農家がつくるジェラート店「キミノーカ」【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2023年11月号に掲載されました。

農家がつくるジェラート店「キミノーカ」
宇城哲志さんに聞く
山奥で起業する方法

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 人口は約8,000人、高齢化率は48.6%(2020年国勢調査)の「過疎地域」に指定された和歌山県海草郡紀美野町。そこで、年間5万個のジェラートを提供する人気店があります。このジェラートを求めて県内外から人々が訪れています。ジェラート店を営む宇城哲志さんは、2008年に都会からUターンして起業し、今ではジェラート店を営む傍ら、移住する方の創業支援をしています。宇城さんは、移住の不安を地元の人と共有し、過疎地域であっても新しく仕事を作っていく方法もあるのだといいます。

 都会からのリピーターも多く、ゴールデンウィークやお盆のハイシーズンには、一日に800人ほどが訪れ、田舎道に長蛇の列ができるジェラート店。ショーケースに並ぶのは、地元の名産・八朔を使ったジェラート『八朔ピール&マスカルポーネ』や、『ちりめんキャベツ&ヘーゼルナッツ』『なすソルベ』『山椒ミルク』など、ここでしか食べられない旬の野菜や果物を使ったジェラートです。
 今では町の誰もが知る、自慢のジェラート店ですが、開店当初は、「こんな山奥でお店なんか開いても誰も来ない」と、周りからは呆れられていたといいます。というのも、店舗があるのは和歌山県北の山間地で、高野山の麓です。和歌山市内から車で1時間程度、大阪の中心地や奈良からは1時間半の場所にあります。

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(写真:左が紫芋、右がイチゴミルクのジェラート)
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(写真:色とりどりのジェラートが並ぶショーケース)

脱サラして山奥で起業する

 代表・宇城さんは、紀美野町の農家の出身。高校を卒業して県外の大学へ進学、そのまま県外で就職しましたが、2008年、34歳のとき証券会社を辞めてUターンしました。
 「当時は、リーマン・ショック前夜で会社には不穏な空気が流れていましたし、自分にこの仕事は向いていないなと気がついて、地元に戻ることを決めました。もともと、実家の農業を継ぐ気は全くありませんでした。しかし、サラリーマンで兼業農家だった父親が、50歳を過ぎて会社を辞めて農業に専念し始めて、とても楽しそうでした。その姿を見て、僕もやろうと思いました」
 両親が樹齢100年ほどの柿や山椒の木といった果樹の栽培を、宇城さんは野菜の栽培を担当し、収穫したものをネット通販を利用して販売しようと考えていました。しかし、ネットでの売れ行きはイマイチ。方向性を変え、5年後の2013年4月にジェラート店をオープンさせました。
 「果物や野菜という、ここにあるものを使って新しい販売の形を作りたくて、いろいろアンテナを張っていました。例えば、収穫したものをドライフルーツ、ジャム漬物に加工して売ろうかなとも思っていましたが、それでは成功するイメージが湧かなくて悩んでいたところに、ジェラートというアイデアがひらめいたんです。ジェラート店を作るのが夢だったとか、そういうわけではないんですね。でも、ジェラートはお年寄りでも食べられ、家族みんなで楽しめるところも魅力です」
 店に、お孫さんから90代のおばあさんまで4世代でお越しくださるときもあって、宇城さんはそういう姿を見ると嬉しくなると話します。

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(写真:建物が新しくなり、より多くの人を呼び込めるようになった)

「あかんくても、続けられるようにする」精神

 新しいことを始めるには当然、リスクがあります。事業が失敗して返済できない場合はどうしたらいいかなど、不安を感じて躊躇する人もいるでしょう。宇城さんは、農業者向けの補助金制度を利用して融資を得ることに成功し、1,500万円かけて店舗を作りました。宇城さんも「もしも、あかんかったら......」と考えなかったわけではありません。
 ただ、それまでのサラリーマン生活があったからかもしれませんが、宇城さんは、まず、やりたいことと生活を天秤にかけて、最低限これくらいの収入があれば家族が生きていけるということを具体的に考えたといいます。
 「自分の生き方を見据えると、不安や恐れはなくなります。こうしなければ生きていけないという消極的選択で仕事を選ぶのは勿体ない。人生は一度きりです。やりたいことを選択したいですよね。選択したら、その道を続けられるようにしていくだけです。失敗しても失敗と認めなければいい。それに、できることから始めて、うまくいかなかったらうまくいくように修正をかけていくやり方でいます。僕の生き方は、システム開発でいうところの『アジャイル型』です」
 アジャイル型とは、仕様や設計の変更は当たり前という前提に立ち、初めから厳密な仕様は決めず、おおよその仕様で開始し、不都合があれば修正して開発を進めていく手法です。トライ&エラーを繰り返しながら、アイデアを形にしていった宇城さんらしい言葉です。

「非日常モード」が田舎の演出

 では、山奥という立地面での不安はどうだったのでしょう。宇城さん自身は生活者の視点があり、そこから判断して十分商売になると思ったと説明します。
 宇城さんが「山奥でも、そして山奥だからこそいける」と思った理由は、商圏の広さと「非日常」という点に注目したからです。例えば、和歌山市内に店を作る場合、和歌山市の人口に当たる約35万人商圏にとどまりますが、紀美野町はというと、商圏が県をまたぐことになり、大阪府(約882万人)、奈良県(約130万人)まで、一気に広がります。
 「もともとここで生まれ育ったので、地域の人の動きを肌で理解していたのが大きかったでしょうね。私は、中学から和歌山市内の学校に行きましたし、そうでなくても、町の人たちは週末となると、買い物に行くために大阪の南部まで足を運ぶことが当たり前でした。ですから、それを逆手にとったんです。きっと、山奥であっても楽しいことがあれば大阪や奈良から人は来るだろうという確信がありました。
 それに、ちょっと遠いくらいがお客さんにとっても、店にとってもいいと気がついたんです。ここには、温泉も綺麗な川もあるから、日帰り旅行に持ってこいの場所です。ドライブついでにジェラートでも食べて帰ろうかって気分になるのだと思います。アクセスが良くて、利便性が高いところにお店があると、"いつでも好きなときに買えるから"とあまり買ってくれないんです。非日常も大切で、都会でお店をやるよりも、実は田舎のほうが儲かるんですよ」と話します。
 実際に和歌山市内のデパートにあった支店を2020年1月に閉じても、紀美野町の店舗までやってくるお客さんが5割ほど増えました。加えて、紀美野町の店舗は、ランニングコストがデパート店よりもかからないため利益率も上がったといいます。
 キミノーカの初期費用は前記のように、建屋、機材、デザイン、整地などを合わせて約1,500万円。広告料はあまりかけず、その代わり、オープン最初の2日はジェラートを無料で提供しました。800食程度を出したと言います。食べた人がFacebookなどでキミノーカのことを話題にして、それがどんどん広がり、宣伝の効果がありました。今でも、SNSやネットでキミノーカのことを知り、週末や連休に訪れる人が後を絶ちません。

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(写真:野菜で作られたものなど、ここでしか味わえないようなジェラートが多い)

増える移住者。
その創業支援に向けて

 今や、多くの人を町に呼び込むメインエンジンとなったキミノーカ。その影響で町内には、土日営業をメインにしたパン屋やカフェ、ギャラリーなどのお店が増えました。そして、町自体に興味を持ち、移住したいという人たちが増加しています。ただ、仕事がないとか、キャリアを積みにくいなどが理由で移住に二の足を踏む人もいるようです。特に宇城さんが課題だと思っているのは、夢を持って移住した人やそのパートナーの働く場所です。
 「例えば、夫婦で移住して、一方が就農したとしても、片方は農業にそれほど興味が湧かないかもしれません。それによって移住を諦めたり、仕事を求めて都会に戻ったりしてしまったら残念です。特別なことはできないけれど、誰でも自由な発想で使える場所を提供しようと考えました」。
 こうして、2023年の春、もともとあった店舗を4倍の広さに増築し、キミノーカは多機能施設へと生まれかわりました。設備としては、バックヤードはジェラートの生産の効率化・強化を図りながら、焼き菓子など多種類生産にも対応できるキッチンにして、イートインや物販が可能な場所も整備しました。建物の2階には、映画上映や研修などに使える部屋も用意しました。増築工事には7,000万円ほどかかりましたが、これからもこの地域で店舗を構え、さらに移住者に定住してもらうことを考えると必要なことでした。また、紀美野町には「過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法」が適応されているため、数年は固定資産税の課税は免除されるというメリットがありました。
 「移住された方、これから移住しようという方は、僕のような生活者の視点は持っていないから、山奥で起業なんて難しいと思うかもしれません。しかし、ここはすでに年間5万人の人がジェラートを求めてやってきている実績がある場所です。その一角を提供するので、自分のところでとれた野菜やクッキーを販売してみたりなどと、自由に使ってほしいです。かつての自分がそうであったように、ここで挑戦してみたいという人を応援したいです。
 過疎化に危機感も持っています。うちも含めて、この地域で新しいことをやり始めた人たちと、きちんとお店を持続していくことで、ここで育っていく子どもたちの将来のためになればと思っています。もっと子育て世代など若い人たちが移住しやすい地域にしていきたいです」と話します。
 宇城さんのように個人で移住者を応援する人の支援を受ける方法もあれば、国や自治体からの支援もあります。例えば、過疎地域へ移住して社会的事業を起業等する場合は地方創生起業支援事業の支援を受けることもできます(※地方公共団体が主体となって実施するもの等)。これらを上手に活用することで、田舎での起業のハードルはぐっと下がるでしょう。そして、起業した後は、「あかんくても、続けられるように修正していく」という宇城さんのスタイル。そこから学ぶことは多そうです。

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(写真:1階の増築部分は、イートインや物販コーナーとしても使えるように設計)

宇城哲志 うしろてつじ
和歌山県海草郡紀美野町の出身。大学から県外へ。卒業後は証券会社などに勤務するが、34歳で脱サラし、地元へUターン。
家業である農業を継ぎ、5年後に農作業の効率化やビジネス展開を目指し、2013年ジェラート店「キミノーカ」を同町にオープン。野菜を使ったジェラートは同町のふるさと納税の返礼品にもなっている。
キミノーカ:〒640−1221 和歌山県海草郡紀美野町三尾川785−3 tel 073−495−2910
open 10:00~17:00
close 月曜日(祝日の場合、翌日の火曜日休み)

(文/平井明日菜 写真/上垣喜寛 一部キミノーカ提供)


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