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[全文公開] アングル 米連邦最高裁,トランプ前大統領の税務申告内容開示を命令!

  川田 剛

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はじめに

前々回及び前回の大統領選を通じ,頻繁に話題になりながらも,かたくなに開示を拒んできたトランプ前大統領の税務申告関係書類であるが,今回ばかりは開示の方向に動きそうである。

大統領選挙における慣例(税務申告内容の開示)

米国では,大統領選に出馬する場合,自分の税務申告書を開示するというのが慣例となっている。

現に,2012年に同じ共和党から出馬表明をしたM. ロムニー候補は,自分の税務申告について,所得が約20億ドル,納税額が約4億ドル(1ドル100円換算で約2,000億円と約400億円)であると公表した。しかし,所得額に比して納税額が少なすぎるとして批判され,それまで優位に立っていた位置から大幅に支持率が後退し,結果的に大統領になれなかった。

トランプ流のやり方

マスコミ報道等によれば,トランプ陣営でも,当初は税務申告書を開示するか否かの検討を行っていたようである。

例えば,2014年5月に受けたインタビューのなかで,次のように述べていた。

「もし,私(トランプ)が大統領選に出馬することになれば,自分の税務申告書の内容を全て公表する。」

また,2015年2月に,前回の大統領選への出馬表明時のインタビューでも,「私は,税務申告の内容を全て公表する。早ければ1ヶ月以内にも。私には(税務申告の)公表に反対する理由は何もない。」と述べている。さらに,大統領に就任することとなった2016年1月及び2月にも同様の回答をしている。

ただし,公表のタイミングについては,徐々に先送りとなり,大統領就任後は,「現在IRSから税務調査を受けている。」という理由で,開示拒否に方針転換をしたようである。

ニューヨーク・タイムズ紙等のリーク記事とそれへの対応

この方針は,2016年11月にニューヨーク・タイムズ紙が,同大統領の2005年分の税務申告の内容の一部について報じた後になっても変わっていない。

ちなみに,同紙の記事及びその後になされたテレビ報道等によれば,トランプ大統領は,2005年に1.5億ドル(約160億円)超の利益がありながら,1995年に生じた9.16億ドル(約1,000億円)という巨額の損失の「繰越控除(米国では20年間繰越可能)」の適用を受けていたとのことである。そして,それにより,同年の所得がマイナスになり,実際に税金を支払ったのは,少額の代替ミニマム税だけだったとのことである。

その後の動き(連邦議会の要求とそれへの大統領サイドの対応)

2018年の中間選挙で勝利し,下院の多数を占めることとなった民主党は,R. ニール(R. Neel)下院歳入委員長名で,IRS長官に対し,トランプ大統領の2013年~2018年分の税務申告書を議会あてに提出するよう求めるとともに,「IRSから4月10日までに報告がない場合には当該要求を拒否したとみなす。」旨のレターを送付したとのことである。

しかし,同大統領は,顧問弁護士を通じ,「かかる議会の要求は,大統領の権限を定めた連邦憲法第1条修正に違反しており,(要求は)受け入れられない。」と回答していた。

そこで,議会側では,開示を求める「強制執行要求書(subpoena)」を裁判所あてに提出した。しかし,それに対しても,ムニューシン財務長官(当時)が,下院歳入委員長あてに,「かかる要求は,法的根拠に欠け,財務省としては,これに従うつもりはない。」旨のレターを発出するとともに,大統領の顧問弁護士も裁判所に対し,「差止め要求(squash)」をしたことから,争いは裁判の場に持ち込まれている。

州税をめぐる動き

なお,これと並行して,ニューヨーク州でも,州法に基づき,トランプ大統領(当時)が行ったとされる元モデルのS. Danielに対するいわゆる「口止め料」の支払いについて,マンハッタン連邦地裁は,トランプが税務申告等を依頼しているMazars USA会計事務所に対し,過去8年分の個人及び関連法人申告書の州当局への提出を求める令状を発出した。

それに対しても,大統領側は,「(米国大統領は)大統領在任中は,いかなる刑事訴追も受けない。」として,同令状の破棄を求める訴えを提起した。

連邦地裁(南ニューヨーク連邦地裁)は,トランプ側のこの要求を斥け,連邦高裁段階(第2巡回裁判所)でも訴えが斥けられたことから大統領側が連邦最高裁に提訴していた。

連邦最高裁の判断

連邦最高裁は,2020年7月8日,7対2という予想外の大差(判事の構成は保守派5,リベラル派4)で,大統領に対し,州税に係る税務関係書類の大陪審への開示を命じている。それは,トランプ大統領(当時)が,2016年の選挙キャンペーン時に口止め料として元モデル(S. Daniel)に支払っていた金員が,キャンペーン費用の中から不適切な形で支払われていたのではないかと疑い,開示を求めていたためである。

他方,(トランプ大統領の)連邦所得税に関する税務記録類の提出を求める罰則付きの召喚状(subpoena)について,連邦最高裁は,「議会がかかる権限を有すること」自体については認めつつも,(大統領には)議会から求められている資料を提出しないことができる『ある程度の特権(some privilege)』も有しているので,『下級審でこれらの点についてより詳細な分析を行う必要がある。』として,事案を下級審に差し戻していた。

しかし,今回連邦最高裁が,2021年2月22日付で,トランプ前大統領に対し,税務関係書類をマンハッタン地方検察に提出するよう命じたことから,これらの資料が大陪審に提出され,場合(検察側の起訴)によっては,それらの資料が公けの目にさらされる可能性が出てきた。このようなことから,今後の成り行きが注目されるところである。

※なお,連邦議会からなされていた『トランプ前大統領の税務関係書類の開示要求については現在下級審で審理中であるが,新大統領によって任命される新しい長官の下,IRSが前大統領の税務申告の内容をどの程度までチェックするのかについても注目がされるところである。