※ 記事の内容は発行日時点の情報に基づくものです

[全文公開] アングル 製薬業と無形資産に係る課税問題

 税理士 川田 剛

( 102頁)

はじめに

コロナへの最も有効な対抗策として注目されているワクチンであるが,その開発のためには,ぼう大な費用と時間がかかる。

それはワクチン以外の分野においても同様である。

しかし,いったん成功した場合,その市場は全世界が対象となり,そこから得られる利益も大きなものとなる。しかも,その製造に際し,耐久消費財等など大きな設備を必要としないことから,成功企業は巨大な利益をあげることが可能である。

そのため,製薬業界では研究開発に力を入れている。

今回紹介するのは,そのようにして開発された無形資産の利用によって得られた利益を開発国と市場国でどのように配分すべきなのかが問題となった製薬会社(グラクソ社)の事案である。

グラクソ事案の概要

グラクソ社(Glaxo,現在は合併してGlaxoSmithKline)は,英国に本拠を置く世界的な製薬会社大手であるが,米国を含む全世界で製品を販売している。そのうち,問題となったのは,主要製品である抗潰瘍薬Zantacである。同品は,1981年に上市され,米国では1983年に販売が開始され多額の利益をあげていた。それに対し,1992年にIRSが調査を開始した。

この調査は,1989年以降の年分を対象としたものであったが,結論が出たのは調査開始時から12年も経過した2004年1月6日である。ちなみにIRSの更正内容は1989年~1996年分を対象としたもので,IRC第482条に基づく更正金額は56億ドル(税額は延滞税,加算税を含め27億ドル)だった。

この間,同社は1999年にIRSと英国のHMRCに対し,相互協議による救済を申し立てたが,英国側が追徴税額はないというIRSの立場を支持し,それにこだわったため,不成立に終った。 (注)

(注)他方,調査当時同社の競争相手だったSmithKline Beecham社は,1992年8月11日,IRSに対し類似製品(Tagamet)を対象にしたAPAを申請し,1993年6月28日にIRSとの間で合意に達していた。ただし,APAの有効期間は1984年~1994年となっていた。

そこで,2004年4月2日,同社は,課税処分の取消しを求めて租税裁判所に対し訴訟を提起した。

さらに,2005年4月12日,同社は,IRSによる後続年分(1997年~2000年分)に係る課税についても取り消されるべきであるとして追加の訴訟申立てを行った。

(本件事案の主たる争点)

本件事案においてGlaxo側は,米国で販売されている製品の開発等が米国外で行われているとして,それらの製品の販売から生じる利益の30%相当額を米国販売子会社に,残り(70%)を親会社に配分していた。

それに対しIRSは,米国内での販売開始時におけるFDAの承認申請及びその後の販売促進活動等における米国子会社の役割が無視されているとして,販売利益の80%相当額が米国販売子会社の所得になるとして,前述したような更正処分を行った。

和解

租税裁判所で係争中だった本件事案は,2006年9月11日,次のような条件で和解に達している。

  • ①IRSによる利益分割法に基づく米国販売子会社と英国親会社間の利益配分という考え方は基本的に維持する
  • ②ただし,両当事者間の利益配分は,米国販売子会社が「60」,英国親会社が「40」とする
  • ③対象年分は係争の対象となっている1989年~2000年とするが,後続年分(2001年~2005年)についても同じ算式により両当事者間の利益額を計算するというやり方を継続する
  • ④この和解案に基づき,米国販売子会社は,米国政府に対し,総額31億ドルを支払う (注)
  • (注)この金額には,連邦税,州税,延滞税その他関連する税等を含む。

    あとがき

    このように,本件では,和解という形で事案が終結している。しかし,その内容をみてみると,実質的にIRSの主張が相当程度まで受け入れられた結果となっている。そのため,このような形での事案解決に力を得たIRSは,ニューズレターにより,本件和解成立の意義を強調するとととに,「今後,より積極的な姿勢で無形資産が含まれた取引に対処していく。」としている。

    ちなみに, 8月号 の本欄で紹介したコカ・コーラ事案(IRS勝訴)は,IRSによる積極的課税の延長線上にあるものとして受けとめられている。

    ※なお,本事案とほぼ同様の取引において,カナダでは最高裁まで争われ,結果的に課税庁側が勝訴している。