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[全文公開] アングル トランプ前大統領の税務申告書開示へ

 税理士 川田 剛

( 118頁)

▶はじめに

これまで何回かにわたって紹介してきたように、トランプ前大統領は、それまで慣行とされてきた税務申告書の公開要求を拒んできた。

それらのうちの一部についてマスコミで報道(注)された後においても、本人自身は税務当局(IRS)から調査を受けている最中であることを理由として頑なに公開を拒んできた。

(注)ちなみに2016年にマスコミで報道された記事によれば、2005年分の税務申告では1.5億ドル(約200億円)の所得があったものの、1995年に生じた損失が9.16億ドル(約1,200億円)あったとして損失の繰越控除制度の適用(通常の場合、前2年の繰戻し還付と20年間の繰越控除が可能(IRC第172条))を受けたことから納税額はゼロだったということである。

しかし、このような状況も終わりを迎えようとしている。

▶連邦議会(下院歳入委員会)による開示要求

ことの経緯は次のようなものである。

当時、上下両院で多数を占めていた民主党は、トランプ大統領(当時)に対して、自分の税務申告書を開示するよう求めていたが、同氏がこれに応じなかったため、2021年初頭、連邦議会(具体的には当時民主党が過半数を占めていた下院歳入委員会(Ways and Means Committee))はIRS長官に対し、トランプ大統領の税務申告書の写しを議会あてに提出せよとの要求を行った。

しかし、トランプ大統領の指名を受けて就任していた当時のムニューシン財務長官(IRS長官の上司)がそれを拒否したため、連邦議会はその開示を求める訴え(subpoena)を裁判所に提起していた。

この訴えを受け、連邦最高裁は2022年12月20日、全員一致で財務省に対し、トランプ前大統領本人及び同氏のファミリー企業であるトランプ・オーガニゼーションの2015年-2020年分の税務申告書を議会あてに開示すべしとする判決を下した。

この判決をふまえ、連邦議会の下院歳入委員会(Ways and Means Committee)は、提出された資料をもとに調査を開始した。

▶議会調査の結果明らかになったこと

財務省から議会あてに提出された資料は、2015年-2020年分のトランプ前大統領個人及び同氏の個人会社トランプ・オーガニゼーションに関するもので、トランプ・タワーに代表される不動産やフロリダのゴルフ場、さらにはトランプ個人が所有するワインなど多岐にわたっており、なかには1項のみで400ページを超えるものもあるなど、膨大なものであった。

しかし、2023年1月3日に共和党が支配権を握ることとなっている下院歳入委員会としては、クリスマス休暇等を考慮すると極めて限られた期間しか残されていなかった。

そのため、議会同委員会による調査は、極めて限定されたものにならざるをなかった。

というのも、トランプ寄りの共和党が支配権を握った後では、本格的な調査は期待できなかったからである。

このように、調査範囲は限られたものであったが、これまでに分からなかった次のような点が明らかになっている。

①1995年に生じた多額の損失があったため、損失の繰越控除制度の利用により2015年分の申告までの所得税の納税額はなかったこと。

②2018年及び2019年分については納税記録はあるが、2020年分については事業の失敗等もあって納税額はゼロとなっていたこと。また、この年分には、それまで行っていた50万ドルの慈善団体への寄附をしていなかったこと。

③これまで過年度分についてIRSから税務調査を受けている最中であるということを開示拒否の理由にあげていたが、少なくとも同氏が大統領に就任した後にIRSからの税務調査は受けていなかったこと。

▶予想されるIRSへの風当たり

このように、今回の議会調査で、IRSがトランプ氏個人の税務調査をしていなかったことが明らかになったことから、IRSが大統領に配慮したものであるとして、政治的中立性を明らかにするためにも調査すべしとする圧力が強まってくるのではないかと見込まれている。

▶州税で脱税が明らかに

なお、これらとは別に、トランプ前大統領及びトランプ・コーポレーションは、州税の脱税違反容疑で州検察当局からの調査も受けていた。

その結果、トランプ・コーポレーションのCEOは、司法取引で、法人から簿外で報酬を得ていたことを自白したとしている。しかし、トランプ氏側は、法人サイド(トランプ・コーポレーション)はそれに関与しておらず、トランプ氏自身も関知していなかったとしている。