企業の健康を担う「産業医」 三宅琢先生に聞く コロナパンデミックで真価が問われた産業医【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2021年11月号に掲載されました。

image1.jpeg

ITが普及しネット環境が整備されたことで、場所にとらわれずに仕事ができる時代となりました。この動きはコロナ禍により加速中です。さらにメンタルヘルスと働き方の改革が社会的な課題であり、労働者の健康をサポートする産業医への期待が高まっています。眼科医であり、産業医でもある三宅 琢先生に、社員の健康がいかに会社の寿命を延ばすかについて、お話を聞きました。

──法律により、常時50人以上労働者がいる事業所に産業医の配置が定められています。そもそも、産業医とはどういう医師なのですか?

 あなたが、がんになったとします。一般的に"お医者さん"と言われる臨床医は、がんを診断し、治療します。産業医はどちらもしません。その代わり、産業医に「がんでも働き続けたい」と相談すると、「リモートワークが可能か、就業規則を見てみよう」と、人事に問い合わせたり、必要があれば社労士を呼んだりします。もし、該当する就業規則がないときは、これを機に変えられないかを労務担当者と議論します。就業規則が変わると、抗がん剤治療を自宅で受けながら、働き続けることができます。他にも、うつの場合であれば、原因が上司との関係なのか、長時間労働なのか、規則や制度を見直すと改善されるのかなど、医学的見地で原因と対策を考えます。
 産業医は、社員=働く人を診る仕事なので、相手がオフィスワーカーなのか工場勤務の人なのかで、課題は変わってきます。灼熱環境での労働や、転落の危険がある工場などで働く産業医と、私のような都市型の企業の産業医とでは課題が異なります。幅が広い職種ですが、社員の健康を高めることで、最終的に企業を持続可能な状態にしていくという点では、みな同じです。

image2.jpeg
(写真:企業向けにメンタルケアセミナーの講師をする三宅先生)

──新型コロナウイルスの流行によって多くの企業がリモートワークになり、慣習や働き方が変わりました。この変化に産業医はどう対処したのですか?

 この問題に直面したとき、経営者は真っ先に「産業医に相談しなくては」と思ったはずです。うまく産業医を使えた企業は、大きな変化を遂げてきました。
 私が企業から相談を受けたとき、最初に伝えているのが、「変化を恐れるな」ということです。何も具体的な対策をせず、ただ収束を待っていても経営は成り立ちません。経営者がどのくらい価値あるものとして産業医を考えているかが試されたのが、新型コロナのタイミングでした。
 相談件数が増え、今は1日に20件のカウンセリングをする日々です。相談内容としては、「リモートワークになったことで孤独を感じる」「部下のマネジメントに悩む」などの声が増えています。それぞれの困難さへの対策を考え、処方していきます。処方する相手が経営者であれば、経営判断を一緒に考えることになります。ときに、法律で決められているから産業医を置いているだけで、産業医に経営アドバイスを期待していないという経営者もいますが、お金を払っているのですから、産業医を駆使してその価値を問い直してみるのはいかがでしょう。相談してもいい回答が得られなかったら、産業医を代えるタイミングかもしれません。すべての企業に最強の産業医は存在しませんが、最適な産業医は存在します。産業医とのミスマッチをなくすに は、長時間労働者が多い、不健康な社員が多いなど、自分の会社の課題を明確に示すことが大事だと思います。

image3.jpeg
(写真:研修は、企業に出向いて行う他、オンラインでも実施している)

──小規模な企業でも産業医は必要ですか?

  優秀な経営者は、企業の大小に限らず、社員の「Well-Being」(=よりよく生きる)を大切にします。私は、会社規模が20人程度のベンチャー企業の嘱託もしています。法律で定められていなくても、「産業医の必要性を感じているので、この報酬の中でやれることをお願いします」と言っていただければ、対応できる産業医もいるでしょう。
 会社組織の就業規則を変えることで多くの社員がハッピーになっているのを見たら、どんなに規模が小さい会社でも真似したくなるはずです。私が「情報の処方箋」を出していくことで、それが社会のスタンダードになっていき、元気な会社が増えれば、日本全体も元気になっていくでしょう。眼科医だったころは、医学に限界を感じることもありました。視力を完全に取り戻すことは不可能ですから。でも、産業医になって、産業医は社会を治せる存在だと気がつきました。失明しても、がんになっても、そのままで豊かに生きていける社会を作っていきたいと思っています。働く人が自分自身を肯定し、人生を楽しむような社会を実現していく手助けは、産業医だから可能なことです。

──企業の明暗を分けたコロナ禍。三宅先生が考える「良い会社」のポイントは?

 社員の健康を大切にしているかです。元気な社員が会社の力そのものです。私の担当するIT企業では、コロナ禍になってから完全リモート業務になり、出社義務がなくなりました。社員が働きやすくなった裏で、経営者やマネジメント層、産業医などは以前より努力が必要になりました。それもそのはずで、マネジメントもコミュニケー ションも難しくなる、新入社員は顔合わせもなくオンラインでの業務に直面するというリスクがあるからです。それでもこの選択をしたのは、会社が社員のコンディショニングが重要だと考えたことが理由です。一人ひとりのコンディションを良くしてパフォーマンスを上げることが会社のアップデートにつながると認識しています。

──従業員の健康の問題は、企業経営にダイレクトに影響を与えると認識すべきということでしょうか?

 日本では、生産性が落ちている状態の社員が多く見られます。最もパフォーマンスを下げる病気は、アレルギー性疾患と不眠症と言われていて、痒みや覚醒度の低下により集中力が下がります。これらによって失われる生産性は、休んだことによるそれよりも、2〜3倍高いとされています。つまり、元気な社員が多い会社はそれだけで強く、いくら商品やサービスが良くても社員が不健康であれば、弱い組織だということです。これは福利厚生の話ではなくて、完全に経営戦略の話です。
 女性雇用もそうです。子どもを産んでも、更年期障害が出ても働き続けられるように、就業規則は柔軟にする必要があります。常にハイパフォーマンスでいるためには、8時間×5日の就業規則では無理があるので、彼女たちが退職しなくて済むような柔軟な就業形態が必要になります。退職してしまったら、経験知が失われるばかりか、それまでかけた教育コストがゼロになり、経営面から見てもマイナスしかありません。また、「元気で長時間働いてくれる男性がいい」との考えは、時代にマッチしていません。最近の若者は性の多様性を開示する傾向にあり、多様性への理解も高いため、性別に先入観を持って経営しているような前時代的な企業には入社しないでしょう。
 女性雇用の問題に限らず、ケガ・病気になった、障害者である、親の介護が始まった、子どもが引きこもりになって家から出られなくなったなど、いろいろな理由で、社員が出社困難になる場合があります。ライフステージごとに、選べる働き方を提示し、両立させながら働き続けてもらいましょう。そのとき大事なのは、働く人に裁量権を持たせる就業規則にすることでテージごとに、選べる働き方を提示し、両立させながら働き続けてもらいましょう。そのとき大事なのは、働く人に裁量権を持たせる就業規則にすることです。"毎週○曜日はノー残業デー" などと決めないことです。早く帰りたい日は、人によって異なります。1週間に3時間の労働だろうがその時間にハイパフォーマーであればいいと考え、そこだけに報酬を払うイメージです。
 最終的に、社員に「この会社を辞める理由がない」と言わせたら、こっちのものです。 SNSが普及し、今はたった1人の社員のモラル違反で、会社が倒産するような時代です。そういった時代においては、社員が「会社のファン」でなくてはなりません。逆に言えば、会社が大好き!という社員を増やせばいいのです。

image4.jpeg

image5.jpeg
(写真:弱視の方向けに、iPad活用法の案内をする三宅先生。文字の大きさが自由に変更できる機能を使って電子書籍を読む方法や、「音で聞ける図書」アプリ導入を教えることもしている。)

三宅琢(みやけ たく)
2005年に東京医科大学医学部卒業。2012年に同大学大学院修了。医学博士、日本眼科学会眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者、Studio Gift Hands代表取締役。公益社団法人NEXT VISION理事。
産業医として株式会社ビズリーチ、Zホールディングス株式会社などの大手企業の顧問を務める一方、中小企業の顧問も手がける。

(文/平井明日菜 写真/Studio Gift Hands提供)


このようなコラムをあなたの顧問先と共有しませんか?
『マネジメント倶楽部』はあなたの顧問先にお読みいただく情報誌です。詳しくはこちら↓
税研ホームページ:マネジメント倶楽部

  • PRESSLINKS230921

  • 通信DB インボイス制度関連記事特集

  • 官公庁公表資料リンク集

  • 税務通信テキスト講座

  • 図解でわかる!インボイス制度(11/30まで掲載)

  • 税務通信電子版(アプリ)

  • 経営財務電子版(アプリ)

  • まんが

  • ついった

  • メールマガジン