<IFRS COLUMN>暖簾に腕押し 第26回 市場か倫理か(財務vs非財務)(その1)

 国際会計基準審議会(IASB)前理事 鶯地 隆継

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見えざる手

アダム・スミスの銅像はスコットランド,エジンバラのオールドタウンの中にある。欧州の街には銅像が多いので,いちいち誰の銅像だろうと気にも留めない観光客が多い。しかし,その銅像の人こそが現代の資本主義社会の基本的理念を最初に説いた人と言われている。アダム・スミスは1776年に「国富論」を著し,その中で,ひとりひとりが利己主義的に個人の利益を追求すれば,あたかも「見えざる手」によって導かれているかのように,結果として社会全体の利益を高めると説いた。それは現代では当たり前になっている考え方であるが,宗教や領主に支配されていた前近代の社会の価値観からは大きな飛躍であったに違いない。

資本主義社会においては,個人と個人の集まりである企業が自己の利潤の極大化を図ることによって,経済は最も効率的に運営される。アダム・スミスの説いた「見えざる手」の理念が正しかったことは,産業革命以降の人類の経済発展が証明しており,また第二次世界大戦後の冷戦において資本主義陣営が勝利したことによっても明らかである。

資本主義経済がその機能を果たす大前提として,自由競争と市場の整備がある。自由競争が確保されていること...