奥村印刷株式会社 取締役常務執行役員 山田秀生さんに聞く 印刷会社が新事業に挑戦!一枚の紙が食器になる"beak" (ビーク)【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2022年12月号に掲載されました。

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 未曾有の新型コロナウイルス感染症の拡大により、ビジネスは様々な影響を受けました。そんな危機的状況にありながら、新事業に挑戦し、エコ商品の開発に着手した企業があります。創業75年の長い歴史を持つ印刷会社である奥村印刷株式会社では、印刷業という既存のリソースを軸に、災害時にも役立つ組み立て式紙製食器を開発しました。この新商品の開発責任者である取締役常務執行役員の山田秀生さんにお話を聞きました。

 2020年7月から、日本全国の小売店に対してプラスチック製の買い物袋、いわゆる"レジ袋"の有料化が義務付けられました。このようなレジ袋有料化の動きは日本だけではなく世界的に進んでいて、プラスチック容器規制の措置も今後はさらに厳しい対応が取られていく可能性があります。
 紙袋や紙製の容器が注目を集める中、奥村印刷が開発したのは、A4サイズの紙1枚から、接着剤やハサミも使わずに折り紙のように組み立てる紙製の食器です。「beak(ビーク)」という商品名は、「紙を折り込む」という商品の特徴から命名されました。鳥のくちばし(beak)のように尖った紙の先を折り込むことで、紙食器の強度を上げています。もちろん、熱や油に強く、洗えば繰り返し使える強度もあり、万が一、海や土に投棄しても分解されるパルプ100%の素材で、まさにエコやエシカルという時代にぴったりの商品です。
 ただ、開発した山田さんは、「初めからエコ商品を作ろうと意識していたわけではありません」と話します。商品開発のきっかけは、2021年の3月。その頃は、地震が関東で多く発生しており、山田さんは、「防災グッズを買い揃えよう」と街へ出ました。水、食料、ライトなど一通りのグッズを揃えて、あらためて被災をリアルに想像してみたところ、山田さんは困ったことに気が付きました。
 「食料を備蓄したところで、ガラスや陶器の食器は、地震で割れて使えなくなるかもしれません。また、被災した場合は水が貴重になることが想定でき、食事のたびに防災用のプラスチック皿を貴重な水で洗うことも避けたい。ラップやクッキングシートを敷いて、できるだけ皿を汚さないようにすることで節水することもできますが、それではゴミが増えてエコではないと思いました」
 そこで、使い捨ての紙コップと紙皿を購入し、実際に保管しようとした山田さんですが、「ただでさえ、食料、ポリタンク、寝袋など保管に場所を取るものが多いのに、皿はまだしも、かんたんにつぶれてしまう紙コップは長期の保管場所に悩みました」。
 それで、平時は平たいシートの状態で、使用したいときは紙を折るとカップになるようなものがほしいと探してみたのですが、そのような商品は見つかりませんでした。
 かねてから、「印刷会社の仕事は、取引先の依頼があってから作るものがほとんどで、自社で企画から手がけている商品が少ないのが現状。これからは、社内発の企画や提案をしていかないといけない、チャレンジすべきだ」と社員を鼓舞していたという山田さん。この出来事を機に、自分たちで製品を作って消費者に届けてみてはどうかと、新製品の考案に乗り出しました。

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(写真:beakを開発した山田常務)

技術を応用しイノベーションを起こす

 奥村印刷は本や雑誌などを印刷している会社です。そのため、社内の開発会議でbeakの企画を提案したところ、女性社員には好評でしたが、組織全体には「響かなかった」と言います。それでも、山田さんは休日返上で黙々と製品の試行錯誤を繰り返しました。
 「特に2021年のゴールデン・ウィークは、コロナの影響で本業の印刷の仕事は減少していましたし、外出もできない時期でしたので、開発に充てられる時間がたくさんありました。それに、新しいことをしなければ業績がよくなる見通しもない。ですから、どんな紙を使用するか、どういうデザインなら無駄な部分を作らずに容積をだせるかとか、そんなことを考えながら、試作品を折っていました。強度や液体を入れたときの安定性を考えて、もちろん、素材はパルプ100%で国産の紙です。デザインの設計図も何通りも試し、何百個もカップを組み立てました。最後は指が荒れて、手がつるほどでしたが」と笑います。
 紙は、数種類の食品向けカテゴリーの中から、耐水、耐油、耐熱の程度を実験し、最適なものを選び抜きました。「耐水」をうたっていても、水を注いでから30分後には染みだす紙もあり、程度にかなりのばらつきがあることが分かりました。山田さんが選んだ紙は抜群の耐水性で、社内で行われた実験では、カップに水を入れて30日後まで水分が染み込まなかったほど高い耐水性があることが確認されました。

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(写真:角を折りだしてしっかりはめ込むので強度も問題なし。会社のロゴなどの印刷も安心素材で行える。)

 こうした試行錯誤を経て出来上がったカップと平皿を社長に見せると、ゴーサインとともに「被災すると温かい汁ものが食べたくなる。即席麺が食べられる器も作ってほしい」と要望があり、新たに「丼」と呼ぶ深皿を開発し、2021年6月24日にbeakは特許出願を果たしました。2022年8月8日を登録日として、特許証が9月に送られてきたときは、この技法が認められたのだと一同で安堵したそうです。
 この商品は、テレビ東京系の経済ニュース『ワールドビジネスサテライト(WBS)』で、発売前の新商品や新技術の"たまご"を紹介する人気コーナー「トレンドたまご」(通称「トレたま」)に取り上げられたことがブレイクのきっかけになりました。山田さんは、「いつか、トレたまで紹介されたい」と夢に見ていたそうで、取材連絡の電話を待って、お風呂に入るときも携帯電話をそばから離さなかったほどだそうです。テレビ放送の影響は大きく、社内外から反響が大きくなり、新しい印刷設備を整えることもトントン拍子で決まりました。「beakは売れる! 売りたい!」と意欲を持つ社員が増えたといいます。
 山田さんは大学でデザインを専攻していて紙面をどのようにわかりやすく見せるかに長けていました。30年以上前からコンピューターを使ってのデジタル加工などもしてきました。beak開発はこういう社内の技術を応用したイノベーションであったため、開発費もほとんどかからなかったと言います。このように、コロナ禍であっても新しいことに挑戦することができました。今回の開発は、自社製品開発へのハードルを下げ、新たなイノベーションが生まれる土壌作りへとつながっていくことでしょう。

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(写真:深さのある丼タイプや、スープやコーヒーも飲める取っ手付きカップタイプ、そして深めの皿とカトラリーがある。)

新製品を軸に
新しいサービスが生まれる

 2022年4月、beakは一般社団法人「防災安全協会」から「防災製品等推奨品」と認められました。評価されたのは、beakは100枚でも高さ4.5センチ程度、1,000枚でも45センチ程度しか場所を取らないので備蓄しやすく、燃やしても有害物質が出ずに安心で、100%紙パルプ製なので、約2年で生分解される点。また、A4サイズの紙なので、いつ起こるか分からない災害対策として、かばんに忍ばせて持ち運ぶことができる機動性のよさです。実際に、大手スーパーの防災フェアに出展して、お年寄りから小さな子どもまでの幅広い年代にbeakを折ってもらう実験も行い、折りやすさや強度は実証済みです。

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(写真:スーパーで行われた体験会では、小さな子どもも上手に完成させることができた。)

 「防災製品等推奨品の審査会で、審査員に『これこそ防災品だ』と言わしめたときは、合格したなと確信してうれしくなりましたね。もともと私が防災に興味を持ち、備蓄の際に場所を取らない食器がほしいと思って生まれた商品ですから、自治体の防災倉庫や高層マンションなど、限られたスペースを有効に使いたいときにぜひ活用してほしいです」(山田さん)。
 現在、2022年11月竣工のクリーンルームでの製造を開始し、販売方法はB to Bを想定して動き出しているそうです。試しに子会社のネットショップを利用して、自社のロゴマークを紙食器の外側に印刷するサービスを考案してbeakを販売したところ、全国に店舗を持つ損保系の会社から、「自社のノベルティーとしてお客様にプレゼントしたい」と注文がきました。ロゴのプリントという、印刷会社ならではの技術を生かした新サービスが効果を上げたようです。
 また、防災意識の高まりもあって、各地で開催される展示会でも注目を集めています。10/5~10/7の「危機管理産業展」に出展したところ、TBSの朝の情報番組「THE TIME,」の取材を受けて紹介されたり、10/19~10/21「産業交流展」出展のときもTOKYO MXの「news TOKYO FLAG」で2分ほどの時間を使って紹介されました。
 そのほか、大学の防災心理学を専門とするゼミでも取り上げられ、学生さんたちがいろいろな使い方を地域の人々に提案してくれています。
 開発予算・開発人材が不足している時代において、新開発に挑戦した奥村印刷。エコと防災という、気候変動を真剣に考えなくてはならない時代の流れにあった自社商品の開発によって、企業経営の未来が広がったといえるのではないでしょうか。

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(写真:折りたたんでつくりやすいように、紙にガイドラインが印刷されていて、折り目も付いている。)

奥村印刷(おくむらいんさつ)株式会社
昭和22(1947)年創業。豊富な経験と蓄積してきたノウハウにより、画像の質にこだわった印刷技術は高く評価されている。印刷事業のほか、ソフトウエア開発、ネットビジネスの構築などのクリエイティブ事業、デジタル関連事業、販促に関するSP関連事業も行っている。
〒114-0005 東京都北区栄町1-1
Tel:03-5390-6211(大代表)
https://www.okum.net/

(文/平井明日菜 写真/奥村印刷提供)


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