放牧牛を育てる長崎牧場さんに聞く コロナ禍でもめげないSDGs型地域ブランドづくり【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2022年9月号に掲載されました。

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 コロナ禍でインバウンドが見込めず、外食産業は苦しい状況に置かれています。では個人消費はというと、ウクライナ情勢や円安の影響などによる物価の高騰もあり、鶏肉、豚肉の消費は増加している一方で、特に高級和牛の消費は不振です。神奈川県で唯一、牛の放牧に取り組む長崎牧場の長崎光次さんに、神奈川県西エリアの食肉卸業者、小売業者などとの横のつながりを大事にすることで、コロナ禍にも負けない地域に根差す、地域ブランドづくりについて聞きました。

 神奈川県南足柄市は、昔話「金太郎」にゆかりのある土地の一つです。かつて人と動物が豊かに暮らした森の山間に、長崎光次さんが経営する牧場があります。手前に牛舎があり、その奥の小高くなったところに放牧場が広がります。牛たちは、広葉樹の下で休んだり、長崎さんを追いかけたりと、放牧場で思いのままに過ごしています。牛たちは、牛舎と放牧場とを1ヶ月単位でローテーションして過ごします。体の基礎ができあがる生育期に放牧することで、病気に強い牛になります。
 放牧の他にも、牛のために行うことがあります。毎朝、牛舎の手前にある釜に薪をくべて、コメ・ムギを入れて炊きます。大人4、5人が入れるくらいの大きな釜から湯気が立ち込めます。牛のためのご飯作りです。
 「ふつう、やらない作業でしょうね。水分が多いエサは、それ自体で管理が難しくなりますし、真夏に煮炊きする作業は暑くて体力を消耗します。それでも、牛のためには欠かせません。水分があるエサは食べやすいし、消化にもよいです」
 愛情をたっぷり受けた牛たちは、放牧場で活発に動き回ることもあり、長崎さんが作ったこれらのエサをぺろっと食べてくれると言います。高タンパクですが味が"薄い"とされるオカラやムギ、コメの食いつきもよく、多くの牛たちにとっては"珍しい"はずのビール工場から出たビール粕、地元の老舗酒蔵の酒粕などといった、地産地消型のエサも食べています。

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肝となる牛のエサづくりの様子。地元産の酒粕やビール粕も使って作っている

つながりこそ、 他に負けない強み

 コロナ禍前は、牛肉の国内消費の3割は外食産業が占めていました。その外食産業の要である焼肉店の2021年の売上は、コロナ禍前の19年に比べ、22.5%も減少。 22年に入って、売上増に転じましたが、それでも外食全体での牛肉需要は長期にわたって減少しています(一般社団法人日本フードサービス協会調査の報告より)。
 「うちがよかったのは、輸出してなかったことです。もちろん、輸出できるほど出荷の量はありませんが...。牛の飼料は輸入に頼っているところがほとんどで、エサは高騰するのに、肉は海外に出ていかないのでは成り立ちません。私は、地元の食肉業者と長年にわたってタッグを組んできたことや地元の外食産業のお店とのつながりを重視してきました」と、神奈川県西エリアの食肉卸業者、小売業者などとの横のつながりを大事にすることで、助かったと言います。
 これまでも幾度となく牛肉産業を取り巻く環境は窮地に立たされてきました。1991年には牛肉の輸入自由化が開始され、価格競争に見舞われました。その後も、BSE、東日本大震災に端を発する原発事故の影響、仔牛価格の高騰、コロナ禍の消費低迷、ロシアとウクライナの戦争による飼料の高騰など、牛の生産農家を取り巻く環境は厳しく、枚挙にいとまがありません。
 長崎さんが地元企業との関係を重視したきっかけは、2001年のBSE騒動でした。当時、長崎さんは横浜の食肉卸の会社で働いていました。そこで見たものは、牛が二束三文で買い叩かれていく光景でした。そのなかに、父が手塩にかけて育てた牛もいました。
 「悲しかった。2年も愛情をかけて育てた牛です。そこからですね、ちゃんと評価されたい、理解のある問屋と付き合いたいと思うようになったのは」
 この経験から、小売販売もする地元の食肉卸会社の「中川食肉株式会社」にのみ、相州牛を卸すようになりました。もともと、中川食肉さんとの関わりは長く、長崎さんの祖父の代からの付き合いでした。かつて中川食肉さんが全国で唯一、個人でと畜場を運営していたのですが、その頃から食肉業の技術を学ばせてもらっていたそうです。"市場できちんと評価されたい"という長崎さんの思いを受け止め、中川食肉さんと、「相州牛推進協議会」を立ち上げました。そして、神奈川県の農林水産物や加工品を「かながわブランド」として商標登録する取り組みに注目。長崎さんの育てる交雑種を「相州牛」、黒毛和牛を「相州和牛」として、地域ブランド化することに挑戦しました。小売販売店、飲食店も力を合わせて販売や販促活動をし、相州牛推進協議会が一丸となってブランディングをした結果、2015年にかながわブランドに認定されました。しかし、商標を取ったことよりも、相州牛推進協議会として様々な企業やお店とのつながりができたことが、相州牛が他に負けない強みになりました。
 「2011年に起こった東日本大地震では、放射能セシウムで稲ワラが汚染され大ニュースになりました。当時は、茨城の稲ワラを仕入れていたので、急遽、名古屋から仕入れました。飼料が肉質に大きな影響を与えるので、飼料設計が繁殖農家にとって要です。エサの産地や食べさせるものが変わり、私が思い描く肉の味にならないんです。そんな辛い状況が半年も続きました。そんななかでも、中川食肉さんは、うちの肉を買い続けてくれました。それだけでなく、顧客である地元レストランや焼肉店にちゃんとうちの今の状況を説明して、"みんなで支えよう"と声をかけてくれたのを忘れません。その思いに応えるためにも、いいものを作り続けるしかないです。規模は拡大しません。昔は今よりもっと多くの牛を飼っていました。減らして、500頭になりました。私一人で責任を持って牛を世話でき、質を管理できるのは、今くらいの規模がちょうどいい」(長崎さん)。
 わざわざ時間とお金をかけて商標を取った理由もそれでした。生産者として、相州牛の質に責任を持ちたいからです。他の銘柄牛は、たとえば、神戸牛の指定肥育農家は306戸あるとされています(平成25年神戸肉流通推進協議会活動報告書より)。最終的な肉の仕上げの段階で足並みを揃えることはあっても、複数の生産者がいれば飼い方は異なり、肉質に一貫性が持てないと長崎さんは考えています。他方、相州牛の生産者は長崎さんしかいないため、生後2ヶ月の子牛を南足柄市の牧場で生後30ヶ月まで、一貫した肥育方法で出荷することができます。そうすることで肉質のばらつきが出ないと言います。
 長崎牧場の飼育数は、約500頭です。2種類の銘柄の牛がいて、黒毛和牛の雄とホルスタインの雌を掛け合わせた「相州牛」が400頭、雄雌ともに黒毛和牛の「相州和牛」が100頭です。出荷数は、相州牛は8頭/月で、相州和牛は2頭/月。市場に出回る量の少なさと、肉質の高い評価に後押しされて、なかなか手に入らない「幻の牛」とされています。

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きれいにサシの入った牛肉は数々の賞を受賞している

牛と環境問題

 牛といえば、近年は、地球温暖化と切っても切り離せない存在です。温暖化の原因の一つであるメタンガスを牛が発生させると、海外では牛の不買運動などが起こっています。
 「温暖化は深刻な問題で、誰もが取り組んでいかなくてはいけない課題ですが......」という前置きのあと、長崎さんは空に目をやりました。「なんというか、その言い方は、この子たちだけが悪者にされているなと感じます。牛は、稲ワラや牧草を食べて体を大きくすることができますし、ビール粕やオカラなどの食品を製造する際にできる副産物や食品残さも食べてくれています。言ってみれば、人間の後始末のようなことをしているのです」と続けました。そんなふうに長崎さんが思うようになったのには、以前、こんな提案があったからだと言います。近隣の自治体の、海岸に打ち上げられた海藻を牛のエサに使ってほしいという要望でした。
 「わざわざ牛のために海藻を養殖するという話ではなく、処理に困っているものを牛が食べる。それで牛は成長でき、環境にもいい」と長崎さんは思いました。しかし、いざ取り組んでみようとしたところ、海藻に釣り針や釣り糸、プラスチックなどのゴミが絡まっていました。結局、ゴミを一つひとつ取り除くのは現実的ではないと、牛に食べさせることは叶いませんでした。
 近年、農林水産省は、外国産の輸入飼料に過度に依存することなく、国産飼料を使った畜産経営の普及に向け、飼料自給率のアップを目指しています。その手段の一つとして食品残さなどの「エコフィード」の利用を推奨しています。
 実は、長崎さんの祖父の代から、地元の豆腐屋から出るオカラ、隣のビール工場から出るビール粕をエサに混ぜていました。ただ、近年、どちらの工場も閉鎖となり、県内のほかの地域からの仕入れを余儀なくされています。地元のもので賄いたくても、そうできない現実があります。
 そんななかでも、長崎さんは前向きです。去年からは、相州牛の堆肥から日本酒を作る、循環型農業の仕組みづくりに着手しました。隣町にある酒蔵と、農産物の生産や農業コンサルを行う株式会社に協力してもらい、堆肥を入れた田んぼを耕し、秋に酒米を収穫して、日本酒を仕込みました。その過程でできた酒粕と稲ワラは、相州牛がまるごと食べて、また堆肥にするという循環のプロジェクトです。
 「まだ実験段階です。酒粕は発酵食品なので、タンパク質などを多く含みます。それが肉質にどのように影響を与えるかを調査するため、飼料屋さん、食肉卸屋さんなど関係者で試食会を開き、自分の理想とする相州牛の設計に努めています。地域の循環のなかにあるものでエサが自給できることが理想ですね」。
 地元に根差し、臨機応変な小さな畜産業だからこそ、困難な時代でも生き残る柔軟さと底力があるように感じました。

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よい環境でのびのび暮らしている相州牛

長崎牧場 ながさきぼくじょう
神奈川県南足柄市竹松913
神奈川県南足柄市怒田2476(牧場)
TEL 0465−74−0459 FAX 0465−74−2497
URL https://www.soshugyu.com
「相州牛」「相州和牛」のブランド銘柄を持つ。「相州牛」は第34回横浜食肉市場ミート・フェア(2022年)にて「交雑種の部」最優秀賞受賞。受賞牛はセリで3510円/kgの過去最高値が付いた。
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(文/平井明日菜 写真/提供:相州牛推進協議会/BREW STUDIO,Inc.)


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