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[全文公開] 年頭所感 VUCAの時代に思うこと

日本公認会計士協会 会長 手塚 正彦

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謹んで新年のお慶びを申し上げます。

平素より当協会の会務にご理解ご支援を賜り,御礼申し上げます。

10年ほど前から,混沌とした社会・経済環境を,不安定(Volatility),不確実(Uncertainty),複雑(Complexity),曖昧(Ambiguity)という4語で表すVUCAという言葉が使われるようになりました。コロナ禍によって,今まで以上にVUCAを実感し新たな日常を模索している今,公認会計士として思うことを述べることといたします。

新常態における監査及び株主総会の在り方

コロナ禍により,生活様式や働き方が大きく見直されました。監査においても,実地棚卸立会の方法の工夫,残高確認の電子化,デジタル化された監査証拠の信頼性検証手続の明確化,監査報告書の自署・押印廃止,デジタルデータの活用など,デジタルとリモートを中核とした改革を加速する必要があります。

また,我が国の3月決算企業の監査スケジュールは平時においても極めてタイトです。企業と株主・投資家との対話の促進や議決権行使のための十分な時間の確保の観点からそして,コロナ禍のような緊急事態に備える観点から,定時株主総会開催日の更なる分散化を進めることが望まれます。加えて,上場会社については,現在の会社法と金融商品取引法の2つの法律に基づく規制を一元化する法制度の整備も検討に値すると考えます。

企業情報開示の充実と信頼性確保

企業情報の開示の観点では,近年のSDGsの浸透によるESG投資の急速な普及と,コロナ禍をはじめとした将来の不確実性の高まりを受け,世界的に非財務情報開示の充実と統一的な情報開示のルールの策定が強く求められています。

このような状況を踏まえて,当協会は2019年9月に「企業情報開示・ガバナンス検討特別委員会」を設置し,企業情報開示の有用性と信頼性の向上に向けた課題と対応の方向性及び公認会計士が果たすべき役割について検討を進め,2020年9月にその成果を中間報告として公表しました。当協会は,今後も検討を継続するとともに,企業情報開示の充実とその信頼性の確保に積極的に貢献して参ります。

ベンチャー企業成長支援及び中小企業支援

コロナ後の日本経済を支えるためには,革新的な製品やサービスを提供するベンチャー企業を育成し,産業の新陳代謝を活性化することが必須となります。当協会は,ベンチャー企業がその成長段階に応じて,公認会計士や監査法人から適切なサービスを受けることができる環境整備を進めており,「IPO支援に関わる独立開業の公認会計士名簿」や「IPO を目指す企業の監査の担い手となる中小監査事務所リスト」を公表しました。こうした取組を通じて,公認会計士や監査法人が,今まで以上にベンチャー企業の成長に貢献できることを願っています。

また,現政権の重要政策のひとつである地域経済を支える中小企業の活性化に対しても一層注力していきます。経営コンサルティング,事業承継・M&A等の支援,税務サポート等を通じた中小企業の経営改善は,公認会計士の強みを発揮できる領域であり,当協会は,地方自治体,地域金融機関等の関係者と連携して会員が活躍できる環境を整えて参ります。

デジタル経済への課税

国際租税の分野においては,デジタル経済が急速に発展する中で,従来の国際課税ルールでは所得の捕捉が十分になされないといった懸念が指摘されています。デジタル経済に対する課税について,各国で個別の暫定的措置が講じられ,各国の利害が対立する場面も見られるなど,世界的に混乱が生じており,我が国の企業も各国の税制の変化を予測することができず,混沌の中で事業展開をしなければならない状況にあります。こうした状況において,国際的合意に基づく解決策の取りまとめに向けたOECD/G20包括的枠組みでの議論に世界の関心が高まっています。

当協会は,2020年6月に公表した「税制の在り方に関する提言」において,BEPSプロジェクトへの対応状況も踏まえて,デジタル経済への課税について実効性のある税制の構築を提言するなど,我が国の税制の在り方について客観的な視点から検討を重ね,随時意見を発信してまいりました。引き続き,社会・経済の変化と各国の税制の動向を注視し,国際税務のあるべき姿について検討を進め,積極的に意見を発信して参ります。

公認会計士は,約70年にわたり財務諸表監査等を通じて信頼を創り続けてきたプロフェッションであり,現在では,数多くの公認会計士が監査以外の領域でも活躍しています。公認会計士の業務の多様化やDXの急速な進化等により,公認会計士に求められる役割は多様化していますが,社会に信頼を創り出し,人々に安心を届ける役割は不変です。当協会は,VUCAの時代においても,公認会計士が社会に信頼を創り出し,人々に安心を届けることができるよう,会員を支援して参ります。経済界,学界等の関係各所には,引き続き,温かいご支援とご指導をいただければ幸いです。

末筆ながら,皆様の益々のご健勝とご活躍を祈念し,年頭の挨拶とさせていただきます。