[全文公開] アングル 戦争とプロパガンダ
税理士 川田 剛
▶はじめに
ウクライナ戦争は、兵器面ではドローンや人工衛星の活用など近代戦の様相を呈しているが、その根本に流れる部分は、過去の事例と共通している。
すなわち、ロシア側からすれば、この戦争は、「ウクライナ東部に居住しているロシア系住民の保護」という政治的目的実現のためであり、ウクライナ側からすれば、「失われた自国領土の回復」という政治目的実現のためである。
換言すれば、この戦争は、「政治交渉」とは別の紛争解決手段である「戦争」という手段を通じて自己の正当性を主張する場となっているということである (注) 。
(注)この点について論じた古典的名著として、C.V.クラウゼヴィッツClausewitzの「戦争論」(邦訳 日経BP ISBN978-4-532-17693-8)がある。
▶戦争プロパガンダ
かつてのわが国の大本営発表にみられたように、戦争には事実関係の公表だけでなく、戦意高揚、特に相手に対する憎悪や敵意を意図的にあおる必要がある。
そのために行なわれるのが、情報操作等を含むいわゆる戦争プロパガンダである。
わが国の例でいえば、その代表例なスローガンとして次のようなものがあった。
●鬼畜米英打倒
●欲しがりません、勝つまでは
●進め一億、火の玉だ
●神国日本
ちなみに、戦争プロパガンダにおけるこのようなやり方についてまとめて紹介しているAnne Morelliの「戦争のプロパガンダ10の法則」(邦訳、草思社刊、ISBN978-4-7942-2106-3)によれば、それらは次の10の法則に集約できるとのことである。
①我々は戦争をしたくはない:戦争を始める直前、あらゆる国の国家元首は「我々は、戦争を望んでいるわけではない」と語り、平和を愛しているように見せかける。......ガリシア半島への侵攻時
②しかし敵側が一方的に戦争を望んだ:平和を望んでいるのに戦争が起こるのは、「敵国」が先に仕掛けてきたからであり、「やむを得ず」参戦するのだと主張する。......プーチンの演説
③敵の
④我々は領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う:世論を説得するため、戦争を美化する。......偉大なロシアの復活
⑤敵はわざと残虐行為に及んでいる:敵国だけが殺人等の残虐行為を行い、自国は民衆のために活動しているとする。
⑥敵は卑劣な兵器や戦略を用いている:同じ戦略でも、自国が行えば合法的、敵が行えば卑劣な行為として非難する。
⑦我々の受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大:戦況が思わしくない場合、自国の被害や損失を隠し、敵国の被害を誇張して伝える。......旧大本営発表
⑧芸術家や知識人も正義の戦いを支持している:芸術家や知識人をプロパガンダに参加させ、人々の心を動かす。......日本の例でも明らか。
⑨我々の大義は神聖なものである:戦争への国民の支持を決定的にするため、戦争は倫理的に正しい、聖戦だとする。......大東亜共栄圏
⑩この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である:戦争に疑問をもつ人に対し、「裏切り者」などと非難する。
▶財源
ところで、クラウゼヴィッツの「戦争論」やA.モレリの「戦争のプロパガンダ10の法則」のなかで欠けているのが、戦争遂行に不可欠な財源論である (注) 。
(注)先般来のわが国の防衛整備論争でも、肝心の財源論は先送りになってしまっている。
相手国に勝つためでなく、負けないためにも防衛費が必要不可欠なのであれば、それに伴う財源の議論からも逃げないというのが責任ある政治家の姿だと思うが如何なものであろうか。
ちなみに、太平洋戦争に突入した際、その財源は全て戦争で新たな領土(財源)をあてにして赤字国債(戦時国債)だった。
その結果、新たな領土を得るどころか旧植民地まで失うこととなり、戦後処理のため大増税をせざるを得なかったことは歴史の示すとおりである。
それに対し、日露戦争時には、相続税を導入するとともに、酒税の大幅増税や外債発行も行っている (注) 。
(注)ちなみに、この時それらの外債を大量購入してくれたのは、ロシアから迫害され、ロンドンに亡命していたクーン・ローブ商会を始めとするユダヤ人だった。
それがあってはじめて最新鋭の軍艦を買うことができ、日露戦争に勝利できたのである。