[全文公開] アングル 租税条約に基づき入手した情報の取扱い
税理士 川田 剛
はじめに
国際的な租税回避や脱税に対抗するためには、調査権限を行使できない外国にある情報の入手が不可欠である。このようなことから、近年、租税条約に基づく情報交換の重要性が増してきている。
それに伴い、納税者の権利保護に関する問題も注目されるようになってきている。そこで今回は、この問題を巡って争われたSabou事件(ECJ.C-276/12)について紹介する。
事案の概要
申立人の Jiri Sabou は、チェコ出身の著名なサッカー選手で、東欧諸国をはじめ、スペイン、フランス、英国等で活躍していた。
同人は、2004年の税務申告において、所属チームの移籍に伴うコストだとして、多額の経費を計上していた。それに対し、チェコの税務当局が、税務申告のなかにハンガリーからのインボイスが含まれているのを発見し、同人にその旨を通知するとともに、内容の説明を求めた。同人及び彼の代理人は、同様のインボイスが、スペイン・フランス・英国等からも租税条約に規定する情報交換条項によってチェコの当局に提供されている可能性があるとして、チェコの税務当局に対しその開示を求めた。
それに対しチェコの税務当局は、租税条約に基づき入手された情報は秘密として扱われており、開示できないとして拒否した。そこで、Sabou側が、納税者の権利について規定した1977年制定のEEC指令部(77/799/EEC:現行指令 2011/16/EUの前身)によれば、納税者は開示を求める権利があると主張するとともに、提供国と見込まれる国に対しても、開示を求める権利があるとしてチェコの裁判所に提訴した。訴えを受けたチェコの裁判所は本件の審理を欧州司法裁判所(ECJ:European Court of Justice)に委ねた。
欧州裁判所の判断 ~納税者敗訴~
欧州裁判所は、大略次のように判示し、納税者の主張を斥けている。
①「納税者が税務上保護を受けられる権利には、自分の意見を聞いてもらえる権利(right to be heard)がある。この権利はEU法の根幹を成す部分でもある。」
②「1977年制定のEEC指令では、各加盟国は、他の加盟国に対し、情報交換の要請をすることができるとしているが、それをどのように活用するかは、各国の法令で規定されているところによるべきである。」
③「当局が収集した情報について、税務当局は、納税者に開示または通知することを要求されていない。」
④「(同様に)情報提供を求められた国の当局も、要請があったか否か、及びその内容等について納税者に開示することを求められていない。」
あとがき
我々の常識からすれば、当局間で交換された情報は秘密として扱わねばならず、それを納税者に開示するというようなことはあり得ない。しかし、見方を変えれば、更正等をする場合、その根拠としてその情報を使うのであれば、いずれにせよ納税者には開示せざるをえなくなる性質のものである。
※ ちなみに、この事案は2016年にスイスのバーゼルで開催されたIFA(国際課税協会)で紹介されたものである。
なお、この記事を書くにあたっては、EUの税務専門家の集まりである欧州税務協議会(Confederation the Europian)から公表されている意見書(Opinion Statement ECJ -TF 2/2014)を参考にした。