角田弁護士に聞く 企業成長を阻害するハラスメントと無縁の職場づくりとは【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2022年11月号に掲載されました。

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 12月は「職場のハラスメント撲滅月間」です。労働者が気持ちよく働き、能力を発揮できる環境を整えることは企業責務であり、企業成長のためにも労働者の生産性を下げるハラスメント撲滅は不可欠です。特に「性的嫌がらせ」と言われるセクシュアルハラスメントは、企業の社会的評価を落とすだけでなく、ESG(環境・社会・企業統治)投資の観点からも大きなリスクです。今回はセクシュアルハラスメントの企業リスクと、どうしたら職場からなくすことができるのか、日本で初めてセクシュアルハラスメント被害をめぐって争った民事裁判で代理人を務めた角田由紀子(つのだゆきこ)弁護士にお話を聞きました。

 ビジネスを取り巻く環境は、日々変化しています。2022年4月より中小企業でもハラスメント防止措置が義務化されました。同時に、男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法においても、セクシュアルハラスメントや妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントに係る規定が一部改正され、防止対策の強化が図られています。
 こうした時代の変化に迅速に対応できる企業は、労働力不足の時代に優秀な人材を確保でき、定着率アップや社員のモチベーション向上という好循環を生み出します。
 「特に、相手の尊厳を傷つけ、不利益や脅威を与えるセクシュアルハラスメントは、人権侵害であると同時に、企業にとっては大きなマイナスになるので、しっかりとした防止策を講じる必要があります。セクシュアルハラスメントによって、離職の選択をする被害者は少なくありません。新たな人材を採用し育成するには時間と費用というコストがかかります。加えて、社員の士気の低下を招くばかりか、会社の評価も下げ、使用者責任が問われる場合もあります」と角田弁護士は言います。
 自治体の例ではありますが、組織の責任が問われた事件がありました。今年5月、長崎市の幹部職員から取材中に性暴力を受けた女性記者が、同市を相手取って賠償を求めた裁判の判決が出ました。長崎地方裁判所は、市の賠償責任を認定し、市に対しておよそ2,000万円の支払いを命じました。
 被害者の代理人を務めた角田弁護士は、「判決では、加害者は職務上の優位な立場を利用して記者に不法行為を行ったと認められ、その後の長崎市の対応の悪さ(加害行為の隠蔽、虚偽情報の流布、責任の回避)も追及され、市の責任が問われました」と話します。

日本初のセクシュアルハラスメント裁判と今

 日本でセクシュアルハラスメントが「問題」とされるようになったのは約30年前です。「セクシュアルハラスメント」という言葉自体がなかった1989年、角田弁護士は、小さな出版社に勤めていた女性社員から、上司の「性的嫌がらせ」に対する訴訟相談を受けます。女性は、上司から悪評を立てられ退職を余儀なくされました。
 角田弁護士は、「当時、セクシュアルハラスメントは職場で横行していましたが、行為は問題視されていませんでした。ニュース番組の街角インタビューでも、事件についての受け止め方は『職場で女の子のお尻も触れなくなったら、人間関係がぎくしゃくするよ』というサラリーマンのコメントが堂々と放送されていた時代です。上司や先輩という力関係があると、嫌なことがあっても、拒否の態度はとりにくいということが全く理解されていませんでした。ですから、マスコミも"そのくらいのことで裁判にする女はどんな女か見てみたい"という様子で私の事務所に押し寄せようとしました。同時に、『セクシュアルハラスメント』という言葉を、揶揄して『セクハラ』と略したので、行為が矮小化されて流布しました。セクシュアルハラスメントは被害者に大きな精神的苦痛を与え、心身の健康やキャリアを失わせる人権侵害なのに、「セクハラ」と略して使うと、行為を糾弾するというより、茶化す言葉となってしまっていました。その時はこの裁判に負けたらセクシュアルハラスメントの違法性が問われることがされなくなるから、絶対に負けられないという思いで闘いました」と語ります。
 1992年に判決が出て、加害者の行為が「不法行為」として認められ勝訴すると、状況は一変し、セクシュアルハラスメントはしてはいけない行為という認識が広まりました。
 とはいえ、撲滅には至っていません。「令和元年度 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)での 法施行状況」によると、各労働者や事業主等から寄せられた相談の中で、「セクシュアルハラスメント」は7,323件、「婚姻、妊娠・出産等に関するハラスメント」の相談は2,131件です。また、「婚姻、妊娠・出産等を理由とする不利益取扱い」は4,769件、「育児・介護休業法に係る不利益取扱い」も近年増加傾向にあります。なぜセクシュアルハラスメントはなくならないのでしょうか。
 「なぜ、この組織でセクシュアルハラスメントやハラスメントが起きたのかを検証することが必要です。『女性はこうあるべき』、『男性はこうあるべき』などの性別に対する固定観念が、職場の風土になっていませんか。その他にもよくある言説に、『女性は補助的な仕事でいい、女性上司は信用できない』などがあります。日本はジェンダーギャップ指数116位(世界経済フォーラム2022年発表。146か国中)という世界でも底辺にいますから、こういったジェンダーバイアスは社会に根強く存在しています。職業人として対等であり、それぞれに尊厳があるということを自覚して、まずは一人ひとりの意識変革から始めていくことが大事です」(角田さん)

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「職業人として対等であり、それぞれに尊厳があるということを自覚することから」と語る角田弁護士

世界のハラスメント基準

 世界の動きはどうなのでしょうか。国連の「貧困をなくす」「ジェンダー平等の実現」など、17の目標からなる「SDGs(持続可能な開発目標)」採択と、「#Me Too」運動を背景に、世界的に、職場におけるハラスメントへの関心が高まっています。 2019年6月には、セクシュアルハラスメントを含む、あらゆるハラスメントを禁止する包括的な国際条約『ハラスメント禁止条約(ILO190号条約・以下に表あり)』が採択されました。
 注目すべき点は、ボランティア、インターン、訓練中の労働者なども正当な労働者として認められ、法的に守られていることです(表参照)。また、①行為が単発的であっても、②ハラスメントの可能性があるとみなされた場合も、③身体への攻撃だけでなく、精神的、性的、経済的な損害についても、暴力とハラスメントとして認められています。
 ただ、日本はというと、この条約の批准に至っていません。
 「批准するには、ハラスメントを法律で禁止する必要がありますが、日本はセクシュアルハラスメント行為自体を禁止する法律がありません。男女雇用機会均等法は、行為自体を禁止していないばかりか、罰則もありません。社名の公表だけです。パワーハラスメントもそうで、これでは制裁としては全く機能していません。ちなみに、法律でセクシュアルハラスメント禁止を規定していないのは、OECD諸国の中でチリと日本だけです。ぜひ法整備について本腰を入れてほしいところです」(角田さん)。

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ハラスメントのない職場に

 令和2年度の厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、ハラスメントが起きる職場の特徴は、「残業が多い/休みを取りづらい」「上司と部下のコミュニケーションが少ない/ない」「失敗が許されない/失敗への許容度が低い」職場とされており、社員が安心して働ける職場とは到底言えそうにありません。また、ハラスメント予防に「勤務先があまり取り組んでいない」と回答した者は、ハラスメントを経験した割合が最も高い、という結果になっています。
 一方、ハラスメントの予防・解決に「勤務先が積極的に取り組んでいる」と回答した者は、ハラスメントを経験した割合が最も低くなり、さらに「職場のコミュニケーションが活性化する/風通しが良くなる」「管理職の意識の変化によって職場環境が変わる」という効果が指摘されています。
 以上のことからも、経営者が積極的に職場でのハラスメント防止に取り組むことは、社員のやる気を高め、その能力を最大限に活かすことに直結します。
 冒頭にも書きましたが、 厚生労働省では、12月を 「職場のハラスメント撲滅月間」 と定めています。これを機にハラスメントのない職場環境づくりに本腰を入れてみてはいかがでしょうか。

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出典:令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態 調査報告書

(文・写真/平井明日菜)

角田由紀子 (つのだゆきこ)
弁護士。1942年生まれ。東京大学文学部卒業。1975年に弁護士登録。以後、東京弁護士会および日本弁護士連合会の女性の権利に関する委員会の委員を務め、1983年以降は女性の権利に関わる事件を多く手がけている。1989年、原告代理人の一人として初のセクシュアルハラスメント裁判を福岡地裁に起こした。 2004年から2013年まで明治大学法科大学院で「ジェンダーと法」の講座を持った。主な著書に『性の法律学』1991年 有斐閣、『性差別と暴力』2001年 有斐閣、『ドメスティック・バイオレンス』1998年 有斐閣、『性と法律』2013年 岩波新書、『脱セクシュアル・ハラスメント宣言 』2021年 かもがわ出版などがある。


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