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[全文公開] アングル 中国の税務申告ソフトに要注意?

 税理士 川田 剛

( 118頁)

▶はじめに

米国では、個人向けの税務申告ソフトは民間のソフトウェア業者に任されている。そのため、各社間で毎年のように新しいアイデアを盛り込んだソフトが販売されている。

他方、わが国では、国税庁版の申告書作成ソフトウェアを納税者が利用する形となっている。中国でも基本的にわが国と同じく国税当局が作成したソフトウェアで申告する方式が採用されている。

法人税の申告については、米国やわが国では多くの場合、民間の業者が作成した税務申告用ソフトを利用して申告する形となっている。

しかし、中国では、それについても税務当局の作成したソフトウェアを使って申告するよう求められている。わが国と中国では、当局の入手した情報の取扱いについて異なった対応がなされる可能性がある。

そこで、今回は税務申告ソフトを使って申告している国の取扱いについて紹介する。

▶わが国の場合

わが国では、中国と同じで、個人に係る税務申告ソフトは国側で用意されている。そして、それらのデータにアクセスすることのできる公務員には守秘義務が課されている。

ちなみに、一般公務員の場合、国家公務員法100条(及び地方公務員法34条)で、「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。」と規定され、その義務は、「その職を退いた後といえども同様とする。」とされている。そして、それに違反した場合には、「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金」に処せられることとなっている(同法第109条、地方公務員法第60条)。

また、納税者の個別情報を扱うこととされている税務職員については、義務違反に対する罰則が、「2年以下の懲役又は100万円以下の罰金」という形で加重されている (注)国税通則法127条 )。

(注)納税者の個別情報を扱うこととなる税理士についても、税理士法第38条で「税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は窃用してはならない」旨の規定が設けられている。

なお、同様の規定は、弁護士法(第23条)、公認会計士法(第27条)でも設けられている。

▶米国の場合

わが国と異なり、米国では個人所得税の申告ソフトは民間業者が販売する形となっている。

ちなみに、米国では、南北戦争当時は、税務申告書について原則公開とされ、連邦政府職員がその職務の遂行において得た情報を外部に漏らすことのみが禁じられていた(1870年歳入法及び1909年Payne-Aldrich関税法、第38条(6)―(7))。

そのため、義務違反があった場合も、一般の連邦公務員に係る守秘義務違反(U.S.C18、第93章第1905条)と同じく、100ドル以下の罰金又は1年以下の懲役の対象とされていた。

その後、ウォーター・ゲート事件の発覚等があり、その情報源が税務情報だったのではないか等の意見もあったため、1976年の税制改革法で申告書が非公開とされるとともに、税務職員に対する守秘義務についても別途明示された(IRC第6103条)。

そして、IRSの担当官が申告書の開示や調査、徴収等の過程で入手した情報を公表した場合、「5年以下の懲役又は5000ドル以下の罰金」を科すとともに、それによって納税者に損害が生じた場合には、「民事上の賠償責任」を負う旨も記されている(IRC第7213条及び7431条)。

▶中国の場合

中国の場合、国家公務員について、わが国のような一般的な守秘義務規定は設けられておらず、憲法や法律及び行政管理法規において規定されている種々の規定に従うこととされている。

その中で最も重視されているのが、4つの基本原則と人民への奉仕である。

ちなみに、そこでいう4つの基本原則とは、憲法前文に記されている次のような原則である。

① 中国共産党の指導に従うこと

② プロレタリアートの指導に従うこと

③ 人民民主独裁を維持すること

④ 社会主義の道を堅持すること

なお、中国においては、公務員が、秘密として守らなければならない事項は「国家機密」とされているが、そこでいう「国家機密」とは、「国の安全及び利益に関係し」、「法によって確定され」、「一定期間において一定範囲の人員のみが知り得る事項」をいうこととされている(国家秘密保護法第2条)。

ちなみに、そこでいう「国家機密」のなかには、重大な政策決定における秘密事項などと並んで、国民経済及び社会発展における秘密事項などが規定されている。

しかし、一般の公務員や税務担当官がこれらの義務に違反するとは考えにくい。したがって問題になる可能性があるとしても、せいぜい汚職(それもハエ程度の小さな汚職)ぐらいのものであろう。

また、国家情報法では、「あらゆる組織および個人は、国家の諜報活動を支持し、支援し、協調し、自らが関与した国家の諜報活動に関する秘密を保護する義務を有する。」と規定している。

したがって、税務ソフトによって入手した情報を外国に漏らすような行為は、これに違反する可能性がある。ただし、その可能性は極めて低いと考えられる。

それよりも問題となるのは、それが国家による住民監視等の手段として利用されることであろう。

▶米国の対応

この点に関し、月刊「文藝春秋」2022年11月号によれば、米国のFBI長官は、次のように述べ注意を呼びかけているとのことである。

「中国では、2020年から中国に進出している企業に対し、中国政府指定の税務申告ソフトを使用することを義務付けているが、そのソフトを通じてマルウェア(悪意あるソフトウェア)が移植され、中国の情報機関がそれらを通じて進出企業のネットワークにアクセスできるようになっている。」