[全文公開] 特別座談会 中堅上場企業と中規模監査法人によるIFRS導入~先駆者たちが語る,導入のための実務ポイント~

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トーセイ株式会社 取締役・専務執行役員 平野 昇
トーセイ株式会社 財務経理部次長 古関 秀一
新創監査法人 統括代表社員 柳澤 義一
新創監査法人 代表社員 相川 高志
慶應義塾大学 教授 西川 郁生

<編集部より>

国際会計基準(IFRS)の任意適用企業が100社に届こうとしている。しかしながら,「IFRSは大企業でなければできない」,「グローバル企業以外にはメリットがない」との見方もあり,中堅企業での適用は進んでいない状況にある。

本誌はこのほど,「中堅上場企業によるIFRS導入」の先駆的な例として,2013年11月期からIFRSを任意適用しているトーセイ株式会社の平野昇氏(取締役・専務執行役員),古関秀一氏(財務経理部次長),さらに,同社のIFRS導入プロジェクトをサポートした新創監査法人の柳澤義一氏(統括代表社員),相川高志氏(代表社員)に,その取組みと実務上のポイントを語っていただいた。司会進行は,西川郁生氏(慶應義塾大学商学部教授)。IFRS導入にあたり何を検討し,どのように対処したのか,本稿をご覧いただければ,中堅上場企業におけるIFRS導入準備のヒントが見えてくるはずだ。

IFRS導入までの経緯

司会・西川郁生氏(以下,西川) 皆様,お忙しい中,お集まりいただきましてありがとうございます。本日の座談会は,中堅上場企業が国際会計基準(IFRS)を導入した先駆的な例としてトーセイ株式会社の皆様,監査人である新創監査法人の皆様に,体験されたこと,感じられたことなどを伺います。今後,中堅企業のIFRS導入あるいはそれに伴う中堅監査法人の監査の参考になるようなお話をお聞きかせいただけるものと期待しております。早速ですが,トーセイさんから,IFRS導入までの経緯についてお聞かせいただけますでしょうか。

トーセイ・平野昇氏(以下,トーセイ平野) IFRS導入を考えるきっかけとなったのは,当時の当社中期経営計画の三大方針のひとつに「グローバルなフィールドへの進出」があり,2011年7月にシンガポール証券取引所(SGX)メインボードへの上場を企図したことにあります。SGXは米国基準あるいはIFRSのみが認められており,日本基準における上場はできないということがありました。また,当時の日本では,会計基準がIFRSに統一されていくであろうという世の中の動きがあったと記憶しています。日本では2010年3月よりIFRSの任意適用が可能となり,2015年には強制適用との流れがありましたので,いずれ我が社としても対応に迫られるとすれば,これを機にIFRSを導入することは良しと判断しまして,導入に向けた準備を開始しました。

西川 IFRS導入までのスケジュールとしては,実際の導入の何年ぐらい前から準備に入られたのでしょうか。

トーセイ・古関秀一氏(以下,トーセイ古関) 当社の場合,SGX上場という目標がありましたので,上場をゴールとして逆算でIFRS導入スケジュールを組みました。当初のスケジュールでは,2012年11月頃のSGX上場を予定していましたので,約1年半での導入を考えておりました。実際は,SGX側の事情等によりスケジュールが延びたこともあり,IFRS導入が上場スケジュールに左右され,大変でした。

トーセイ平野 SGXを目指したところから上場までだいたい1年半ぐらいはかかると言われてスタートしました。一方,上場審査時には遡って過去3期分の財務諸表が必要でしたので,それらをすべてIFRSに置き換えるということが求められました。

西川 そうすると,シンガポール向けのIFRS財務諸表のほうが日本でのIFRS適用より先行したということですね。

トーセイ平野 はい。それともうひとつ理由がありまして,当時は日本でIFRSを任意適用するためには,海外に資本金20億円以上の子会社がある,または海外市場に上場しているという要件がありました。私どもとするとシンガポールで上場できると日本でもIFRSを使えるということで,そういう要件を満たす必要があったということです。

トーセイ古関 SGX上場後に日本でもIFRSを任意適用すべく,並行して準備を進めていました。多少のスケジュールの遅延はありましたが,IFRS移行日がずれることはありませんでした。もしIFRS移行日が1年ずれてしまった場合,開示書類を作り直さなければなりませんので,スケジュールには神経を遣いました。西川 なるほど。次に監査法人との関係に移りたいと思います。監査法人との協議を開始したのは,準備を開始する段階からですか。

トーセイ平野 そうです。SGXの日本駐在のセールスプロモーション部隊がいまして,ぜひシンガポールに上場をというお話がありました。そして調べましたらIFRSということで,真っ先に新創監査法人に相談しました。もっと言いますと,「IFRSとは何ですか」「いまと何が変わりますか」ということからご相談しました。プロジェクト発足と同時に相談を開始したということです。

新創監査法人・柳澤義一氏(以下,新創柳澤) そうですね。そこでポイントだったのは,社長といちばん最初に議論したことです。シンガポールだけIFRSを適用して,日本は日本基準という選択肢もあったのですが,社長は「一本化できないんですか」とおっしゃるので,「いや,できますよ」とお答えしました。もちろん,当時は先に海外上場しないとIFRSは適用できませんでした。ただ,1年ずらせばいいので,「じゃあ,ぜひ日本でもIFRSを適用したいですね。二つ作るのは経営的にみても無駄だし」とまとまりました。「日本基準との違いは何ですか」「ここが違います」といったやりとりがあり,「それなら何とかできそうです」といった話になりました。現場は大変だったと思いますが。

新創監査法人・相川高志氏(以下,新創相川) 差異分析時点での論点把握についても,トーセイさんがかなり早い段階から作業を行っていましたので,それを我々監査人が監査の一環としてチェックをするといった流れで実施しました。トーセイさんだったらどういった主要な差異があるのかを事前にまず把握して,金額的にいくらぐらい影響があるかというのをざっくりと押さえておいたので,実際の作業はかなりスムーズに進められました。

IFRS対応のための社内体制

西川 トーセイさんにお伺いします。IFRS対応作業のための体制は,具体的な規模なども含めてどのようなもので,それをどのように構築されましたか。

トーセイ平野 IFRS導入を会社として決定した後は,特段,そのための人材を採用したり,特別にコンサル契約を結んだりはしていません。当社の場合,SGX上場スケジュールのこともあり,新たな人材を採用している時間的余裕はありませんでした。また,採用しようにも,当時はIFRSに詳しい人材が市場に少なかったと思います。新創監査法人と密な協議をして,当社の財務経理部員全員で勉強していったというかたちです。そのため通常業務に加えてIFRSの勉強もする,といった時期がありました。

トーセイ古関 財務経理部で決算を担当している5名が,通常業務と並行してIFRS対応を行うことになりましたので,少しでも効率的に行うために,各メンバーが自分の担当業務に関係するIFRS調整業務を行うこととしました。

西川 柳澤さんにお聞きしますが,監査法人サイドは,この体制についてどのように見ていましたか。

新創柳澤 ここはひとつのキーポイントだと思いますよ。中堅企業がわざわざ別の人材を雇うというのは費用も大変だし,それを管理コントロールするのも大変です。やはり平野専務がおっしゃったように,現場の財務経理部のメンバーで勉強してIFRSに取り組むというのが結果的に良かったのだと思いますね。

新創相川 私もそう思います。新たに人を入れたりすると,その業務自体をどこまで理解しているのかというのもありますし,そうなると理解不足により正しい会計処理ができない可能性もありますので,やはり今回のケースのように,日頃から実務をやってらっしゃる方がIFRSを理解した上で取り組むというのが一番良いのではないでしょうか。

トーセイ平野 日本基準をIFRSにするとこうなる,といった面は押さえていても,当然いま現在走っている期もあり,その業務に加えて過去3期分の遡及修正もありますからね。

新創柳澤 理論的には可能であっても,通常業務と並行しながらIFRS対応を進めなければいけないので,大変でしたよね。

トーセイ古関 そうですね。SGX上場準備とIFRS導入が重なっていましたので,当時の業務量は相当なものでした。

海外上場に向けた監査体制の整備

西川 導入プロジェクトを進めるなかで,会社と監査法人のコミュニケーションはスタートから導入までずっと続いていったということですね。

トーセイ平野 はい。SGX上場の話に戻りますが,IFRS対応は進めながらも,それとは別でSGX上場用に現地の監査法人による監査証明が必要でした。現地の監査法人に対する日本とシンガポールとの違いの説明なども,我々で足りないところは新創監査法人さんにもお手伝いして頂きました。

西川 現地の監査法人の選定についてはどのようにされたのでしょうか。

新創柳澤 基本的には,我々がいくつかの海外の監査法人と接触し,我々と監査体制が組めるかどうか,というところを見て選びました。中規模監査法人という視点からみると,我々は国際的な部分でネットワーク・ファームを持っているわけではないので,海外でどこの監査法人と組むのかというのは重要なポイントになります。まずは二重監査にならないようにすること。もし我々の監査とは別に,一から全部やるぞと言われてしまった場合は大変な負担になってしまいますから。新創監査法人の監査をきちんと利用できる体制を持っているところを探しました。それでも大変でしたけどね。

日本市場とシンガポール市場の違い

西川 シンガポールと日本で証券市場や関連当局のスタンスの違いを感じられたことはありましたか。

トーセイ平野 特に上場審査の過程で違いを感じました。やっぱりお国が違いますと審査の内容等も違います。ここに目論見書を用意していますが,ご覧の通り非常に厚みがあります。日本の上場の際の目論見書もリスク要因の記載というのは最近増えていると思いますが,向こうはありとあらゆるものについて書きます。たとえば日本で言いますと,持っている不動産の境界が隣地の方と完全に確定していないものが多いんですけれども,向こうは,一部の土地において境界が確定していないため将来これが紛争になる可能性があるとか,道路の拡幅計画が入っているからいずれ収容されてしまうかもしれないおそれがあるとか,ありとあらゆることを書かなければいけなくて,その結果としてこういう分厚いものになっております。あとは法律の違いについても全部載っていまして,日本の会社法と現地のカンパニーアクトとの違いについて相当書いてあります。会計的には変わらないんですけどね。

新創柳澤 そうですね。まさにそれはIFRSで統一しているから変わらないんです。

会計方針の検討

西川 会計方針の決定などで,会社が取りたい方針について監査法人と意見が合わないとか,そういうことはあったのでしょうか。

トーセイ平野 IFRSになるからといって意見が合わないということは特段なかったように記憶しております。

新創柳澤 あえて言うなら,意見の不一致ではないですが,例えばフリーレントの処理をどうするかという検討がありました。IFRSに従えば,フリーレントは収益が先に計上されることになり,個別の決算であれば課税所得が増えるわけです。そうすると,課税所得が増えることに対して会社がそれを承諾しないとなかなか進められないので,そこは社長に「フリーレントの場合,売上が先に立ちますので課税所得も増えますよ」とお伝えしました。これは連単一致させることを前提としていますけどね。でも,それを連単一致させないでやるのはとても大変だから,「じゃあ一致させて,個別のほうも直しましょう」といった,そういった議論は色々ありましたね。

新創相川 どこまで精緻にやるかというのがいちばん検討したポイントです。すべて精緻にやるという方法もあったんですが,重要性のないものに関してまでIFRSの基準に100%従う必要はないと考えました。ただ,それがどこまで認められるかというのは慎重に判断いたしました。今回のケースですと,シンガポール上場の審査も控えています。そうしたところを考慮して,重要性の観点から十分認められるかなと思った部分でも,そこが議論となり上場スケジュールが延期されるようなことがあってはまずいということで,安全に,かなり保守的に判断しました。

西川 日本基準のなかでIFRSに近づけることができる会計方針の例ですが,そういったものはトーセイさんの場合どういったものがありましたか。また,会計方針を変更するにあたっては変更の理由や適時性が問題になることがありますが,その点はいかがだったでしょうか。

トーセイ古関 当社がIFRS調整を行った主な項目は,「借入コストの資産化」,「フリーレント期間の賃貸売上の認識時期」をはじめとして,「棚卸資産の減価償却の中止」や「退職給付債務の算定方法」,「販売経費の費用認識時期」などです。ほとんどの項目が,日本で選択適用ができるものばかりです。

■日本基準からIFRSに近付けられる項目


項  目
1 借入コストの資産化
2 フリーレント期間の賃貸売上の認識時期
3 棚卸資産の減価償却の中止
4 棚卸資産の評価方法(切放法→洗替法)
5 販売経費の費用認識時期
6 退職給付債務の算定方法(簡便法→原則法)

※但し,一部の項目については,差異が残る可能性があります。

トーセイ平野 日本基準のなかでもAとBのやり方があって,IFRSだとAになる場合がありますよね。そこで,Aの方が当社の実態に合っているなといった場合,日本基準のうちにAに直しておくことでIFRSにするときの調整項目があまり出ないというのがあります。それを使うとIFRSを入れるのはそんなに難しくないですよ,というお話を新創監査法人さんから聞いておりました。

新創相川 会計方針の変更が正当な理由として認められるか,についてですが,個別段階で会計方針を変更する場合,そのタイミングとしては,将来のIFRS移行をにらんでIFRS導入より前の期に会計方針を変更するか,またはIFRS移行と同時というのがあります。前の期に変更しておく場合は,その時期の変更が正当な理由のほか,従来の会計処理よりもより適正に会社の財政状態と経営成績を表示することになる,ということを明らかにする必要があります。

新創柳澤 そうなんです。ただ単に将来のIFRS適用をにらんで,事前準備のためというだけでは,会計方針の変更が妥当であるとは言えない可能性があります。そして,IFRS移行と同時,もしくは移行後に個別の日本基準の会計方針を変える場合は,連結決算をIFRSで作成するため,個別決算のほうでも会計方針の変更を日本基準の枠内で最大限受け入れられる範囲で変更を行って,IFRSの処理にできるだけ合わせようという趣旨ですが,これは同一環境下の同一取引については,会計方針を統一するのが大原則ですから,このタイミングでの変更は問題ないと言えます。そもそもなぜ日本基準をIFRSに近付けるべきかというと,二重基準による煩雑さや経営資料としての混乱を避けるためです。細かい差異を除けば,ほとんどの日本基準はIFRSに合わせられますよ。もちろん,闇雲に合わせるということではなく合理的に判断しなければいけませんが。

トーセイ平野 柳澤先生にはそういったアドバイスを頂きました。ただ,IFRSと当社の日本基準の選択が合っていないところもあったので,それの代表例をいくつか申し上げます。

<不動産の会計処理>

トーセイ古関 まず,賃貸用不動産におけるフリーレントの会計処理が従来は現金ベースで処理していましたが,今回IFRSの適用により発生ベースに変更しました。

西川 IFRSの場合,フリーレントは平準化するのですね。

トーセイ平野 はい。契約期間に応じて。

新創柳澤 いまの日本の主な会計慣行は,現金が入るまでフリーレント期間は認識しません。それを平準化すると,発生主義で,未収家賃が立つようなかたちになってきます。

トーセイ平野 ただ,たとえば米国ですと通常,賃貸借のリース契約はだいたい5年とか10年で,それに対して6カ月は無料にするというような契約形態があるんです。ですから10年で均すという計算になるのですが,日本では賃貸借契約は2年が多く,それで半年フリーレントとなりますと,ずいぶん金額の差がありますよね。

西川 全期間の4分の1が前倒し計上になりますね。トーセイ平野 そうなんです。さらに申し上げますと,私どもには不動産を持って,それを長期保有し賃貸する大家業に加えて,中古の収益不動産を取得し,改修工事を施し,空室にテナントを誘致し1~2年で売却をするという不動産再生ビジネスがあります。新たにテナントに入居頂く際にフリーレントがあると,未収家賃を計上することになりますが,仮に1年後に売却するとこの未収部分は賃貸売上のマイナスを計上することとなります。

新創柳澤 要するにビジネスモデルがちょっと複雑なんです。開発・売買・賃貸がミックスしたような形になっているケースが多いので,純粋に賃貸じゃないし,純粋に売買じゃないし,それを併せ持った商品価値を持っているから,フリーレントで先に取り込み過ぎると,後でそれは取れないという話になっちゃうんです。

西川 会計処理の差異が生じたものは,基本的にはIFRSの,賃貸不動産の基準の対象になるものがメーンですか。

新創柳澤 そうです。

西川 IAS41号には,原価法と公正価値の選択があって,トーセイさんは原価法を選択されたという理解でいいですね。

トーセイ古関 長期保有目的の投資不動産は原価法を採用しました。

新創柳澤 それに対して棚卸資産である販売用不動産は正味実現可能価額での評価ですよね。

トーセイ平野 当社は販売用不動産と投資不動産があって,二つに分けているんですけれども,ここの壁が近いので,けっこう議論になります。

西川 なるほど。賃貸中であるけれども販売用不動産ということもあるのですね。

トーセイ平野 はい。具体的には,テナント付きの中古不動産を買ってきまして,壊れた設備を直し,空室にテナントを入れ,またこれを販売します。これが全体のウエイトの過半を占めておりますが,販売用不動産からも賃貸収入があり,投資不動産との違いが判りにくいですね。

西川 他にはいかがですか。

トーセイ古関 やはり棚卸資産関係の調整が大きかったと思います。上場申請時はまだ日本基準で日常業務を行っていましたので,「これをIFRSにしたら簿価はいくらなんだ」という質問をよく経営陣からされましたが,まだ日常業務にIFRSを落とし込んでいなかったので,そこで即答できないという状況がありました。それで上場後,なるべく単体の業務でIFRSを取り入れられるものについては取り入れていこうということで進めていきました。

<広告宣伝費>

新創柳澤 広告宣伝費も,不動産にまつわるものは従来であれば不動産が売れるときまでは前払いにして,売れたら費用化するという処理だったのですが,IFRSの場合は広告を打った段階で費用認識しなければいけません。ただ,実はこれは日本基準でも当然認められる,むしろそのほうが推奨されるくらいの処理なので,そういった変更は個別のほうでやりました。ただ,意見の不一致ということではありませんが,売れる前に費用化されてしまうと会社の販売用不動産に対する原価計算がしづらくなるんですよね。

トーセイ平野 従前は広告宣伝費も売上原価に計上しておりました。

西川 広告宣伝費が物件にヒモつきなのですね。

トーセイ平野 そうなんです。物件毎の原価と認識していましたので,営業部門としては広告宣伝費も含めてこのプロジェクトでどれだけ利益が出るかということで管理をしていたのが,前期の費用で計上済みです,といった話になると,当期の利益率とプロジェクトとして管理している利益率が一致しない,二段階管理になっているんです。業界慣行のままだと便利だったのが,IFRS導入に伴い管理しづらい面が出てきた部分も少しありました。

<退職給付>

トーセイ古関 あとは退職給付債務の計算です。当社は従業員300人未満ですので,これまでは簡便法で計算していましたが,IFRS適用にあたり原則法を適用しました。IFRSにおいても簡便法がまったく認められていない訳ではありませんが,当社の場合,SGXの上場審査もありましたので,原則法を採用しました。

西川 数理計算を使われることになったわけですが,計算は外部に委託されましたか?

トーセイ古関 いえ。毎期,外部の年金数理人に依頼するとかなりのコストがかかります。社内でできるように数理計算のできるソフトを導入しました。新創柳澤 そこはポイントなんですけど,不動産の鑑定評価もそうだったんです。投資不動産の公正価値算定などでは,独立した鑑定人の評価の利用が奨励されてはいますが,棚卸資産である販売用不動産も含めて,すべてに不動産鑑定士の評価を取れなんて書いていないですから。ところが外部の専門家の何か,と書いてあると,日本でいうと不動産鑑定士の評価になってしまうのかなと。それを全部取ったらものすごくお金がかかっちゃう。でもIFRSはそこまで書いてあるわけじゃなくて,要するに,ちゃんと合理的に計算されたらいいじゃないかとか,証明されればいいじゃないかというと,それに対して会社側がどういう対応をしていくかというのはやっぱり考えどころですよね。たとえば不動産鑑定士の評価に代わるものとしてこういうものがありますというのを,会社側が考えて出してくれば,それはそれでIFRSでもOKになると思うんですよね。だから,結果的には会社のほうで年金数理人を使わないでソフトでやったということですよね。不動産の価値も不動産鑑定を取るのはごく一部で,基本的には社内ですよね。

トーセイ古関 そうです。社内で評価ルールを定め,それに基づいて行っています。

西川 本日はIFRSが焦点ですけれど,業種的にはやはり鑑定評価というのが一番肝になる部分かと思います。特にお話のように減損との関係がありますので。ところで,不動産鑑定士の評価は,評価技法は限られているでしょうから,あまりブレないものですか。

トーセイ平野 それはけっこうブレますね。

新創相川 過去のデータを見ると,実際に社内でやられた評価のほうが評価としては正しくて,むしろ鑑定評価とは乖離しているという感じだと思います。

新創柳澤 そういう意味では,IFRSの真意をしっかり理解できれば,何でもかんでも不動産鑑定士だとか,年金数理人に頼もうという話にはならないと思います。

トーセイ平野 そのあたりの勉強が我々も足りないのですが,世の中的にもたとえばIFRSに先入観を持って,それがまた固定観念になってしまうのはよくないですよね。だから,日本基準のほうが選択肢があるように思えますけど,逆に選択肢を明示され過ぎていますよね。

西川 それがルールベースということですね。

新創柳澤 ひとつでも条件が合わないとできないし,逆に条件が揃ったらやらなければ,といった話になりますから。その点はIFRSのほうがプリンシプルベースなので,理解してくれば,むしろ自分の企業の正しい姿を示す意味においてはいいのかもしれないですね。

新創相川 IFRSはプリンシプルベースなので,ある程度,その会社のご判断でできるところがあると思うんですけど,どうしてこの処理をしているのかというのをきちんと会社側も監査人側も合意して,外部にいつでも説明ができるようにしておくことが非常に重要だということを痛感しています。

<減価償却>

西川 次は減価償却に入りたいと思います。IFRSの中では当然,定額法も定率法も認められますが,現実的に実務はヨーロッパなどではほとんど定額法です。トーセイさんも一部に定率法を採用したようですが,この点について今後のIFRS適用企業へのアドバイスはありますか。

新創相川 IFRS財団教育文書「減価償却とIFRS」にもある通り,「耐用年数の後半に,より多くの修繕やより頻繁なメンテナンスが必要となる場合」,そして「ある資産を使って製造される製品の価格が当該固定資産の耐用年数にわたって低下していくと予想される場合」が例としてあげられていますが,これは従来から言われてきた論拠であり,説明しやすいと思います。金額的重要性が大きければ,定量的な根拠も用意しておくのが望ましいと思います。このあたりは担当する監査人の判断も入るため,よく打ち合わせが必要なポイントです。

新創柳澤 定額法,定率法の話はまさに日本でIFRSを導入しにくくしている日本の対応,すなわち横並び主義の良い例です。別に定率法がだめと言っているわけではないのに,IFRSは定額法だと決めてかかっているフシがありました。IFRSこそ原則主義で,何が適しているかということを吟味検討する努力を怠ってはだめだと思います。

トーセイ古関 自社の資産に照らして考えた結果,備品など一部の資産については定率法のカーブの方が適していると判断し,定率法を採用しました。

新創柳澤 そもそもなぜ私が「日本基準をIFRSに近づけましょう」と言ったかというと,これは社長との話し合いのなかで,経営指標が二つ出るのは困ると。もちろんその前に,経理的に二つつくるというのは意味もなく,とても煩雑なことです。例えば,さっき出ましたが,棚卸資産である不動産を個別決算では償却して連結決算では償却しないとかいろいろやると,非常にややこしくなるので,まず一本でやっていきませんかと提案しました。調べてみると,ほとんどの日本基準はIFRSに合わせられるんです,日本基準の中で。日本基準とIFRSは違うと言いながら,じつはIFRSが違うのではなくて,日本基準の中でこっちを取っていただけであって,この範囲の中でIFRSに寄せれば大半は一致しますよと。そうすると会計処理的に楽だし,社長は何と言っても「経営指標が二つ出るのは困る」といったお考えでした。だからなるべく近づけましょうと。そうすると本当にごく一部だけが連単の不一致ということになってくるので,その方針を取ったのはまさに中堅企業にとってはいちばんのポイントなんじゃないかなと思います。

<重要性の判断>

西川 IFRSへの修正というなかで「重要性の判断」というのがあるかと思いますけれども,いろいろなところで重要性が出てきて総合的に判断するという点は,非常に難しい部分になるかと思います。まず,作成段階でどういう考慮をされましたか。

新創相川 IFRSに明確に簡便法が認められるという規定はほぼないので,そこがどこまで簡便的な処理,あるいは重要性がないからといったものが認められるかというのは判断次第だということで,ここは非常に慎重になりました。やはりIFRSとの一番の違いは,日本は重要性の基準が明確に書いてありまして,そこをクリアすればトータルで多額になっても簡便的な処理は認められるということになります。ところがIFRSはそういった基準がないので,やはりトータルでこの会社はこの取引に関して簡便的な処理を認めても重要性の観点から認められるかどうかと。あるいは原則法と大きな差異がないかというのは個々の取引ごとに判断していく。そこが一番のポイントで,やはり監査上の重要性の基準値との関係もあるので,そこは慎重に判断して会社側との見解を一にしていろいろと検討したところです。

トーセイ平野 とくに数値基準が日本基準だと明確に入っているもので,私どもの業界として,影響の可能性があったのが,いわゆる不動産ファンドビジネスにおいての連結の問題です。不動産ファンドのイメージですが,資本金100万円でハコ(SPC)をつくり,そこに投資家が10億円を出資し,銀行から10億円を調達し,20億円の不動産を持つというスキームです。ところが,投資家の出資10億円は,資本金100万円とは別の優先出資というものであり,もしこの資本金100万円を当社が出していると,これは当社の100%子会社となります。つまり,連結対象となります。ですが,この20億円の不動産は投資家に帰属すべきですよね。日本基準だと資本金の出資割合で連結,持分法,非連結になりますが,これがIFRSでは,数字ではなくて実態の判断,これに対する処分権とか差配権があるかどうかということの判断になると理解しています。ただ,当社の場合は,結果として日本基準とIFRSで連結範囲が相違するようなケースはありませんでした。

新創柳澤 そうですね。数値基準を使わなくていい分,実態を判断したうえでできるというところが,それを重要性と呼ぶかどうかは別問題として,IFRSの原則主義のいいところだと思います。

<借入コストの資産化>

西川 借入コストの資産化というのも業種的に大きなものかと思いますけれども,原価が変わるということは営業方針・価格とか事業判断に影響を与えると思いますが,いかがでしょうか。

トーセイ平野 借入コストの資産化により,従前は費用発生時に営業外費用で計上していた不動産の開発期間中の支払利息が,いったん各物件の簿価に計上され,その物件を売却する際に売上原価に振り替えることとなりました。これによって,不動産開発事業の売上総利益はマイナスの影響を受けました。また,これまで発生時に費用処理していた支払利息の費用認識のタイミングが物件売却時へと変更になりました。ただ,もともと当社は支払利息まで織り込んで物件ごとの収支を作成し管理,投資判断しておりましたので,それが資産計上になったことによって何かが劇的に変わるということはなかったと思います。逆に言うと,個別で意識している部分と会社の財務諸表に出てくる数字が一致する部分が出てきたんですが,ただしそれは新築の不動産の場合で,さきほど言ったように,家賃がすでに入っている中古不動産の場合は,家賃収入が計上されているために,この金利は原価算入じゃなく,期間費用となっております。ですから,やったことでマイナスとか弊害はないんですけれども,期間費用で処理しているもの,原価にのっているもの,というのが混じっているという部分はあります。

西川 開発のものについては,管理の考え方と連結が一致したということですね。

トーセイ平野 はい。

適用2期目の課題

西川 つぎに,導入後の決算・監査において,課題になっていることはありますか。

トーセイ古関 当社の場合,2期目の課題は非常に明確でした。1期目は,SGX上場との絡みもあり,とにかくIFRSベースの連結財務諸表を作成することに注力したため,これまで通り,グループ各社が日本基準で作成した財務諸表を一旦集計し,その後,全ての会社のIFRS調整を親会社がまとめて行っていました。ですが,このやり方にはデメリットもあり,各社の経営管理数値は日本基準,外部に開示する連結の数字のみIFRSという,いわゆる連単分離の状況ができてしまいました。そこで2期目以降は,日本基準で作成しているグループ各社の財務諸表をなるべくIFRSに近づけていくことを心がけて取り組みました。

西川 個別の中で変えていったという意味ですか。

トーセイ古関 はい。個別の財務諸表の会計方針の変更を行いました。会計方針の変更は,税務面での影響を考慮する必要がありましたが,IFRSベースでの経営管理を行うためには避けては通れないと考え,顧問税理士と相談しながら進めました。この会計方針の変更により,IFRSベースで経営管理がタイムリーに行なえるようになりました。また,グループ各社がIFRSに近づけた日本基準で月次決算を行うことになったことで,親会社でのIFRS調整作業が減り,決算の早期化につながりました。このおかげで,3期目以降は主に新基準のキャッチアップや,それに伴う過年度遡及への対応を行い,スムーズな決算ができています。

新創相川 監査法人側とすれば,通常の監査をやっているチームとIFRSを検討しているチームは引き続きやっていますので,それが非常に深い理解につながっているというか,やはり日々の業務でいろいろ問題点とかを把握していますので,そのときにIFRSだとどうなるのかというのが深く検討できるので,やはりそこはメリットだと思います。また,IFRS調整仕訳の本数が減ったため,監査も効率的に実施できていると思っています。日本基準とIFRSの差異分析表は,会社としては基本的には導入時に作成すればよいと考えていると思いますが,監査上は毎期必ず更新が必要になります。財務諸表の数値は毎年変化しますので,従来は重要性が乏しいとして特別な調整を行わなかった,あるいは簡便的な処理を行っていたものについて,当期の数値予想を勘案して,今後もその方法が認容できるかどうかも毎期判断が必要になります。これらの検討を監査人として毎期きちんと行って,監査調書として残していくことが重要だと考えています。基準の改正時にも,差異分析表の更新を行っていますね。

新創柳澤 先ほど古関さんがおっしゃったように,日本基準をIFRSに近づけるということは導入の方法としてはすごくいいと思いますが,会計監査上は,IFRSに近づけるということだけではおそらく合理的な理由にならないと思います。そこはやはり会社の判断を監査上よく見ておかないといけませんし,ひとつひとつ丁寧に考えながら,やはり発生主義にしたほうがより適正であるということを検証していったというのはあります。もともとは社長の発想として,「連単分離は経営的に使いにくい」という経営面からのお考えがありました。ここは大切なポイントです。だからこそトーセイさんでは個別段階からできるだけIFRSに一致させよう,たとえ税務上の調整が必要だとしても,というお考えで進められたことが課題解決につながっています。ちょっとこれは話が脱線するかもしれませんけど,社長には「これは不動産業界で第一号ですよ。メリットとデメリットと両方ありますがどうですか」と話しました。そうしたら「ぜひやりましょう」と。ただやはり「業界初めて」というのは,注目されるだけにミスも許されないし,何かあればいいほうのレピュテーションもあれば,悪いほうのレピュテーションも起きる可能性があるので,それは話しましたね。

IFRS改正への対応

西川 IFRSは常に改正が行われていきます。その情報を取り込んでいくというキャッチアップをしていかないといけないと思うのですが,それに関する体制というのはどのようなかたちでやられていますか。

トーセイ平野 もともと改正予定なども全部出ておりますので,急に何かを直さなければいけないということはないですから,改正される内容については新創監査法人からご指導をいただきつつ準備をしております。

トーセイ古関 翌期から適用される会計基準については,当期のうちにセミナーやIFRS関連のウェブサイト等で確認し,改正内容を把握しております。また,その中で当社に影響のあるものについては,監査法人と協議し,規程を変更する必要があるか,IFRS調整シートを作成すれば足りるかなど,具体的な作業内容の確認まで行っています。過年度遡及修正が必要なものがあれば,調整シートの作成までを先行して実施します。

新創相川 我々監査法人のほうでも,改正内容については随時把握しておりますので,改正については早い段階からタイムリーに協議できていると思います。

(第一部・了。次号,第二部を掲載)