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[全文公開] アングル 情報交換と納税者の権利

 税理士 川田 剛

( 94頁)

はじめに

国際化の進展に伴い、国外所在財産の把握は、所得税・法人税のみならず相続税(遺産税)や贈与税の分野においてもその重要性を増している。

しかし、ある国の当局が、自国の法令の適用対象外にある国外財産について把握することは、実際には極めて困難である。

そのため、わが国をはじめ多くの国では、「国外財産調書制度」を設け、自国の納税者に対しそれらの者が国外に有する資産について、税務当局への開示を求めることとしている。(注)

(注)わが国の場合、平成24年(2012年)の税制改正で導入され、令和2年(2020年)の改正で一部見直した。

また、国外送金や国外からの送金については、金融機関に対し「国外送金等調書提出制度」などにより、税務当局への報告を求めることとしている。(注)

(注)ちなみに、わが国では平成9年(1997年)にこの制度が導入され、平成20年(2008年)に一部見直し(報告限度額を1回当たり200万円超から100万円超に引下げ)がされている。

それらに加え、二国間租税条約に基づく情報交換に代えて、BEPSプロジェクトで問題となった国際的租税回避問題に対応するための多国間条約(BEPS防止措置実施条約、いわゆるMLI条約)、さらには、「多国間執行共助条約」等により国際的租税回避行為や徴収のがれに対応することとしている。

他方、これを納税者サイドの観点からみた場合、正当な権利が侵害されることになるのではないかという見方も成り立つ。

このようなことから、最近では情報交換をめぐる係争案件もいくつか発生してきている。そこで、今回は、それらのうちのいくつかについて紹介する。

情報交換をめぐって争いとなった事例

事例その1…わが国の事例

東京地裁 平成29年2月17日判決(税務訴訟資料第267号順号12980頁)

この事例は、わが国の居住者(複数)がシンガポールに有していた外国投資信託について、税務当局から開示要請があったにもかかわらず開示がなかったことから、わが国の税務当局が、シンガポールとの間の租税条約第26条第1項に基づく情報交換要請を行ったのに対し、納税者がその差止めを求めて訴訟を提起したという事案である。この事案において裁判所は、本件情報交換は日星租税条約に基づく税務当局間の正当な手続きであり、納税者にはそれらを差し止める権利は有していないとして訴えを斥けている。

事例その2…英国の事例(差止め請求)

(JJ Management Consulting LLP V,HMRC EWHCL Admin 2019/2006)

この事例では、英国の居住者であり永住者でもあるBryn Robertson及び彼が実質的に支配しているJJ Consulting LLPほか5社(うち2社はスペイン法人とポルトガル法人)が、HMRCによる税務調査において、当局から要求があったにもかかわらずスペイン法人及びポルトガル法人に対する情報の開示を拒否したことから、HMRCが、対スペイン及び対ポルトガル両国との租税条約に基づき情報交換要請をした。それに対し、原告らがその差止めを求めたという事案である。ちなみに、この事案では、納税者の訴えが斥けられている。(注)

(注)この事案は、その後控訴されているが、そこでも同様の判断が維持されている(JJ Management Consulting LLP V,HMRC;2020,EWCA Civ, 784)。

事例その3…米国の事例(秘密保持条項違反)

(Aloe Vera of America Inc V.U.S 299-ev-01794(Feb.11.2015))

この事例は、日米租税条約の情報交換規定に基づき日本の国税庁からなされた情報交換要請を受けて米国の当局(IRS)から日本に提供された情報が、結果的に日本で表に出てしまったことで、米国の納税者が、それにより損害を被ったとして米国政府(IRS)を訴えた事案である。

裁判所は、日米租税条約に基づき、日本に提供された情報は本来秘密として取り扱われるべきものであり、情報提供に際し、日本側にその旨の申入れが十分な形でなされていなかったのではないかとして、IRSに対し、損害賠償金の支払いを命じている。(注)

(注)この事案は、日本で調査結果につきマスコミ報道がなされたことから、米国の納税者がIRSを守秘義務違反として訴えたというものである。

事例その4…ECJ(チェコ)の事例(納税者による交換情報の開示要請)

Jiri Sabou V.Finaucir事案(ECJ-IC-276 /12)

本件は、ECJでなされた判断であるが、もともとはチェコ出身のプロサッカー選手で、欧州各国(フランス、英国、スペイン)で活躍していたSabou選手に関する事案である。同選手がチェコに提出していた申告書のなかに、ハンガリーから同選手への支払いに関する情報が含まれていた。そこで、チェコの当局は、他にも似たような収入があるのではないかとしてチェコの税務当局が行った(かも知れない?)情報提供及び回答の内容について、本人に開示すべしとして争いになった。チェコの裁判所は、開示の可否につき、欧州裁判所(ECJ)にその判断を求めたという事案である。

この点について、欧州裁判所は、EU指令等ではそれら(開示)の可否に関する規定は設けられていないので、国内法(本件の場合チェコ国内法)でどのような規定がされているかによるとした。そのうえで、チェコ国内法には「開示すべし」とする規定がなかったとして、納税者の訴えを斥けている。なお、この事案では、納税者が、要請を受けた国の当局に対しても、情報の開示要求をしたり、調査プロセスへの参画を求めることができるか否かについても争われているが、それらについても訴えが斥けられている(参考: 8月号本欄 )。

事例その5…ニュージーランドの事例(同前)

(Commissioner of Inland Revenue V. Chalfield & Co. Ltd.(2019.NZSC.84))

この事案は、韓国の当局からニュージーランドの当局になされた情報交換要請の内容について、納税者(及びその代理人)が、当該要請内容が両国間の租税条約で規定されている正当な手続き及び内容に従ったものであるか否か確認したいとしてその開示を求めたもの。裁判所は、それらの要請を受けているか否かを含む内容等についてニュージーランドの当局はそれらを開示する義務はないとして訴えを斥けている。