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[全文公開] アングル イスラムの相続制度

 税理士 川田 剛

( 65頁)

▶はじめに

わが国の場合、被相続人が相続分について何らの意思表示をしていなかったときにおける配偶者の法定相続分は、次のようになるとされている(民法900条)。

①子供がいる場合、遺産総額の2分の1相当額(同条一)

②子供がなく、直系尊族がいる場合における配偶者取り分は遺産総額の3分の2相当額(同条二)

③配偶者と兄弟姉妹のみが相続人の場合にあっては遺産総額の4分の3相当額(同条三)

このような配偶者への配慮は、男性優位とされているイスラムの世界においても認められている。

そこで今回は配偶者の相続分に関し、コーランで示されているところに従って紹介する。

▶コーランで示されている配偶者の法定相続分

先日NHKの朝の教養番組で「アラビアの数学」というテーマの放送を聞いていたら、そこでイスラム教徒の教典とされているコーランで被相続人との間に子供がいる場合の配偶者の法定相続分は8分の1になっているという話があった(注)。

ちなみに、コーラン第4章で示されている相続に関する部分は、男性優位というイスラム以前の慣習法を基本的に受け継ぎつつ、それに若干の追加をしたものであるとされている。

(注)そこでは詳細な説明がなかったが、イスラムの世界では女性が遺産を残すということは考えにくいので、ここでいう配偶者とは妻のことを指しているのではないかと思われる。

▶コーラン前における慣習法

コーラン前におけるアラブの慣習法では、遺産の相続は父系の男性に限定され、女性の親族や母方の親族は排斥されていた。

また、①子供がある場合には相続の権利があるのは男の子供が、②子供がない場合には被相続の直系尊族が、③それらのいずれもがない場合には被相続人である父方の兄弟とされていた。

▶コーランにおける新たなアイデアの導入

それに対し、コーランで示されている相続については、コーラン前に比べ、次のような点が改められている。

①それまで相続権がないとされてきた女性(妻)に対しても、新たに相続権が与えられた

②女性親族及び母方の親族にも、相続権が与えられた

③男性が相続人の場合、その相続分は女性の2倍となる

▶コーランで示されている配偶者の法定相続分

コーランでは、被相続人に遺言がなかった場合における法定相続分について、次のように述べられている。

①男の子には女の子の2人分を与える

②もし女が2人以上ある場合は、彼女らに遺産の3分の2(女の子が1人だったときは2分の1)を与える

③被相続人に子供がある場合における被相続人の両親の取り分は各6分の1

④配偶者(妻)には8分の1を与える(注)

(注)その結果、例えば、被相続人が2人の女の子を残して亡くなったとした場合における法定相続分は

となってしまう。

そこで次のような形で法定相続分の計算をやり直す。

そしてこれがアラビアの数学発展の一因にもなったとのことである。

▶あとがき

わが国でも、かつては「家制度」という伝統があった。明治31年(1898年)に制定された旧民法でも、その制度が継承された(注)。

(注)なお、旧民法の下でも「遺産相続」という制度は設けられていたが、そこでは均分相続となっていたことなどもあり、一般的には「家督相続」という形で長男子相続が適用されていた。

ちなみに、現行民法が制定されたのは昭和23年(1948年)のことであるが、そこで始めて配偶者相続人の相続権が確立された。それに比し、今から1300年も前に、コーランの中で、法定相続分に言及されていた点には、びっくりさせられる。

なお、イスラム教徒であってもコーランに従った相続制度の適用を受けられるのは、国がマレーシア、インドネシアのようなイスラム教国の信徒である場合に限られており(詳細については「法の適用に関する通則法」参照)、日本国籍所有者の場合にあっては日本民法の適用対象となるので念のため。