写真家 越智貴雄さんに聞く 東京パラリンピックを振り返り、ダイバーシティ& インクルージョンを考える【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2021年11月号に掲載されました。

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2021年は、東京2020オリンピック・パラリンピックが開催された年となりました。コロナ禍で、 1年の延期を経て、無観客での開催となりましたが、人々の心に残ったものとは? ダイバーシティ&インクルージョン社会に向けて、私たちは一歩踏み出すことができたのか? 2000年のシドニー・パラリンピック大会以降、夏季のアテネ、北京、ロンドン、リオデジャネイロ、東京、冬季のソルトレイクシティ、トリノ、バンクーバー、ソチ、平昌と、これまでに合わせて11大会の取材を重ねている写真家・越智貴雄さんに聞きました。

人間の可能性を感じた パラリンピック

 幼少期から写真を撮られるのが苦手。だからいつも撮る側だった越智さんがパラリンピック(以下、パラ)に出会ったのは、大阪芸術大学在学中の2000年のことです。当時は、ドキュメンタリー写真家を夢見ていて、大学を休学してシドニー・オリンピックの撮影をしました。取材を無事終えて帰国しようとしていたところ、新聞社から「パラの撮影もしないか」と声をかけられ、二つ返事で承諾しました。ところが、次第に「不安が押し寄せてきた」という越智さん。というのも、「そもそも障害のある人にカメラを向けてもいいのだろうか」という疑問が浮かんできたのです。
 「当時の新聞では、パラの写真も記事も社会面の扱いで、スポーツ欄ではありませんでした。パラは、リハビリテーションの延長として捉えられていたのです。僕自身も、障害者に対して、支援が必要な人たちという偏見がありました」と当時を振り返ります。
 しかし、不安はすぐに吹き飛びました。開会式の入場行進では、両足を切断した選手が、車いすや義足を使わずに逆立ちで歩いて参加し、競技では、義足を使いこなした選手たちが、100メートルを10秒台、 11秒台で駆け抜けていきます。車いすバスケットボール(以下、バスケ)の選手たちは、音を立てて激突を繰り広げている......。
 「人間ってこんなことができるんだ!と、驚嘆しっぱなしでした。大会中、観戦に来ていた子どもが『かっこいいな、彼らみたいになりたいな』と言っていたのが印象的で、パラをもっと多くの人に伝えたいと思いました」
 しかし、なかなかその思いは伝わりませんでした。シドニー・パラから帰国後、写真展を開催すると、来場者からあがったのは「障害者にスポーツをさせるなんて」という声でした。愕然とし、同時にパラアスリートに申し訳ないと反省したそうです。「僕にだって最初は障害に対して先入観がありましたから、当然の反応だったのかもしれません。でもやっぱり悔しかった」
 この時の悔しさ、パラアスリートの魅力を知らないでいるのは「もったいない」という気持ちは、原動力になりました。その後の2004年には、パラスポーツを発信するためのメディア「カンパラプレス」(現・一般社団法人カンパラプレス)を立ち上げ、国際大会に自費で取材に出掛け、気になった選手がいれば、職場、トレーニング場、海外遠征にもついていき、密着取材をするようになりました。

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(車いすレースの様子を越智さんが撮影した1枚。迫力が伝わってくる。)

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(シドニーから帰国後、写真展を開催。)

21年間で感じたパラの変化

 東京にオリパラの誘致が決まった頃から、日本でもパラアスリートを起用したCM、ポスターを目にするようになり、パラへの注目度が高まってきました。
 「僕が取材を開始した当時は、競技場に行っても、パラへの注目度も低く、観客も少ない、カメラマンも僕しかいないという日もありました。それが様変わりした要因には、もちろん日本で開催されることもありますが、やはりパラアスリートたちの努力の結果でしょう。どうやって競技を続ければいいのかを自ら考え、練習環境を整え、スポンサーを探し、パラスポーツや障害のことを知ってもらうための発信活動などを積極的に行ってきました。それが実ってNHKと民放で放送され、多くの人の目にパラスポーツが触れる機会となりました」
 取材中、嬉しいことがあったといいます。越智さんが有明アリーナで車いすバスケの取材を終え、次の取材先へ移動しようとタクシーを拾うと、運転手の方が「ラジオで聞いていたのですが、今の試合はすごかったですね!」と話しかけてきたそうです。今まで、こんなふうにタクシー運転手からパラについて話しかけられた経験がなかったので、驚いた越智さんは、その方に取材をしました。聞けば、障害のあるお子さんがいて、その子と一緒に、先週もテレビで車いすバスケを観戦したそうです。そして、タクシー運転手の「障害者が脚光を浴びているのが嬉しかった。パラリンピックに関わっている人のために、何かお役に立ちたいと有明アリーナのあたりにいた」という思いを知ります。
 「人と人が出会い、知ることで、相手のために何かしたいと思うようになり、少しずつ社会がよくなっていく。これが、ダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(包摂・共生)の原点かなと思います」

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(幻となったパラ開幕日(2020年8月25日)に、義足を自分の体の一部のように履きこなす女性たちのファッションショー「切断ヴィーナスショー」を開催。)

瀬立モニカ選手流「D&I」

 ダイバーシティ&インクルージョン (以下、D&I)社会が加速したのは、2012年のロンドン・パラ以降で、この大会は「史上最高」と評されています。大会以降、会社経営者や一緒に働く職場の人たちの障害者に対する姿勢も変わったと言われています。英国の公共放送「チャンネル4」がパラアスリートを「スーパーヒューマン」としてパラCMを打ち出し、社会にインパクトを与えました。放送枠をとってみても、オリンピックとパラを同等に扱いました。また、パラリンピックを題材にした教育プログラムを実行し、子どもたちの関心を高めました。このような取り組みの結果、パラ大会史上最多の観戦チケットが完売となりました。
 「スタジアムは常に満席で、外には『チケットを譲ってください』とメッセージを掲げた人で溢れていました。多くの人が間近でパラアスリートの活躍を見たことで、障害に対する意識が変わった。こんなすごいパフォーマンスができるのかと人間の可能性を共有することができた大会でした。ただ、障害のある人がすべて『スーパーヒューマン』なわけではないのに、『スポーツをすれば、障害がある人はみな輝ける』という誤解を産んでしまった大会でもあります」
 では、障害を持った人が生活や職場など、あらゆる面で歓迎される環境を実現するには何が必要でしょうか。越智さんは、東京パラで7位入賞を果たしたパラカヌー日本代表の 瀬立(せりゅう)モニカ選手を例に挙げました。
 「およそ100日間の密着取材をしていてわかったのですが、瀬立選手の周囲にいるとみな自然と親切になるんです。瀬立選手は冬の間のカヌーの練習場所として、3年ほど前から沖縄県北部の大宜味村に滞在しています。ふだんは車いすを使って生活していますが、宿泊施設にはスロープがなかったため、村の人が1か月かけてスロープを作ってくれました。他にも、村の人が野菜や果物の差し入れをするんです。これを、僕は『てんねんD&I』と呼んでいます」
 とはいえ、最初からこのような関係があったわけではありません。村で売店を営む宮城金一さんが瀬立選手を見かけたとき、「車いす姿の若い女性を見るのは初めてで戸惑った」と言います。
 「接し方がわからず、海で練習する姿を遠くから眺めていたらしいのです。しかし、瀬立選手のコーチが乗るボートが故障したことで、距離が縮まります。修理してくれた宮城さんに、瀬立選手は『ありがとう』と笑顔を見せました。『その笑顔がきれいだった』と、ファンに。以来、宮城さんは、『車いすの人を見かけたら、車いすを押そうと思うようになった』と言っています」(越智さん)。
 東京パラの掲げたテーマの1つ、D&I。瀬立さんと村の人の出会いは、障害に対する村人の意識を変え、自由に移動ができる環境の整備が行われ、1つの村を変えてきました。このような事例が全国の自治体で、会社で多発的に増えていけば、移動の自由、雇用環境の多様化など、「弱者」が「弱者」のままで尊重される社会を達成できることでしょう。

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(『てんねんD&I展~モニカが村にやってきた』越智貴雄写真展で、大宜味村の方々の写真が展示された(大阪あべのハルカス)。)

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2014年、義足に対するイメージを変えた写真集『切断ヴィーナス』を出版。2021年10月には2作目『切断ヴィーナス2』が発売された。

越智貴雄(おち たかお)
写真家。1979年大阪府出身。2000年からパラスポーツの取材に携わり、アスリートとしての生き様にフォーカスする視点で撮影・執筆。2004年、パラスポーツの情報サイト「カンパラプレス」を立ち上げる。2014年にパラアスリートを含む義足の女性たちの写真集『切断ヴィーナス』を出版。2015年には義足の女性たちによるファッションショーを開催。書籍・写真集の出版、写真展の開催、テレビ・ラジオへの出演、連載コラムの執筆など多方面で精力的に活躍中。2021年、第13回ヤマハ発動機スポーツ振興財団スポーツチャレンジ賞奨励賞を受賞。

(文/平井明日菜 写真提供/越智貴雄)


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