逆境から立ち直った元アスリート 花岡伸和さんに聞く セルフマネジメントでレジリエンス(折れない心)をつくるには【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】

このコラムは『マネジメント倶楽部』2020年12月号に掲載されました。

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誰しも、もう立ち直れないという失敗や挫折をしたことがあるのではないでしょうか。花岡伸和さんは2012年ロンドンパラリンピックの車いすマラソンで5位入賞を果たし、現在は「一般社団法人日本パラ陸上競技連盟」副理事長として選手の指導育成をする、元トップアスリートですが、実は、大きな挫折を経験し、バーンアウトシンドローム(燃え尽き症候群)となり、走る目的を見失った時期があったそうです。彼の再起の鍵はセルフマネジメントにあったというお話をうかがいました。

花岡 伸和 (はなおか のぶかず)
高校3年生のときにバイク事故で車いす生活となる。その後、パラ陸上競技と出合い、2004年アテネパラリンピックのマラソン男子(T54)で日本人最高位の6位入賞。2012年ロンドンパラリンピックで同種目5位入賞を果たす。引退後は大学院でコーチングを学び、「一般社団法人日本パラ陸上競技連盟」副理事長として選手の指導育成、パラスポーツ発展のための講演などの活動にあたる。


――花岡さんには幾度か大きな喪失体験があったそうですが。

17歳のとき事故で下半身不随になり、歩けなくなりました。手術後は自分で食事を取ることもできなかったのですが、もともと人の手を借りることが苦手な性格だったこともあり、寝たきりのまま看護師の介助なしにスプーンを持って食べる練習を始めました。今思えば、スモールステップからチャレンジして達成体験を積む作業をしていたんですね。自己効力感(根拠に裏打ちされた自分を肯定する力)を得て、自分自身を保っていたのかなと思います。事故の翌年から始めた車いす陸上競技に関しても、自分一人の力でやりたいという思いが強かったですね。
当時はそれで良かったのですが、より大きく飛躍するには自分一人の力では限界がある、人の力を借りることの大切さに気がつきます。それは2008年の北京パラリンピックの選考に落ちて、初めての挫折を味わったときです。
2004年のアテネパラリンピックで6位という好成績を残した瞬間から、北京の舞台でメダルを獲得する風景が見えていましたから、「出場すらできないのか」と、目の前が真っ暗になりました。積み上げてきたものがバラバラと崩れていきました。それまでは、「仕事と練習のバランスから、体調管理、インタビューの日程調整まで、すべてセルフマネジメントできている」「頑張った結果はすべて自分のものだ」というエゴがあったんです。でも、もっと上を目指すためには、エゴだけでは通用しなくなります。この体験が自分自身を変えてくれました。

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この3ヶ月後にロンドンパラリンピックで5位入賞を果たした花岡伸和さん

――挫折からどうやってレジリエンス※、つまり、折れない心構えを再構築したのですか?

北京大会に出場できないと決まってからは、走ることも誰かにやらされているような気がして、練習しても大会で力を発揮できないことの繰り返しで、焦りや無力感にさいなまれ、引退を考えました。典型的な「バーンアウトシンドローム(燃え尽き症候群)」です。
しかし、このまま引退したら当時2歳の息子に自分の走る姿が記憶として残らないのではないかと思ったことをきっかけに、自分にとって何が大事なのか、そして、走る目的、生きる目的を考えるようになりました。それまでは目標ばかり立てて、目的が曖昧だったと気がついたのです。
東日本大震災の影響もあって、「笑って死にたい」というのが私の人生の目的になりました。後悔しない生き方がしたいという思いと、自分が笑って死んでいったら周りの人も幸せなのではと思うようになりました。目的が見えてくると、競技もそれを実現するための手段の一つとして考えられるようになり、「たかが競技」と楽観性を持てて、結果が悪くてもクヨクヨしなくなり、 自分の走る目的を多くの人に語るようになりました。すると、共感し応援してくれる人や力を貸してくれる人が増え、人とのつながりの大きさを感じました。これまでエゴが強かった自分ですが、周囲の人に支えられて今があると気付いてから、選手として次のステップに上がることができました。
さらに嬉しいことに、海外の選手たちの「強さ」の理由が見えてくるようになっていました。例えば、ライバルが優勝したら、 相手をすぐ讃えるのは海外の選手に多いですね。これが日本人選手の多くにはできません。それどころか、勝負に負けたらこの世の終わりという選手が多くいます。しかし、本当に強い選手というのは、確固たるアイデンティティを持っていて、試合の結果がどうであれ、「自分は自分」なのです。たとえどんなに環境や境遇が変化しようとも、相手が変わろうとも、自分は変わらず自分であると知っています。だからそう簡単に心が折れないのです。

(※レジリエンス resilience:弾力、復元力、回復力を意味する言葉。心理学分野ではストレスや歪みから跳ね返って回復できる力、折れない心を持つことなどを指して使われている。)

――世界の強豪たちが持つ「強さ」の土台にあるのはアイデンティティだということですね。花岡さんがコーチとなられてから、その気づきをどのように活かしていますか?

選手には、目的を見つけなさいと言います。目標は、金メダルを獲得する、仕事であれば売上げをここまで伸ばすなどで、自分だけでなく他人も設定できるものです。一方の目的は自分で見出すべきもの。何を実現したいのか、成し遂げたいのかは自分で考えるしかありません。だからこそ、目的がどれだけリアルなものかによって、発揮できる力も変わってきます。
ただ、選手自身の力で目的が見出せないときもあります。そのときは、私があえて選手の本質に迫りますので、ときには煙たがられることもありますが、ライバルに勝つためには避けて通れません。現役の選手に願うのは、ライバルのタイムだけを見るのではなく、なぜライバル選手が強いのかを考えてほしいということですね。なぜあそこまで頑張れるのか、その選手の生い立ちにまで迫って、根底にあるものは何かを知ること。そうするうちに、自分が頑張る理由や目的も見えてきます。

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花岡さんのコーチングは、選手の強さを選手自身で引き出すように導く

――花岡さんが育てた鈴木朋樹選手(26歳)は、2020東京パラリンピック出場が内定しています。どのようなコーチングをしてきたのですか?

「自分で考え、自分で決める」というのが私の方針です。これは私が教わってきたことですが、優秀な選手というのはただいわれたことをやるのではなく、何のためにこれをやるのかを考えられる選手です。
鈴木選手との出会いは彼が小学5年生のときでした。その頃、私はまだ現役選手だったのでコーチと呼べる存在ではありませんでした。しかし、私の住む千葉県四街道市まで館山市から週1回、父親の運転する車で2時間近くかけて練習に通ってきていました。
鈴木選手は、普段は冷静なタイプなのに、本番になると変に気持ちが高ぶるところがあったので、彼が世界の舞台に立つようになってからですが「スタートしたら飛び出して一番前につけ。振り向いて、何人いるか数えてみたら」とアドバイスしたことがあります。「全員と目が合った」と話していましたが、それがきっかけとなり、自分の走りをすることができたようです。このように、あの手この手で選手の持つ能力、意欲、自主性、自発性を引き出すよう、導いていくのがコーチングです。相手に答えを教えるティーチングは競技の情報や技術、知識を持っていればできますが、導くことはできません。コーチングにおいては、コーチ自身が多様な人や多様な考え方に触れて、幅広い知識と感覚を磨いていく勉強を怠らないようにしなければならないので、私は自分がやってきた練習にこだわらないようにしています。コーチが元トップアスリートの場合、自分のやってきた方法が最善策だとして指導してしまいがちですが、選手それぞれに弱みや課題があるので、育て方の基本はあったとしても、対象者に合わせたオーダーメイドの方法で向き合っていく必要があります。
未来のパラリンピアンを育てようと思ったら、一生のうちに何人もは育てられないですね。

――長らくスポーツ界では指導者のパワハラ、セクハラ、ドーピングなどが問題になっています。それを受けて「アスリート・アントラージュ」「スポーツ・インテグリティ」 という言葉が聞かれるようになりました。

ハラスメントの背景の一つとして、指導者の立場が強すぎたことがありました。しかし、最近では逆に選手が強すぎるという歪んだ力関係が見られます。階級付けするのではなく、これからは「アスリート・アントラージュ」の考え方で選手を育てることが大事になってきます。これはダイバーシティとかインクルージョンという考え方に近いものです。
「アントラージュ」とはフランス語で「取り巻き」という意味で、マネージャー、 コーチ、トレーナー、医療スタッフ、科学者、 競技団体、スポンサー、弁護士、家族などのことです。関係者が連携協力することで、ハラスメント、ドーピング、八百長などから選手を守り、「スポーツ・インテグリティ(高潔性)」を保つ、そうすればアスリートが実力発揮できるという考えです。
これからのパラスポーツ界においては、選手が自分自身をセルフマネジメントする力を育むのと同時に、指導者の育成が課題だと思っています。いい指導者がいて、いい選手が生まれるからです。東京パラリンピックが1年先に延びてしまったとガッカリしている選手に対し、やる気をずっと維持するのは大変ですから、「休むことも大事だよ」と潔く言ってあげられるのも、コーチングの一つです。
今後は、2021年の東京パラだけではなく、24年のパリ、28年のロサンゼルスと、長い目で指導者育成を行っていけば、きっと選手層にも厚みが出てくるでしょう。

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指導者の育成も大事と話す花岡さん


(文/平井明日菜 写真/越智貴雄)


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