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[全文公開] アングル めずらしい遺言

 税理士 川田 剛

( 65頁)

▶はじめに

以前この欄で、米国のホテル王の一人ヘルムズリー(Helmsleys)夫妻の話をしたことがある。

エンパイア・ステートビルディングのオーナーとしても知られる同夫妻は、脱税犯、メール詐欺犯等の罪で起訴され、1989年、ニューヨーク連邦地裁で、16年の禁固刑が申し渡された。(注)

(注)ただし、最終的には8年に減刑されている。しかも、病気等を理由に実際に刑に服したのは、19か月と在宅2ケ月のみであった。また、出所の条件とされていた社会奉仕についても、実際には使用人にその代りをさせていたとされている。

なお、同時に起訴された夫のハリーは脳卒中で裁判を受けることが困難であると判断されたことから、不起訴となっている

▶ヘルムズリー夫人の遺言

夫の死後自分が所有しているニューヨークの最高級ホテルの最上階に愛犬(トラブルという名のマルタ種の犬)とともに住んでいたヘルムズリー夫人は2007年に死亡したが、死亡時に有していた40億ドルの遺産を同夫妻の名を付した慈善団体に寄附するとともに、自分の犬のために約50億ドルと評価されている遺産を残すとの遺言を残していた。この遺言をふまえ、遺言執行人は、この犬のために1200万ドル(約15億円)の信託を設立した(その後200万ドルまで減額されたものの、この遺言は有名で、2007年のフォーチュン紙の記事「ビジネスにおける101の愚かな選択」のなかでも第3位にランクされている。ちなみに、この犬は、2010年に12才で死亡し、使い切れなかった分は同夫妻の名を付した慈善団体に戻されたとのことである。

▶めずらしい遺言のいくつかの事例

ヘルムズリー夫人のような遺言だけでなく、他にもめずらしい遺言がいくつかある。

事例その1...シェイクスピアの遺言

ロミオとジュリエット、ハムレット、マクベス、リア王などの作品で知られる英国の著名な劇作家W・シェークスピア(William Shakespeare)は1616年4月23日に亡くなっているが、遺言の中で「自分の最も気に入っているペットのうち2番目のものを妻に残す。」としたうえで、「残りの全ての財産は娘のスザンナに残す。」としていたとのことである。

事例その2...ナポレオンの遺言

現在はイタリア領となっているコルシカ島で、1769年に生まれたナポレオンは、流刑地であるセントヘレナ島で1821年に亡くなっている。死に際し彼は、自分の頭髪を親しい友人に与えてくれるよう遺言している。ちなみに、死亡後200年近く経過した2008年に行われた分析で、彼の遺髪には多量のヒ素(arsenic)が含まれていたことが明らかとなった。

そのため、英国が、これらの毒を流罪中であったナポレオンに長年にわたり与えていたのではないかということが問題となった。

ナポレオンは、絶海の孤島であるセントヘレナに流されてからも、復権の夢をあきらめていなかったとの見方もあることから、この説(毒殺説)を支持する根強い意見もある。

しかし、問題は、「誰がそのようなことをしたのか」ということである。が、ただ、この点に関する確たる見解は出されていない。

事例その3...バーナード・ショウの遺言

1950年に94才で亡くなったアイルランド出身の作家バーナード・ショー(George Bernard Shaw)は、文学、舞台芸術、政治家等多岐にわたって活躍をした人物で、1925年にはノーベル文学賞も受賞している。彼は、数々の名言や鋭い風刺家としても知られている。

例えば、「誤った知識には注意せよ。それは無知よりも危険である。」とか「年をとったから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから年をとるのだ。」「有能な者は行動するが無能な者は講釈ばかりする。」などである。この話が真実かどうか定かでないが、かつて聞いた有名な話として、次のようなものがある。

マリリン・モンローとの間で交わされたとする次のような話がある。それは、マリリン・モンローが彼に向かって、『私と貴方が結婚したら素晴らしい頭脳と美貌を兼ね備えた子供が生まれるでしょうね』といったのに対し、彼が『そうだね。しかし、私の容貌と貴方の頭脳をもった子供が生まれるかも知れないね。』といったというのがそれである。

また、彼はノーベル賞の賞金を受けたくないとして受賞を辞退しようとしたということでも知られている。その時は母国から説得され、「賞金を全て国に寄附する」ということで受賞することになったとのことである。

また、死亡時の遺産総額36.7万ポンド(約5300万円)の全てを「新しい英語のアルファベット音声(Phonemic)の開発にあてる」よう指示した遺言を残したことでも知られている。しかし、英国公共団体はこの遺言を実行すべく努力したものの、結局実現できなかったということである。

▶遺言を利用した租税回避

このように、遺言の形態は多種多様である。

そのため、なかには、遺言のなかで、遺言執行人(executor)や遺言管理人(administrator)、さらには遺産財団の管理人に支払う手数料等まで利用する形で租税回避を図るという事例もみられるようである。

ちなみに、前述したヘルムズリー夫人の事例では、2007年に亡くなったときの遺産総額約47.8億ドルの遺産について、彼女は、孫2人と弁護士及びビジネス上のアドバイザーの4人を遺言執行人に指名していた。彼女の遺言では、遺言執行人のフィーは総額で2億ドルを超えないと記されていたとのことであるが、実際にあわせて1億ドルの執行手数料を要求していたとのことである(注)。

(注)うち、孫2人に各1200万ドルが支払われていた。

1時間当たり6,437ドル(約80万円)となっていた。

なお、子供や孫、ひ孫達を執行人にし、それらの者に多額の手数料(フィー)を支払うことにより、遺産額を減額し、結果的に遺産税の減少を図るという手口は彼女に特有のものではなさそうであり、もうひとつの手口は、遺産の評価額を引き下げるというやり方である。

ただし、米国ではこのような手口はあまり用いられていない。

それは多額の遺産税申告もれについては、わが国のような課税に係る除斥期間制度(7年)がないためである。

現に、ある事案では、1972年の申告分について2013年に問題とされた事案において、租税裁判所はIRSの更正処分を認めている(Redstoneに、Coume : ssioner, T. C. Memo 2015-217(2015))。