無料で全文公開中!「グローバル税務ガバナンス」の定義や意義とは?【月刊「国際税務」 新コーナー特集 VOL.2】

~月刊「国際税務」新コーナー特集「グローバル税務ガバナンスの向上を目指して~あるべき「機能・組織」と「人材育成」~」②~

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月刊「国際税務」11月号から始まった新コーナー「グローバル税務ガバナンスの向上を目指して~あるべき「機能・組織」と「人材育成」~」。(新コーナーの概要はこちら
HPでは、本コーナーの第1回「グローバル税務ガバナンスの定義や意義」の内容を全文公開いたします。


グローバル税務ガバナンスの向上を目指して~あるべき「機能・組織」と「人材育成」~
第1回「グローバル税務ガバナンスの定義や意義」

尾道市立大学 経済情報学部 教授 前田謙二 氏

■はじめに

 最近は税務ガバナンスの重要性が,指摘されています。今まで日本では,税務の仕事といえば,税務調査対策であり,その税務調査の結果も脱税,重加算税の適用案件,多額の追徴金や海外関連会社を利用した租税回避のようなマスコミ受けして新聞公表されない限り,企業の税務担当と国税当局との関係で完結しているようなものでした。しかし,平成5年商法改正により株主代表訴訟が利用しやすくなり,それ以降の税務調査対応では役員への損害賠償訴訟を回避するために,上場企業においても課税処分として更正処分を受けて,税務訴訟へ進むことも珍しくなくなってきました。

 また,2012年のスターバックス英国子会社事件では,課税処分を受けたわけでもないのに,適正な納税がされていないという記事(租税回避行為)が消費者の不買運動を引き起こし,その対応として企業が自主的に納税することになりました。この事件では,租税回避行為が事業ビジネスに大きな影響を与える可能性があるという点で大きなインパクトがありました。それ以降,企業の社会的責任(CRS)として,税務リスクを管理する重要性が認識されたと思います。

 これらに加えて,近年のIFRSや会計監査でも,税務リスク管理の業務プロセスの構築や開示などが要請されています。なお,多国籍企業の日本親会社に関しては,BEPS対応や海外関連会社の所在地国における税務ガバナンスへの対応など,グローバルに税務ガバナンスに対応する必要も生じています。

■税務ガバナンスの定義と意義

 「税務ガバナンス」とはどのように定義すれば良いのでしょうか。この定義は,各企業により異なるでしょうが,コーポレートガバナンスの一部として企業価値向上における税務の側面に関わること,というような共通項でくくれるように思います。

 税務としての企業価値の向上には,①税務コンプライアンス,②タックス・プランニング,③税務リスクの管理など,が考えられます。ただ,税務リスクを広く捉えれば,税務コンプライアンスもタックス・プランニングも必ず税務リスクを伴いますので,税務リスク管理が税務ガバナンスの中心にあるように考えられます。そこで,税務ガバナンスの意義とは,企業価値の向上のため,税引後利益の増大に貢献しながら,適正な税務リスク管理を行うということになるのでしょう。この税務リスクには,税務調査での追徴課税のようなコンプライアンスだけでなく,租税回避行為による企業イメージへのダメージ(レピュテーション・リスク)のような企業の社会的責任なども含めたものになります。

 なお,この税務リスク管理には,日本親会社が担当すべき,税務基本方針(Tax Policy),移転価格方針(TP Policy),タックス・プランニング,事務処理の効率化,税務組織の運営や人事政策など,企業グループ全体で統一的に対応すべきものと,各海外関連会社が独自に担当すべき税務調査における個別項目への対応などの税務リスク管理があると考えられます。

■税務ガバナンスの意義の検討

 税務ガバナンスの意義としては,企業価値の向上の一環として,①税引後利益の増加と②税務リスクの認識とその管理ということになります。ただ,この2つはある意味相反する側面があるので,どのようにバランスをとるのか,が実務上は問題になります。しかし,企業は限られた資源で,効率的に上記のような問題に対応せざるを得ないことになります。税務ガバナンスのために,無限にコストをかけられる訳ではなく,そこにリスクとコストとを比較して,最適な組合せを見出すしかありません。

 たとえば,このような組合せは国税当局の税務執行の現状により,変化することにもなると考えられます。税法の規定と税務執行は必ずしも一致しているとは限りません。税務リスクの認識においても,この点は重要なポイントになります。たとえば,日本親会社が海外関連会社の所在地国の税法を調べた場合に,税法の規定からはコンプライアンスとしてある書類作成が求められている場合でも,現地での税務執行として実務上当該書類の作成は重要性がない場合もあると思います。このような場合には,税務リスクとして認識はしますが(最大限のリスク金額),発生確率が低いとして,その税務リスク金額((最大限のリスク金額)×発生確率)は比較的小さなものと考えます。税務リスク管理としては,このような個別税務リスク金額をベースに,どのような行動をとるのかを検討することになります。このように対応策を検討することで,費用対効果を考慮していることになります。

 税務リスク管理において,税務リスクを認識するために,①企業グループ内からどのように課税情報を収集できるのか,がまず重要な問題になります。税務担当者が,毎日何万件と行われる企業グループ内の取引から,どのように課税上リスクのある取引を抽出する仕組みを構築できるのかということであり,税務担当者以外の社員への研修や人事ローテーションなども必要になるでしょう。税務リスクを認識できれば,その最大限のリスク金額の把握は税法を調べれば簡単に算定できます。このようにピック・アップされた取引の最大限のリスク金額を把握するのは容易であり,この点にお金をかける必要はありません。次に難しいのは,把握した税務リスクの発生可能性の見積とその税務リスクを低減するための具体的な行動を企画実行することです。この見積には,国税当局との税務調査等での経験を積んだ人材が必要になりますし,その税務リスクを低減するためには当該取引に関する知識と社内の書類の流れ等を把握している必要がありますので,それなりの経験を有する社員が必要になります。

 また,税務ガバナンスを向上するためには,移転価格方針(TP Policy)など企業グループ全体で統一した規定も必要になります。このように海外関連会社との取引金額を決めるとなりますと,各事業部などとの調整が必要となり,取締役会等での合意がないと社内プロジェクトとして,まったく進まないことになります。移転価格方針(TP Policy)のように,税務上で取引価格を決めてしまいますと,財務データで人事評価している場合には,不適切な人事評価にもつながります。そこで,人事評価を財務データではなく,別の指標(KPI)にすることも必要になり,全社ベースでの人事評価システムの見直しも不可欠になります。このように,税務ガバナンスといっても,その実行過程では財務関係部署だけで実行できないものも多く,もっと全社的な合意(社長や取締役会など)を取り付けることが重要ポイントになります。今後,税務の重要性が高まるにつれて,税務担当がより高度な機能を担うためにも,社長や取締役会での認識や承認が重要なキーになると考えられます。

 いずれにしても税務担当の役割が変化してきており,このような変化に対応した組織や人材育成が重要になります。次回以降は,税務担当者のあるべき機能などを具体的に検討し,どのような組織や人材育成が必要か,という点を検討する視点を提供したいと思います。

(つづく)

【略歴】
1984年から15年間,国税局調査部・国税庁調査査察部等に勤務し,海外取引法人の法人税調査などを担当。1999年には,デロイトトーマツ税理士法人で国際税務に関するコンサルティング業務等を経験。2004年からは,ネスレ日本株式会社で税務部を立ち上げ,執行役員税務部長として,他部署との円滑な連携,経営陣も巻き込み,社内のグローバル税務ガバナンス体制構築に大きく貢献した。2018年4月より現職。国税当局,税理士法人,事業法人等での経験をいかし,大学での勤務・論文執筆のほか,国際税務に関する執筆や講演活動も多数行っている。主な著書に,『基本から理解する国際税務の実務入門(税務研究会出版局)』などがある。

連載予定

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タイトル 掲載号
第1回 グローバル税務ガバナンスの定義や意義【全文公開中】
(前田謙二先生)
2019年11月号
第2回 社内組織整備・教育体制の目的と重要性
(前田謙二先生)
2019年12月号
第3回 充実した社内教育・組織体制
(前田謙二先生)
2020年1月号
第4回以降 導入事例インタビュー(企業複数社)
企業インタビューを通して、税務ガバナンス向上のヒントを提供
2020年2月号~

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