性の上司、年下の上司の活躍の機会や、外国人などの多様な人材の活用を妨げるだけでなく、企業にとっての大きなリスクだという認識が必要です。

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小嶋:D&I経営とは、これをやれば完璧という決まったものがあるわけではなく、業種や会社の実情に合わせてそれぞれの形で進めていくものです。そういった中で、中小企業が持ち合わせている「小回りの良さ」を強みとして考えていくといいと思います。
 中小企業の強みは、経営者が現場を把握しやすく、社員との距離が近いことです。社員の状況に合わせた取り組みを、スピード感を持って行えます。大企業は制度や仕組みを整えることでイノベーションを起こしていきますが、中小企業はトップの判断次第で、多くの制度を作ることよりも先に「実例」を出していくことができます。
 中小企業の経営者の方は、待ったなしの状況下、その場その場の「個別対応」で乗り切ってきた経験がおありでしょう。例えば、ある部下が出張するには子どもの面倒を見る人が必要だと言われた場合などです。前例や仕組みはないけれど、出張中のベビーシッター代の何割かを会社が負担することにしたら、これはD&Iの実例です。他にも、介護休業、在宅ワークの希望、残業・転勤の柔軟な対応、部署の異動など、社員一人ひとりの事情に合わせた働き方を実現できるように対処できたなら、それはもうD&I経営と呼べます。これをもっと加速しようということです。自分のライフスタイルに合わせて仕事ができるのですから、生産性も上がり、離職も防ぐことができます。ですから、D&I経営をしていれば、中小企業が抱えている人事的な課題の9割はクリアできると思っています。

──社員のニーズを拾うため、例えば「1年に2回の個別面談を行う」とするのは効果的ですか?

小嶋:面談の回数は決めない方がいいですね。従業員数が多い企業は平等性を求めますので数字を決めないといけませんが、中小企業であれば、必要なとき、何度でも面談を行い、要望を聞く方がいいでしょう。
 会議において、様々な意見を出しやすい雰囲気を作ることも大事です。決まった顔ぶれの人たちだけでなく、異なる部署、異なる世代の人などを交えて会議をするといいですね。ここで大事なのは、ただ従業員を参加させるだけではだめだということです。自由に意見を出してもらうと、創造的な意見が出ます。対立・矛盾する意見もあるでしょうが、対話する中でイノベーションが起こる可能性が高まります。異なる価値観やバックグラウンドを持つ人材の意見によって、相乗効果が発揮され、より組織力が強化されると言われています。
 先ほども言ったとおり、これをしたら会社で人事的な課題がなくなるというものではありません。時代や、従業員一人ひとりの生活の変化によって新しい課題がどんどん生まれてきます。ですから、常に大事になるのは、組織に属する全ての人が生き生きと働ける職場づくりを目指すというD&Iを忘れず、従業員の声に耳を傾け、つど対応していくことです。これは企業規模に関係ありません。

NPO法人GEWEL
〒103-0014 東京都中央区日本橋蛎殻町 1-24-4 井川ビル 2F
URL: http://www.gewel.org
E-mail: office@gewel.org

(文・写真/平井明日菜)


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